招待状
烙は自分の荷物をまとめた。
本当に必要最低限の物しかない。
「じゃあまた。よろしく頼むよ。」
シンの方を振り返り、そう言った。
「ああ、お前も気をつけろよ。」
そう言って彼はイタズラっぽく笑うと、玄関の扉を閉めた。
烙はボストンバックを肩に担ぎ広い廊下を進むと、エレベーターに乗り込んだ。
良い親友をもったものだな、とつくづく思う。
彼は、烙が組織に連れてこられたときには既に殺し屋として任務に赴いていた。
そこから、同い年ということもあって距離が縮まり、仲良しになったのだ。
彼もまた、prime である。
だが、シンは腕が良いだけの殺し屋ではない。
周りにいる人間の心を穏やかにし、場を和ませることのできる人間だった。
人の心を強力に惹きつけながらも、他を寄せ付けない烙とは正反対だ。
でもだからこそ、烙はシンのことが親友として誇りに思っていた。
それに、情報屋としての能力も申し分ない。
そんなことを考えながら、彼は地下まで降りると自身の愛車である 真紅のMaserati GranTurismo に乗り込んだ。
シンが住むマンションの駐車場に置かせてもらっていたのだ。
結城邸までの道のりを確認すると、彼はゆっくりと車を発進させた。
辺りは既に暗くなっていた。
時計が19:30を回った。
烙はまだだろうか。
そう思いながら、白百合はリビングで彼が帰ってくるのを待っていた。
すると、彼女の護衛である鷹野 トオルが声をかけてくる。
「白百合様、まだお食事をなさっていないようですが…。彼をお待ちで?」
彼女は頷いた。
「もうすぐ帰ってくるはずよ。もし20:00になっても来なかったら食べるから。」
それを聞くと鷹野は妖艶な笑みを浮かべ、
「承知いたしました。では実言さんにそうお伝えしておきます。」
とだけ言い、去っていた。
もうすぐ40代になるはずだが、白百合が初めて出会った時から全く変わっていないように見える。
それどころか年々美しさを増している気がする。
彼は、白百合がこの屋敷に来たときからいる護衛兼お世話係である。
幼い頃はよく遊んでもらっていたっけ、と思い出に浸っているとその鷹野が白百合の所へ戻ってきた。
「九曜さんがお帰りになられました。白百合様も食堂へどうぞ。」
そう言うと、白百合をダイニングルームまで連れて行った。
彼女が部屋へ入ると、烙は既にテーブルについていた。
彼以外は誰もいなかった。
そして彼女の姿を見るなり、その顔を綻ばせた。
「ただいま、白百合。待っててくれてありがとう。さ、一緒に晩御飯を食べよう。」
「ばあやたちは?ここにはいないみたいだけど。」
白百合は必ず実言と一緒に食事をしていた。
だがその姿が今日は見当たらない。
「白百合と2人で食事がしたくて、他の人には出て行ってもらったんだ。せっかくだから、2人きりの方が良いでしょ?」
彼は言った。
どうせ無理に頼み込んだのだろう。
でもまあ、断るとなにをされるか分かったものじゃない。
仕方がないか。
おそらくドアの外で見張っていてくれるだろう。
何だか彼のペースに呑まれている気がしながらも、白百合も席に着いた。
今夜のメインディッシュは牛ヒレ肉のステーキだった。
彼女の好物である。
おそらく実言が気を遣ってこのメニューをシェフに頼んでくれたのだろう。
相変わらず気の利く人だな、と思いながらステーキを口に入れた。
ちらりと、目の前に座る烙を見ると手を付けていなかった。
じっと料理を観察している。
「烙、食べないの?もしかして肉は好きじゃない?」
おもわずそう声をかける。
すると彼はパッと顔を上げ、白百合を見つめた。
「いや、肉は好きなんだけどね。ちょっと気になって…」
と言った。
それを聞き、白百合は合点した。
きっと癖が抜けていないのだろう。
毒が入っていないかどうか心配しているに違いない。
彼女は自分の皿と、彼のものを交換した。
「これなら大丈夫でしょ?私が一切れ食べちゃったけど。」
彼はその様子を見て驚いたようだったが、次の瞬間には彼女に満面の笑みを浮かべてきた。
「白百合って綺麗なだけじゃなくてこんな気遣いもできるんだね!きっといいお嫁さんになるよー。」
弾んだ声でそう言う。
ちょっと暑苦しいなと思いつつも、嬉しそうな彼を見たふっと笑みを漏らした。
「その表情いいね!もっと見せてよー。」
それを見た彼がイタズラっぽく言う。
素でこれなのか、それともただの演技なのか。
どっちにしてもタチが悪いなと思い彼女は彼を無視すると、肉を思いっきり口に放り込んだ。
なんやかんやありつつも白百合と烙が食事を終えると、食堂のドアが開いた。
眉間に皺を寄せた実言と、ポーカーフェイスの鷹野が入ってくる。
実言は白百合を見るなり、近づいて耳元で囁いた。
「お嬢様、大丈夫でしたか?」
不安そうな声をしていた。
「平気。何もされてないから。」
そんな彼女を安心させるように言った。
そして実言は白百合から離れると、隣の席に腰を下ろした。
それを見ると、今度は鷹野が一端に腰掛た。
そして背筋を伸ばすと、真剣な表情で白百合の方を向いた。
「白百合様、夜会の招待状が届きました。」
その言葉を聞き、彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
大企業の社長や、政治家たちが集ういわばパーティーのようなもの。
代々続く名家である結城家。
表向きはその跡取りとなっている彼女は必ず出席しなければならない。
だが、そこに行けばまた攫われる危険性があった。
実際、何度かそういう目に遭っている。
それを理解したのだろう。
鷹野は言葉を続けた。
「そこで、今回は九曜さんにボディガード兼偽の婚約者として白百合様の護衛をしていただきたいのです。」
烙はそれを聞き、ニヤリと口の端を吊り上げた。




