想いと思い出
烙にとって初めての仕事。
それが夜会への護衛と婚約者のフリ。
そして、彼に殺し屋たちから守ってもらう…。
白百合の胸に不安が広がってゆく。
本当に大丈夫だろうか……。
そんな彼女の胸中とは裏腹に、目の前に座っている男は何を考えているのかわからない様子でニコニコとしている。
相変わらず何を考えているのかわからない男だ。
まだ、この男を信用しているわけではない。
そういう意味では、今回の任務で彼がどんな仕事をするのか、そして彼を信用してもいいのかどうか白黒つくだろう。
いわば彼を試すチャンスだ。
それが分かっていて、鷹野と実言はこの機を利用したのだろう。
「では、白百合様。そういうことですので。よろしくお願いいたします。」
鷹野が白百合に頭を下げる。
「分かりました。じゃあそういうことだから。お願いね、烙。」
真向かいに座る男を見やるとそう伝えた。
「了解です。任せてね、白百合。」
烙は余裕たっぷりに笑うと、そう言った。
話を終え、白百合が書斎で本を漁っていると扉を叩く音がした。
「誰?ばあや?」
そう声をかけると、年季の入った木製の扉がゆっくりと開いた。
そこにいたのは怜王だった。
「怜王、どうしたの?探し物でもあるの?」
だが彼は不満そうな顔をして立っている。
ああ、何か言いたいことがあるのだな。と思った。
ほんとうにいつも分かりやすい。
そこが良いところでもあるけれど。
すると案の定、彼はこう言った。
「今度の政治資金パーティー、九曜 烙と一緒に行くんですか?」
その声は刺々しかった。
「そうだけど。それがどうしたの?怜王も行きたかったの?」
そう揶揄ってみるが、彼の表情は硬いままだった。
こういう会が行われるとき、いつもなら怜王が同行していた。
しかし、今回はただパーティーに参加して守ってもらうわけではない。
絶対に九曜 烙でないとダメなのだ。
彼のことを試さなければならない。
だから今回は怜王ではなく、烙を連れていく。
ただそれだけの話だ。
何をそんなに不満に思っているのだろうか。
不思議そうな顔をしている白百合を見ると、怜王は何とも言えない表情をした。
もしかして、自分では役に立たないからとでも思っているのだろうか。
そんなことはない。
彼は優秀な上、白百合との付き合いも長いため、一緒にいて気が楽だ。
それに、彼となら無理に沈黙を埋める必要もないのがとても好きだった。
「怜王、今回は烙を試さなきゃいけない。あの男が本当に役立つのか。そして、これからも側に置いておく必要があるのか。確かめなきゃいけない。」
それを聞くと、彼は合点がいったようだった。
いつも頭の冴えている彼なら、これくらい自分で気がつきそうなのに。
白百合は釈然としない部分があったが、一応納得したようだったので深く追及しないようにした。
彼なら自分で解決できるだろう。
でも念のために一応。
「困ったことがあったら言ってよ。いつでも相談に乗るから。」
その言葉を聞き、彼はどこか淋しそうに笑った。
「分かりました。では、失礼します。」
そう言って、そっと部屋を出ていった。
その背中は、どこか憂いを帯びていた。
書斎を出て廊下を歩きながら、怜王はため息を吐いた。
なぜあんなことをいちいち聞いたのだ。
考えればすぐに分かることだっただろ。
勘の鋭い彼女のことだ、きっと様子がおかしいことに勘付いただろう。
そう自責の念に駆られながら、背中を百合の花柄の壁に預けた。
「困ったらいつでも言って。」
彼女は言った。
でも、言えるわけがない。
彼女のことで自分はこんなにも悩んでいるのだ。
幼い頃から命を狙われ、家族も失った彼女はどれほど孤独を感じていたのだろう。
だが初めて出会った時から、彼女はずっと強かった。
今でも鮮明に思い出せる。
あの日のことを。
初夏なのに、なぜか涼しい日だった。
「怜王、今日からあなたは彼女を守るのよ。」
そう、実言が告げた。
彼が7歳の時だった。
そのとき初めて、結城 白百合という少女を見たのだ。
雪のように真っ白な肌。艶やかで、長く美しい髪。
自分よりも年下とは思えないほど、大人っぽく整った顔立ち。
そして、凛とした、揺るぎない意志を湛えた瞳。
思ってたのと違うな。
最初はそう思った。
彼女が親を亡くし、引き取られてきたことは知っていた。
だからきっと、弱々しく儚い子なのだろうと。
だが違った。
彼女は誰よりも強く、優しさに溢れていた。
すぐに打ち解けた。
春は共に桜を見た。
そして、美しく咲き乱れる花に囲まれながら、庭を走り回った。
夏は海に行った。
その能力故に、なかなか家外へ出ることができない彼女にとっては初の外出だった。
特別暑い日は、屋敷の中で肝試しをした。
秋は2人で紅葉を見た。
家に咲き誇る木々たちは、他のどれよりも綺麗だった。
落ち葉を拾って、どちらの方が綺麗か勝負もした。
冬は家の暖炉の前から離れなかった。
クリスマスにはサンタを捕まえるため、夜更かしもしたっけ。
雪が降った日には雪合戦をしたり、巨大な雪だるまも作った。
その全てが、彼女の笑顔が、唯一無二でかけがえのないものだった。
白百合が心配でたまらない。
誰よりも大切なあの人が居なくなってしまったら。
もう自分を必要としてくれなくなったら。
彼女を誰かに取られてしまったら。
誰よりも側にいるのは自分なのに。
守れないことが、彼女の代わりになれないことがひどく苦しかった。
怜王はずるずると崩れ落ちると、膝に顔を埋めた。
その脚衣には、涙が滲んでいた。




