隠れ家
烙は、柔らかな日差しを感じ、目を覚ました。
今日はいつもよりも暖かい。
こんなに良いベッドで寝たのはいつぶりだろうか。
彼は今、結城家の屋敷にある部屋にいた。
白百合の部屋の隣である。
そしてその場所に、住み始めることになったのだ。
グッと伸びをすると、勢いよくベッドから起き上がる。
彼がここに来てから一ヶ月近く経っていた。
約1ヶ月後には初めての仕事が待っている。
床に放り投げていたスリッパを履くと、鏡で自分の姿を確認する。
寝癖はなし。
顔も問題ない。
彼は、木製の白い扉についている金色のドアノブに手を掛け、回廊に出た。
隣の部屋の少女は、まだ眠っているだろう。
彼女の部屋には盗聴器を仕掛けさせてもらった。
それを聞く限り、きっと深い眠りの中だ。
寺島 実言には、朝早くから出掛けることを伝えてある。
どんな表情をしているのかは読み取れなかったが、その声は渋々と言った様子だった。
ボディガードなのに、なぜそこまで自分の用事を優先するのか。とでも思っていたのだろう。
まあそうだよなと思いつつも、彼はにこりと笑っておいた。
一階のリビングに降りると、誰かが家具の埃を払っているのが見えた。
誰だろう?と思いながら見つめていると、その人物は声を掛けてくる。
「おはようございます。九曜さん。」
その声には聞き覚えがあった。
鷹野 トオルだ。
「おはようございます。鷹野さん。朝早くからご苦労様です。」
作り笑いを浮かべると、そう言った。
彼は会釈をすると、また作業に戻っていった。
そんな彼の前を通り過ぎ、烙は食堂へと向かう。
昨日のステーキ、美味しかったな。と考え、昨夜のことを思い出してふっと笑った。
結城 白百合。
不思議な少女だ。
あの歳であれだけ命を狙われているのだ。
もっとか弱く、庇護欲を掻き立てられる子だと思っていた。
だが、彼女は精気に満ち溢れていた。
そして度胸もある。
烙は、彼女に興味が湧いてきていた。
それは超能力者としてではなく、1人の少女として。
そんなことを考えていると、味噌汁の良い匂いがしてきた。
今日の朝は和食なのか。
まともに朝食を摂るのは久しぶりだった。
食堂に入ると、人がいた。
誰だろうと思いつつ、声を掛けた。
「おはようございます。」
すると、聞き慣れた声がしたら
「おはようございます。九曜さん、朝食の準備が出来ております。」
少し尖った声の主は寺島だった。
どうやらまだ彼が気に食わないようだ。
テーブルの上には焼き鮭、白米、漬物、味噌汁、ひじきと蓮根のきんぴらが置かれてあった。
どれも美味しそうだ。
彼は癖で、毒が入っていないか確認しようとした。
だが直前のところで踏み止まった。
彼女の前でそれをするのはやめた方がいいに違いない。
それに、おそらく問題ないだろう。
寺島に悟られないようにしながら、警戒した様子で茶碗に口を付けた。
美味かった。
どれも異常はない。
彼はゆっくりと朝食を味わうと、寺島の方を向いた。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです。」
そういってふわりと笑った。
とにかく今は愛想良くしておかねば。
その言葉を聞くと、寺島はぶっきらぼうな様子で答えた。
「早く帰ってきてくださいね。夕食、お嬢様が一緒に食べたがっていますから。」
そして彼から視線を逸らすと、他の者の準備を始めた。
「分かりました。必ず帰ってきます。」
そう言い残すと、烙は食堂を後にした。
部屋に戻り、支度を始める。
黒いスウェットに真っ白なワイド・バギーシルエットを履き、鏡で姿を見る。
彼はファッションに無頓着だった。
いつもだいたい同じような格好になる。
しかしそれは、彼が何を着ても様になるということでもあった。
だから余計シンプルになるのだ。
シンのファッションセンスを見習わないとな、と心の中で呟きながら墨色のショルダーバッグを手に取る。
そして屋敷を後にした。
白百合はまだ眠っているようだった。
スノードロップが可愛らしく咲く庭を通り抜けると、門を出る。
その近くの駐車場に、彼の愛車は止まっていた。
鍵を開けて乗り込むと、スマホを確認する。
今日はシン達と会う予定なのだ。
用はもちろん白百合の件についてである。
昨日の昼頃、シンから情報が手に入ったという連絡があった。
それを踏まえて、今から彼等に会いに行くのだ。
烙は目的地を確認すると、車を発進させた。
烙がちょうど目的地へ着いた頃、白百合は深い眠りから覚めていた。
ここのところ隣の部屋が気になり、よく眠れていなかった。
昨夜は久しぶりにゆっくり睡眠ができた。
彼女は大きな欠伸をすると、布団を勢いよく剥がし起き上がった。
今日は夜まで烙がいない。
それがひどく気を楽にさせた。
彼といると、何故だか妙に緊張する。
あれほどの殺し屋がそばに居れば、普通は護ってもらえるという安心感があるはずだが‥‥
そう考えながら、彼女は身なりを整えるとリビングに降りていった。
その頃、烙はシン達の待つ隠れ家へ到着した。
今日はシンの家でない。
いつも彼らが使っている、組織も知らないであろう場所だ。
車は途中の場所で停めてきた。
万が一のことを考えてだ。
烙は深呼吸をすると、アジトに向かって歩き出した。




