三 彼岸生活者支援懇親会にて(1)
「では、順番にお呼びしますので、こちらの封筒をお受け取りください、封筒の中には住所が書かれた紙と新居の鍵が入っていますので、漏れなどが無いか中身を確認してください。問題がなければ彼岸生活者支援懇親会の会場にご移動をお願いします、隣の棟の一階です」
リハビリを終えた転生者達はリハビリ室に集められ、順番に呼び出されるのを待っている。
「次は梨山さん、いらっしゃいますか?」と呼ばれ「はい、はい、どうも」と答えながら封筒を受け取る。数人の輪の中に入って、開封して住所を見せ合っている。
「城宮さん」と呼ばれて封筒を受け取る。少し離れた所に移動して開封する。住所が書かれた紙には地図も印刷されており、丸が付けられていた。
「どうも、どうも、お元気でしたか?」 気が付くと梨山がこちらまで来て、声をかけてきた。
「私はこの辺りなんですが、そちらはどの辺りですか? って言ってもまだ土地勘もないので、なんだってこともないのですが……」梨山は続けてそう言うと自分に配られた地図を見せてきた。
「私はこの辺りみたいです」そう答えて地図を見せる、丸が付けられていたのは東西方向の正反対の位置だった。
「これは、これは、まったく正反対の場所みたいですな」少し残念そうに言いながら続ける。
「今居るのがこの真ん中にある輪廻転生センターみたいですよ、彼が職員から聞いてきました」と言って、先ほどまで居た人の輪の中の一人に視線を向ける。
「そうなんですね、彼はどの辺りでした?」
「彼は南の方だったかな、聞いた中にはご近所さんが居ないみたいで寂しい限りですよ」
「偶然ですかね?」
「どうなんですかね、偶然じゃなかったらどんな意味があるのか……」
「なんですかねえ、意地悪ですかね、まあ移動の制限もないですし、いつでも会えますよ」城宮は励ますように努めて明るく言う。
「それもそうですね、そろそろ支援プログラムの方に行ってみますかね」まだ寂しそうにそう言うと、城宮と梨山は歩き始めた。
廊下に出たところで梨山が「そういえばこないだの検査ってどんな検査だったんですか?」と聞いてくる、「上の階に行かされてましたよね?」と続けた。
「ああ、あれは記憶野に混濁が発生してるかどうかの検査でした」城宮が答える。
「記憶に混濁?」梨山が聞き返す。
「はい、そんな説明でした。こちらに転生する際に、記憶を司る部分に異物の混濁が発生する場合があるんだとかで」川奈との話しを思い出しながら答える。
「異物が混濁ってことは何かが混ざりこむってことですよね、他の人の記憶が混ざるんですかねえ、いや、人ならまだしも、動物や虫なんかの記憶が混じったらそれは具合悪くなりますな」いろいろ想像して考えが飛躍して独り盛り上がっている。さっきまでの寂しそうな雰囲気は消えて思いつくまま疑問を口にする。
「もし発生してたらどうなっちゃったんでしょうかね?」
「異常はありませんって言われて安心しちゃって聞きそびれました、どうなってたんですかね、酷くなると日常生活にも支障をきたすって言ってましたから……」
「どこかに入院してたかも知れませんね、いやあ無事で何より、混濁なんて初めて聞きました、勉強になりました」さっさと独り納得してしまう。
「跨世虚記憶の話もありましたね、私は相変わらず何も思い出していないですが」城宮は話しを振ってみる。
「私も特に思い出したことはないですな、まあ前世がなんだったか興味がないわけではないですが、辛いものだったら蓋をしておきたいでしょうし……」
「そうですね……」
「生物はわざわざ忘れることに膨大なエネルギーを注ぎこんで生きてるようですから、一生懸命消しても残ってしまうというのは、何かの業なんでしょうな」と梨山は独り言ちた。
◆
「彼岸生活者支援懇親会 会場」と書かれた看板が扉の横に置かれ、入り口には職員が立って来場者の名前を確認している。
グレーのニットを着た女性が脱いだコートを手にして入ってくると、「井福まさこと申します、山富さくらさんが急に来れなくなったので、代わりに参加することになりました」と言った。
「山富さくらさんの代わりですか…… 少々お待ちください」と言うと、職員は籠の中から山富さくらの名前の名札を探し出すと「あちらの方で参加登録の手続きをお願いできますか? こちらを出していただいて、代理で来られたことをお伝えください」と廊下の奥のカウンターを案内した。
カウンターに移動して同じ話を職員に伝え名札を渡すと、職員が「申し訳ありませんがこちらの用紙に記入をお願いできますか」と参加申し込み用紙を渡す。記入して手渡すと「少々お待ちください」と言って機械を操作する。
少し待たされて自分の名前の名札を手渡される。
「あの、今日来れなくなった山富さんなんですが、来月の私の予定と交換したんですが、それは今何かしなくて大丈夫ですか?」と井福が質問する。
「えっと、山富さんが来月に、井福さんの代わりで参加されるってことですか?」
「そうです」
「ちょっとお待ちください」というと職員は機械を操作する。
「来月の第二水曜日ですよね? 登録を変えておきますね」そう言うとまた機械を操作した。
「はい、お願いします」と言うとカウンターを離れ入り口に戻る。
入り口の職員は「お手続きありがとうございました、では左奥のテーブルになります、よろしくお願いいたします」と案内した。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」と軽く頭を下げて言われたテーブルに進む。
円形のテーブルには六脚の椅子が並べられておりまだ誰も座っていない。会場を見渡しても数える程しか人が居ない。早すぎたかなと少し後悔しつつ、「山富さくら」の席札が置かれた席に座った。
◆
輪廻転生センターの事務室で黒づくめの男が机の上の機械を操作している。機械に表示されたリストを確認しているとあるところで目が止まった。
――なぜ今日の彼岸生活者支援懇親会に井福まさこの名前があるのだ、調整したはずだが…… このままではまずいな。
黒づくめの男は機械を終了させ、事務室を早足で出て階段を降りる。走り出したい気持ちを抑えながら、彼岸生活者支援懇親会の会場を目指す。事務棟から外に出るとこの時期らしい冷たい空気が頭を冷やした。どうしたものかと考えながら二つ離れた棟に入る。
「お疲れ様、どうですか? 何か変わったことは?」と入り口で受付をしていた職員に声をかける。
「あ、根島さん、お疲れ様です、特に変わったことはない…… あ、ボランティアの方で登録されていた方が来られなくなったので代理で来られた方がいらっしゃいましたね」
「そうですか、どちらの席ですか?」と根島は続けて質問する。
「左奥のテーブルです」
根島は言われたテーブルを遠目に確認する、井福が独り座っているのが見える。
「あの方かな? 座席表を見せて」
「こちらです」と受付台の上に広げていた座席表を指し示す。
「もともと来る予定だった方の名前は?」
「えっと、確か…… あ、山富……さんです、山富さくらさん」そういうと座席表の左端を指さした。根島は同じテーブルに城宮道雅の名前があることを確認すると「なに……」と驚きの声が漏れた。
「どこか空席があるテーブルはないか?」と質問する。
「このテーブルは五名なので、一席空きがあります」と右奥のテーブルを指した。
「分かった、井福様にはこちらのテーブルに移っていただく、私からご説明するから、変更などの手続きを頼む」そう言うと返事を待たずに左奥のテーブルに向かう。
「井福まさこ様でいらっしゃいますか?」半ば小走りに近い速さでテーブルに到着するやいなや声をかける。
「はい」
「申し訳ありません、座席の手配に手違いがありまして、別の席にご移動をお願いできますでしょうか」
「分かりました」と言って井福が立ち上がる、「これはどうしましょう」と席に置かれた席札を持ち上げる。
「それはそのままで結構です、ではこちらです」と先に立って歩き出す。時折後ろの気配を確かめながら、奥の壁沿いに設えられた司会席の後ろを進む。目的のテーブルに到着して空席を確認する。
「こちらの席になります、どうぞ」と椅子を引く。「はい」とだけ答えて井福が着席する。
「ではよろしくお願いいたします」と挨拶して受付に戻る。
「そちらは大丈夫ですか?」と職員に声をかける。「何かあったら連絡してください」と言い残して事務室に戻った。




