二 目抜き通りにて
帽子を目深にかぶった男は所在なく目抜き通りを右へ左へうろうろしている。だらっとしたその動きとは正反対に視線は、忙しなく隅から隅まで舐めるように何かを探している。向こうからこちらに眼帯をした男が歩いて来るのを見つけると、それまでの動きから一転、物陰に入り気配を消した。
眼帯の男が目の前を通り過ぎて脇道に入ったのを確認すると、帽子の男も後を追って脇道に入る。しばらく早足で歩いて追いつくと、眼帯の男に声をかけた。
「三上沖貞さんでいらっしゃいますよね? そして輪廻転生センターのセンター長でいらっしゃいますよね? 少しだけよろしいでしょうか?」
眼帯の男は帽子の男をしげしげと見つめ警戒しながら「そうだが、あなたは?」と答える。
「私は形山剛士と申します、こちらに転生して十年になるものです、少しお願いがありましてお声をかけさせていただきました」と頭を下げる。
暴漢の類ではないと少し安心したが、それでも見ず知らずのもののお願いをいきなり聞くのもどうなのかと逡巡する。
「今日は時間がない、どのような用件か、それだけ聞いておこう」
「ありがとうございます、お願いしたい件は、輪廻転生センターの職員に登用していただけないかと……」
そう言うと形山はもう一度深々と頭を下げた。
「そういうことならセンターの人事部に問い合わせてもらう話しじゃないかね? 藪から棒にここでお願いされても、答えようがないですね」
「センターへは何度も問い合わせていますが、その度に現在募集は行っておりません、の一点張りでして……」
「そういうことなら、人員の空きがないのだろうね、諦めてもらうしかないな、では、これで失礼するよ」
そう言うと元の方向へ歩き始める。形山は三上の前に回り込んで進路をふさぐと懇願するように話を続ける。
「いやいや、何も今すぐにってことではないんです、もう少し長期的にですね…… 今日こうやってお話しするご縁ができたわけじゃないですか、このご縁を大事にさせていただいて……」
そう言うとポケットから連絡先を書いた紙を取り出し、三上の手に握らせる。
「何かお手伝いできることなんかもあるかも知れないじゃないですか、小さいことをね、こう少しづつ積み重ねて、そのうち信頼なんかも芽生えちゃって、その後でもし良かったら…… ね、そういう話しです」
三上はしぶしぶ連絡先の紙を受け取ると「期待には応えられんと思うがね」と吐き捨てて歩き出した。その背中に向かって形山は「お願いします」と頭を下げたが、振り向くこともなければ手を振ることもなかった。
輪廻転生センターは、此岸と彼岸を結ぶ唯一の組織だ、と言っても「結ぶ」という程強い連携や協力関係があるのかは甚だ疑わしい。しかしながらこちらの世界での業務は幅広く、此岸からの受け入れと彼岸への送り出しのほか、彼岸生活者の支援や、研究機関なども擁しており、こちらの世界では最大の組織となっている。規模が大きな割には、美談や醜聞の如何に問わずその内実が表に漏れ伝わることはなく、大方が闇に包まれている。
その中でも実しやかに言い伝えられているものに、センターの職員は転生しないという噂があった。
輪廻が行われて此岸に戻る時期に、はっきりとした決まりや規則性があるわけではない、というのがこちらの世界の通説になっている。数年で此岸に戻る者もあれば、十年、百年単位で彼岸にとどまる者もあり、これこそが神の差配である、とまでいう者もあった。
形山は転生してすぐにこのセンターに興味を持ち、周辺を調べ始めたが驚くほど情報がないことに失望した。外に情報がないなら中に入るしかない、そう思って何かあれば採用情報の問い合わせを続けたが、一度たりとも募集をしていることがなかった。その間に何人も此岸に戻る友人たちを見送る度にあの噂――職員は転生しない――の信憑性が高まるのだった。
そこからまた数年、執拗に調べてやっとセンター長にたどり着くことができた。少々強引だったとも思うが、形山には何か手ごたえの様なものが残っているのを感じていた。輪廻転生センターに入り込めさえすれば……、執念の火が形山の中から消えることはなかった。
◆
三上はひとしきり用を片付けると輪廻転生センターのセンター長室に戻った。鞄を置いて懐から手渡された連絡先の紙を取り出し机の上に放り出す。上着を脱いで椅子に座り机の上の紙を手に取り、自分がセンター長であることがどこから漏れただろうか、と考えを巡らした。
机の上の呼び鈴を鳴らす、しばらくすると扉がノックされ、全身黒づくめの男が入ってくる。
「ご用でしょうか?」
「この者を調べてください、そんなに急ぎません」そう言うと先ほどの紙を手渡した。
黒づくめの男は「承知しました」と言って紙を受け取る。
「先日に頼んでいた件で、何か進展はありましたか?」と三上は聞く。
「例の者と日程が重なってしまいましたので、調整しました」
「そうか、ありがとう」というと、黒づくめの男は一度頭を下げ紙を手に部屋から出ていった。
椅子に座った足を組んで考えに戻る。ここの出入りは一般に公開していない裏側を通るようにしている。仮に見られたとしても、公に自身の姿を露出することは極力控えてきたので、特定のしようがない。だとすると、外で名前を呼ばれたときか? それとも名前ではなくセンター長と呼ばれたことがあったか?
考えがまとまらないまま悶々としていると扉がノックされる。誰かと思って「どうぞ」と応えると先ほどの黒づくめの男が用箋挟を手にして入ってきた。一番上には先ほど渡した紙が挟まれている。
「先ほどの者の資料です」そういうと机の上に用箋挟を置いて出ようとする。時計を見ると十分ほどしか経っていない。
「ありがとう、急がなくても良かったのに、でも助かった」と声をかけると、「手が空いてましたので」と言って出て行った。しばらくすっきりしないことを覚悟していたこともあり、僥倖に顔がほころんだ。用箋挟を手に取り、止められた書類をめくっていく。
本人が言う通り、十年前にこちらの世界に転生、その後すぐにセンターが行っている彼岸生活者支援懇親会にボランティアとして参加、となっている。ああ見えて真面目にセンターの仕事に興味を持ってくれているのだろうか、答えの出ない問いを立ててみる。
彼岸生活者支援懇親会は輪廻転生センターが主催する、新規転生者の生活を支援するための懇親会だ。此岸を旅立ってこちらの世界に転生してきた者達が、こちらでの生活を円滑に始められるように支援する会となっている。しかし実際の支援は年長の転生者がボランティアで行っており、これによって支えられていると言っても過言ではない。
ボランティアは、右も左も分からない新規転生者達が、短くても数年はこちらでの生活を営んでいく中で発生する、様々な困りごとの解決や、孤立しないようにだったり、憂さ晴らしだったりを支える役割を担っている。
ボランティアも時には支えてもらう側になるなど、互助的な仕組みだが、昔で言う隣組の様な趣旨も含んでおり、いざとなればボランティアの情報網を活用することとなっている。
形山のボランティアの参加履歴を目で追っていくと、昨年末に行われた年次最終報告会に参加していた記録があった。年間の総括みたいなものを各々報告する会で、センター長として最後の挨拶を行ったことを思い出す。そうか、あの会で顔と名前を覚えられたか、二度続いた僥倖で顔はさらにほころび、心の中に広がっていた疑念があっという間に雲散霧消していくのを感じる。
もう一度昼間に見た形山の顔を思い出してみる。今日呼び鈴を押したときに彼が担当してくれたら、このような対応をしてくれただろうか、と考えてみる。小さなことを積み上げて、と言っていたことを反芻してみるが答えは出ない。今日はもう家路につくことにして、用箋挟を机の引き出しにしまうと部屋の明かりを消した。書類の最後に既往歴を記したページがあり、そこには「転生時に混濁が一か所形成されたことが認められる、一年後の再検査で病変なし」と記されていた。




