三 彼岸生活者支援懇親会にて(2)
「彼岸生活者支援懇親会 会場」と書かれた看板を見つけ、梨山は「ここだ、ここだ」と声を漏らす。受付台の職員に「梨山隆です」「城宮道雅です」とそれぞれ名乗ると、職員は籠の中からそれぞれの名札を探しだすと、胸に付けるように言い、「梨山隆さんは右奥のテーブルです」「城宮道雅さんは左奥のテーブルです」と案内した。
「では」「また」そう言い合って別れそれぞれのテーブルに向かう。
数歩進んだところで城宮は背中に視線を感じて振り返るが、視線の主は見当たらない、「気のせいか」と独り言ちてテーブルまで進む。すでに四人が座っており、城宮が座ると五人になり、席札に「山富さくら」と記された一人を待つのみとなった。
司会席に職員が座り、会の開始をアナウンスする。式次第もいくつか決められていたが、ほとんどはは同じテーブル内での雑談に費やされた。持っている情報量の圧倒的な差によって、必然的にボランティアとして来た、こちらの世界のベテラン住人の話を聞くことになる。
こちらの世界での暮らし方みたいなものから、こちらの世界の成り立ちみたいなものまで、多種多様な話題に及んだ。一部をまとめるとこんな話だ。
こちらの世界――いわゆる彼岸――は、此岸の死を人間として表現している世界、というのが共通認識になっている。こちらの世界に死という概念は存在せず、転生という現象によって此岸に送り返されることでこちらの世界での暮らしが終わる。
『転生』については彼岸に来た時の現象が逆向きに行われている、というのが一般的な理解となっている。
此岸で考えられてる、動物と人間で彼岸の世界が分けられているという世界観は間違いで、前世が人以外のものも多数暮らしており、便宜上人の形になっている。
彼岸から此岸は観測が可能らしくこの輪廻転生センターに研究機関が設けられていて、日々研究が続けられているが、はっきりしたことは解明できていない。
さっきまで梨山と話していた跨世虚記憶のことを思い出し、質問してみることにする。
「跨世虚記憶を思い出すことってよくあるんでしょうか?」
「ああ、まあまあよくあるよ」ボランティアの一人が答える。
「ここの職員が脅かすような酷いものはあんまりないと思うけどね」別のボランティアも続ける。
「ふとした瞬間に、あれ、なんか思い出した、みたいな感覚かな。たまにぽつぽつ思い出したが積みあがって、ある瞬間にそれが繋がって芋づる式にいろんなことを思い出したりね」
「そうそう、そんな感じ、それでだいたいみんな前世ぐらいまでは思い出すんだよ」
そう言いあってみんなで頷いていると、今度はめいめい前世の話でまた盛り上がる。
司会席に職員が戻ってくる。
「宴たけなわではございますが、そろそろお時間となりましたので、本日の彼岸生活者支援懇親会を終了いたします」そうアナウンスすると会場内に静けさが戻る。
「新たにこちらの世界に来られた方はご自身の住所が書かれた紙と鍵はお持ちですね? 一度ご確認をお願いします」そう言うと、封筒を改める音がごそごそとする。
「大丈夫でしょうかね、ではお疲れ様でした。それではボランティアの皆さん、新しいご近所さんを連れて帰ってあげてくださいね」とアナウンスする。
がたがたと椅子が動く音がしてみんな立ち上がり帰り支度を始める。
「城宮さんの住所はどちらかな?」ボランティアの一人が声をかけてくる。
「こちらです」と封筒から紙を出して見せる。
「はいはい、ここね、おおい」と別のボランティアに声をかける。
「彼が一番近いから連れて行ってもらうといい、なあに飛んでも八分、歩いて十分」と笑う。
「え、飛ぶんですか?」驚いて聞き返す。
「嘘だよ、さすがにこっちの世界でも空は飛べん、まあ飛べる機会があれば飛ぶべきだと思うけどね」とまた笑った。
結局根島さくらの名札が置かれた席は最後まで空席だった。
「じゃあ行きますか、途中まではみんな同じ方向だよね?」と促されると方々から同じだと返事が返ってくる。
立ち上がって少し伸びをしたその視線の先にグレーのニットを着た女性が視界に入る。その瞬間、急に鼓動が早くなっていくのを感じ、激しい焦燥感に襲われる。その女性はどこか上の空で、視線は取り留めもないところを漂っている。視線を外さなければと思うが体が言うことを聞かない、鼓動はどんどん早くなり頭に血が昇ってくる。
「城宮さん、大丈夫ですか?」
声をかけられた瞬間、高欄に結びつけられた和紙の映像が頭の奥に鮮明に映し出された。
「はい」と応えなんとか我に返る。
「すいません、行きましょう」と言って歩き始める。もう一度女性の方を見遣る、先ほどと変わらない姿勢で座っていた。
◆
移動した席に座って井福は一息ついた。周りを見回すとまだほとんどが空席で、やっぱり少し早く着き過ぎたかなと思う。
そういえば、とボランティアへの参加を決めた時のことを思い出す。
参加要望書が郵送で届いたのはひと月ほど前だった。その日はさくらと会う約束をしていて、出がけに郵便受けに届いていたのをそのまま持って出た。ふとした拍子で参加要望書がさっき届いていたという話しから、さくらにも届いていたことが分かってその場で開封して中を見ながら、一緒の日にしようかとか相談したんだっけ。
結局都合が合う日がなくて、希望日の枠に私は今日、さくらは来月の日を記入して返信したんだった。その後すぐに希望通りの日時で決定したと通知が届いて、すっかり忘れていたら、年明けに急に変更の通知が来たんだった。
さくらにあまりに急だって愚痴ったら、さくらにも変更の通知が来ていて驚いたのだっけ。二人ともそれぞれ予定があったので、参加する日を交換することにして今日に至る。
気が付くと周りの席もだんだん埋まり始めて、初々しい感じの転生したばかりと思われる人もだんだん席に着き始めている。入り口に目を向けると視線の先に城宮の姿があり、まさこは息を飲んで視線を動かすことができなくなった。城宮が何かに気が付いたように振り向いたがこちらには気が付かない。その姿が焦燥感をさらに強くする。移動する城宮の姿を目で追っていると最初に座ったテーブルに座るところが見え、その後は人影に隠れて見えなくなった。
突然の自分の心の反応が理解できないまま、その後の彼岸生活者支援懇親会では完全に気もそぞろに時間が過ぎていった。
「井福さん、大丈夫ですか、帰りますよ」
隣に座っていたボランティアから声をかけられて我に返る。周りを見回すと残っている者は数えるほどしかおらず、「はい」と返事を返して、ふわふわとした気持ちで家路についた。
◆
根島は一人残った事務室で仕事半分、もう半分は今日の彼岸生活者支援懇親会での一件について報告するかを考えていた。
城宮道雅と井福まさこが接触したり関りを持つことを抑止してほしい、そうセンター長から指示を受けたのは年が明けてすぐだった。城宮は転生したてでセンターに居るので問題ないとして、井福の方はどうかと調べると偶然にも同じ彼岸生活者支援懇親会に参加する予定になっていた。慌てて別のボランティアと入れ替えて対応したが、無視された格好になってしまった。
直前でもう一度参加者のリストを確認したことで、首の皮一枚つながった。慌てて会場に駆けつけると同じテーブルになっていることにさらに驚きを隠せなかった。別のテーブルに移動させて最悪の事態は免れることができたはずだと自分に言い聞かせる。二人について様子を見るように指示した者からは、その後も直接の接触はなかったようだ、とも報告を受けている。
そもそもこの指示はいつまで続けるべきなのかもよく分からなかった。二人ともセンターの外での暮らしになってしまえば、できることも限られる。もう幕引きでよいにはならないだろうと思われた。と同時に机の上の呼び鈴が鳴る、センター長からだった。
覚悟を決めて立ち上がるとセンター長室に向かって歩き出した。
三上は一連の報告を黙って聞いていた。
「わかりました、直接の接触がなかったのなら良しとしましょう、ご苦労様でした」と言うと天井を見上げて少し考えている。
「ここから先はセンターの外が舞台になるわけですが、そこに我々が出ていくのも難しいですね」と続けた。
「はい」と根島が応える。
三上は机の引き出しから用箋挟を取り出すと、根島に手渡す。
「先日調べてもらった者です、外での活動は彼に頼むようにしましょうか」
「この者とはどういったご関係で?」と根島は質問する。
「外で声をかけられてね、いきなり職員への登用を頼んできた」
「左様でございましたか」
「何か手伝えることはないかと言ってきたのでちょうど良いだろうと思ってね、君の方でも少し身辺を洗ってみて問題がないようなら、ここへ呼んでほしい」
「承知いたしました」
「世話をかけるな」
「とんでもございません、ではこれにて」そう言ってセンター長室を辞去する。
事務室への廊下を歩きながら、どういった事情があるのかと逡巡した。




