十一 花見にて(1)
翌日、待ち合わせ場所に先に現れたのは城宮だった。辺りには花見客と思しき人で溢れており、好天の下で露店なども繰り出して大盛況だった。帽子姿の形山が現れるとより一層人が増えた感じがする。
「お待たせ、お待たせ」そう言うと手にぶら下げた袋を持ち上げると「これの調達に手間取ってさ」と笑った。
「行こうか」「はい」と言い合って並んで川沿いの遊歩道を下流に向かって歩き始める。ますます人が溢れ、そこかしこで桜を見上げて立ち止まるものだから一向に進まない。
「しかしすごい人ですね、あ、それ持ちますよ」城宮が言う。
「いいよいいよ、大丈夫、そんなに重くないし。ちょうど満開になったって話しだから、みんなぞろぞろ出て来ちゃったんだな、あの世もこの世も春の訪れは待ち遠しいものなんだよ」
「そうなんですか」と首を傾げる。
「まあ、花よりビールだけどな」と言って笑った。
桜並木の下をじりじりと進んでいると、後ろから鉦と太鼓の小気味良い拍子とその上で踊る様に鳴り響く笛の音が聞こえてくる。何ごとかと振り向くとは、派手な衣装に身を包んだ六人組の一行が、踊りながら近づいてくるのが見える。
「珍しいな、チンドン屋か」と形山が楽しそうに言う。
「賑やかでいいですね」と返す。
群衆の壁が割れ、桜並木の真ん中をチンドン屋の一行が、軽やかに歌い踊り進んで行く。奏でる祭囃子に乗せられ手拍子を打つ者もあり、混雑で不満が淀んだ空気がほぐされていく。心なしか人の進みも早くなったように思われた。
◆
「お待たせ、待った?」と井福が山富の正面に回って声をかける。
「ううん、ちょうどぐらい」と山富が答える。
「なら良かった、でもすごい人だね」
「本当、ちょうど満開みたいだよ」
「へえ、満開ってすごいね、行こう、行こう」そう言うと、二人は露店が立ち並ぶ広場を出ると、川沿いの遊歩道を上流に向かう。
枝ぶりが見事な桜を見ながらどちらともなく「綺麗」と言い合って通り過ぎる。
少し進んだところで完全に人の流れが止まってしまっている。
「動かないね」と井福が口を尖らせて言う。
「本当だね、これは酷い」と答える。
二人を春の日差しが容赦なく照り付けて「ちょっと暑いね、まさこは大丈夫?」と山富が口にしたところで、向こうから祭囃子が聞こえてきた。
「なんだろうね?」と山富が首を傾げる。
祭囃子はどんどん大きくなり、遠目に派手な衣装も見え始める。
「チンドン屋かな?」と井福が答える。
群衆をかき分けるようにして進む六人組を眺めていると、あっという間に目の前に迫ってきて脇に避けてすれ違う。
一行の後ろ姿を見送って二人は遊歩道をさらに進む。
◆
城宮は前から見覚えがある顔が近づいてくるのに気づいた。どこで見かけたのかと逡巡する。確か輪廻転生センターで見た顔だったと思い出す。相手の方もこちらに気づいた様で人ごみをかき分けるようにこちらに近づいてきて形山に声をかけた。
「おお形山君、君も花見ですか?」
「川奈さん、ご無沙汰してます」形山が挨拶を返す。城宮も川奈が輪廻転生センターの医者だったことを思い出す。
川奈も城宮のことを覚えていたようで「こちらは最近こちらに来られた……」と城宮を見ながら話しかけて言葉に詰まった。
「城宮道雅です、今年の頭にこっちに来て、川奈さんには検査なんかでお世話になって……」
「おお、そうじゃ、そうじゃ、思い出したわい、その後はお元気か?」
「はい」と応える。
形山が「二人ともお知り合いでしたか?」と声をかける。
城宮が答えに間誤付いていると、川奈が「まあまあ、どうですかあの空いているあたりで一緒に花見でも?」と河川敷の奥の方を指さして誘った。
「いいですね」という言うと城宮の方を向いて「大丈夫?」と声をかける、城宮も「ぜひぜひ」と返して遊歩道を外れ河川敷を目指して歩き始める。
「そういえば先日も部屋にお伺いしたんですが、お留守でしたよ」歩きながら形山が言う。
「そうでしたか、それは残念、また懲りずに顔を出してください」と川奈が答える。
しかし輪廻転生センターに顔を出している用が、城宮の行動報告だったことを思い出して、形山は少しばつが悪くなりあいまいに「ええ」と答える。
敷物を敷いて上に上がると、形山は袋からビールを取り出してみんなに配る。
「おお、すまんの、こっちにもあるでな」と川奈も自分が持っていた袋を指さした。
「乾杯」と言いあってビールを呷る。形山は「やっぱり花よりビール」と笑う。
◆
「端まで来ちゃったね」井福が声をかける。桜並木も少し前に途切れて、人もめっきり減っている。
「意外に短かったね、それにしても途中はすごい人だったね、結構暑かったし」と山富が応える。
「なんだか人に当たり過ぎて疲れちゃった」と井福が言う。
「そうだね、ちょっと休憩したいね、どうしようか、うちに寄っていく?」と山富が水を向ける。
「うん、行く」と井福が笑顔で応える。
笑顔を見て安心した山富が「ビールでも買って行こうか」というと「いいね」と言いながら歩き出す。
◆
ビールのお代わりを空けたところで、川奈が話し始める。
「そう言えば、こないだこっちに来ない魂があるって話しをしたじゃろ、ああ城宮君は初耳か……」そう言うと、かいつまんだ内容を城宮に説明する。
「で、どうやって観測したものかお手上げになっていたのが、ひょんなことできっかけが見つかってのう」そう言うと川奈はビールに手を伸ばす。
「ひょんなことって何があったんですか?」形山が聞き返す。
「うむ、あれは地上の観測を諦めて、こちら側に上がってきた魂を観測していた時じゃった。観測器を覗いて観ていると、どうも安らかな顔をした魂があってな、どうにも目が離せなくってしまってしばらく眺めておった」
ビール片手に二人して黙って頷く。
「普通の魂は朱雀門を通ってこちらの世界に入ってくる、その後は輪廻転生センターでこちらの世界に生まれ直すのじゃが、その魂はだいぶ近くまで来たなと思ったら、すうっと向きを変えて朱雀門には入らなんだ。慌てて観測器を動かして追いかけたが、見失ってしまってのう」
「朱雀門ですか?」と形山が質問する。
「そうじゃ、センターの南の方にある門じゃな」
「どこに行ってしまったんですかね、迷子ですかね?」城宮が質問する。
「少し迷った後に無事にこっちに来たとか?」形山も思いついたことを口にする。
「そう思って慌ててその魂の識別番号を控えたんじゃが、それが間違えでなければこっちには来ていない様での……」
「安らかな顔ってどんな感じだったんですか? 安らかと迷子は相いれない気がして……」と城宮が尋ねる。
「確かにのう、迷子の顔は不安で満ち溢れているはずじゃのう、どんな顔…… はて難しいのう、あえて言うならば無罣礙、心無罣礙かのう」
「無罣礙?」形山が繰り返す。
「心に引っかかるものが何もない、あえて表現するならそんな言葉になるかのう、なんの執着もわだかまりもない、清らかな顔じゃな……」そう言うと眼鏡の位置を直した。
「往々にしてこっちに来る魂はみんな酷い顔をしとるもんじゃ、なんだか痛そうだったり、何かをやり残したような顔での、笑っているというのも稀なもんでな、それでつい見入ったのが怪我の功名だったのかどうなのか……」
「向きを変えた方の観測は続けているんですか?」形山が質問する。
「まあ、観測器を向けているが、あの後は無反応でな、まあこっちに来ない魂の絶対数が少ないのでしょうがないんじゃが……」
「朱雀門以外の門はないんですか? 別な門から入ったとか?」城宮も質問する。
「別な門ね…… そっちの方も調べる必要がありそうじゃな……」と川奈が肩を落として答える。
「まあ飲んで元気出してください」と形山が袋からビールを取り出して川奈に手渡す。
「ああ、ありがとう、ところで形山君は混濁の検査を受けてみる気はないかね?」
「え、混濁? ああ、こっちに来た時に随分検査したやつですよね? まだ何か検査が必要なんですか?」と形山が訝しがりながら質問し返す。
「いやいや、検査が必要な状態ではないので心配いらんよ」と川奈が笑顔で言うと、形山は「だったらなぜ」と表情で訴えた。
「確か形山君がこっちに来たのは十年ほど前だったかの、あの当時は混濁がまだまだ未解明なもので、当時の検査機器も今の物とは比べようがないぐらいの代物でのう。まあ最新の検索機器でもう一度調べさせてもらうと、また何か新しいことが分かるのでは、という個人的な興味じゃな」
「はあ」と形山は分かったような分からないような返事をする。
「まあ痛くもなければ、時間もかからないから、その気になったら調べさせておくれ、城宮君にも検査を受けてもらったところじゃ、なあ?」と水を向ける。
城宮は笑いながら「はい」と答えた。
「すぐに終わったじゃろ?」と川奈はさらに肯定的な意見を求める様に畳みかけた。
「まあ混濁も症例数が少なくてのう、なかなか研究が進まんのじゃよ」と締めた。
その後も三人はいろいろな話で盛り上がり、ビールを酌み交わした。日も落ちて暗くなり周りの花見客もほとんど居なくなったころ、お開きにしようということになり、三人はそれぞれの方向に向けて歩き出した。城宮は川沿いの道をふらふらと歩き始めた。




