裏側
白百合と話し合えると、烙は立ち上がった。
「わざわざ来てくれてありがとう。でも、僕はまだ白百合のことをあまり知らないから。次は君の話も沢山聞かせて。」
そう言うと、ふわっと微笑んだ。
とても綺麗な笑みだったが、どこか不気味さも纏っていた。
「そうね。あと烙、あなたも今日からうちの屋敷に住んで。ボディガードなら1番近くにいてもらわないと。」
それを聞くと顔を綻ばせた。
「本当?それなら白百合とずっと一緒にいられるね!」
そして言葉を続ける。
「じゃあ一旦うちに帰って荷造りしてくるよ。少し用事があるからしばらくかかると思う。夜までには帰るから。そう寺島さんたちにも伝えておいて。」
嬉々とした様子でそう言うと、今度は急に白百合を抱きしめてくる。
突然のことに動けなくなっていると、彼は耳元で囁く。
「待っててね。帰ったら沢山話そう。」
それだけ言うと、パッと体を離し、目をキュッと細めて笑った。
そして、門の方へ向かって歩き出して行った。
彼女は呆然と立ち尽くしながら、彼がいた場所に目をやる。
彼の読んでいた本は、置かれっぱなしになっていた。
何を読んでいたのか気になり、表紙を見た。
「誰がために鐘は鳴る」
そこにはそう書かれていた。
結城邸を出た烙は駅へ向かうと、見覚えのある真っ黒な Mercedes-AMGを発見した。
そして車の中の人物を見ると、片手を挙げた。
それを見て、相手も同じように手を挙げ返す。
彼は周りをよく確認すると、車の助手席へ乗り込んだ。
「シン、おはよう。君の家までお願い。」
そう言ってシートベルトを装着する。
「了解。それにしてもすごいことになったな。」
彼の殺し屋仲間でもあり、幼馴染で親友の弓波 シン《ゆみなみ しん》はそう言った。
彼もまた、Lynx の殺し屋だ。
だがこっちは現役だ。
それに彼は、有能な情報屋でもある。
今日は、肩まであるオレンジに近い茶色の長い髪をひとつに括っていた。
ここ最近、彼の髪は暖色系に落ち着いている。
煙草を口に咥えながら、ハンドルを切り目的地へ向かう。
その言葉を聞き、烙は苦笑した。
「まあね。でもやっとチャンスが来たんだ。そう悪くはないさ。それに……。彼女の顔ははっきり分かるんだ。」
そう言うと、今度はシンの方が驚いたような顔をする。
「おい烙。それって…。」
「まだわからない。でも彼女のそばに居たら、いずれ分かることだよ。」
だが、彼女に対して好奇心を抱いているのは事実だ。
それが好意や愛なのかどうかも、はっきりさせねばならない。
「お前って奴は…」
シンは、また面倒なことをしやがって、とでも言いたげな顔をした。
しかし、彼の目的を知っているからなのかそこまで深く追及してこなかった。
そうこうして世間話をしているうちに、シンの家へ到着した。
烙は今、自分の家を殆ど使っていない。
だいたいは、隠れ家で過ごしている。
しかも、その隠れ家にも私物というものはほとんど置いていない。
それに、なんやかんやでシンの家に居座るとこが多いため、私物も殆どシンの家に置いてある。
それに今日は、用事があって来たのだ。
シンが住んでいるのは、高層マンションの上層階にある端の一室だ。
しばらくここにも来ていなかったので、懐かしい気分になった。
シンは鍵を開け、部屋に入るとまずは異常がないか確かめた。
自分たちにとっては何よりも優先すべきことだ。
そして問題がないことを確認し終えると、烙を呼んだ。
中に入ると、大理石でできた床のをスリッパで歩いた。
広々としたリビングの真ん中には上質な革のソファと重厚なローテーブルが置かれていた。
家具は少なく、余計なものはほとんど置いていない。
シンは、烙をキッチンのカウンターから手招きした。
「今日はやって欲しいことがあって来たんだろ?何をして欲しいんだ?」
さすがは幼馴染。烙のことをよく理解している。
烙は満足げに笑い、答えた。
「結城 白百合について調べて欲しい。」
シンはその言葉を聞き、ピクッと反応した。
彼も勿論、彼女のことを知っている。
いや、知っていて当たり前なのだ。
結城 白百合。
神の如き超能力を持つ少女。
その存在を知らない者など、おそらく烙たちの世界にはいないだろう。
超能力者。
日本中、いや世界中でも数えるほどしかいない特殊な人間。
その中でもとりわけ卓越した「一攫千金」と呼ばれる超能力。
それを聞き、勘の鋭いシンはすぐに何が起きたのか気がついたらしかった。
「結城白百合を今更何で…‥ってまさか、お前が言ってた超能力者って…。」
「そう、シンが考えてる通りだよ。結城 白百合。彼女のボディガードになったのさ。」
シンは思い切り頭を抱えた。
よりにもよって「あの」結城 白百合のボディガードだなんて…。
烙は、現実を受け止めきれていない様子の彼をチラリと見やる。
同時に、まあ、そうだよな。普通はその反応になるよな。とも思い、苦笑した。
シンは何とか気を取り直すと、烙に聞いた。
「で、何を調べて欲しいんだよ?」
どうやらやってくれらしい。
相変わらずいい奴だなと思いながら、彼は言った。
「調べられるところは全部お願いしたい。あと、彼女の屋敷の人間についても。それから…、今彼女を狙っている組織や計画も分かる範囲で。」
それを聞くと、シンは呆れたながらも笑った。
「分かったよ。じゃあ調べ終わったらまた連絡する。当分は向こうでお世話になるんだろ?さっさと荷物も持ってけ。」
そういつもの調子に戻り、軽口を叩いた。
「助かるよ、さすがだ相棒。今度礼をするから。」
「誰が相棒だよ。報酬、期待してるぜ。」
そう言ってシンはニヤリと笑った。
烙は、自分の中の計画が動き始めるのを感じていた。さあ、これからが本番だ。
彼は心の中で、覚悟を決めた。




