初仕事
鷹野の運転するリムジンに揺られながら、烙は窓の外を見つめる。
現在の時刻は17:20。
おそらく会場までは30分ほどかかるだろう。
烙は頭の中で今日の計画をもう一度反芻する。
奴らはおそらくパーティーが終わる頃に突入してくるはずだ。
そこで必ず‥。
そう思いながら白百合の方を見つめる。
2人は後部座席に並んで座っていた。
彼女はいつも通りクールな表情でまっすぐ前を向いていた。
何を考えているのだろうか。
烙がじっと見つめているとその視線に気がついたのか、白百合と目が合った。
「何か用?もしかして緊張してる?」
彼女は唇の端を持ち上げるとイタズラっぽく笑った。
「そんなわけないでしょ。綺麗だと思って見てたんだよ。」
烙がそう言うと白百合はそっぽを向いた。
その耳先はうっすら色付いていた。
彼はそれを見て小さく笑った。
本当、可愛らしい子だ。
心の中でそう呟くと、再び車窓に頭を預けた。
その後、殆ど会話がないまま会場に着いた。
会場に使われているのは、街の中心に聳え立つ白亜のホテルだった。
正面には車寄せが設けられ、黒塗りの高級車が途切れることなく乗り入れされていた。
エントランスではホテルマンたちが訪れる客をにこやかに出迎えていた。
鷹野も車を停め、外へ出ると後部座席のドアを開けた。
烙は白百合よりも先に降りると、車内に手を差し出した。
白百合はその手にそっと自分の指を重ね、ゆっくりと車外へ足を踏み出した。
これは事前に鷹野から教え込まれていた。
婚約者のフリをするため、烙は鷹野から色々と教え込まれたのだ。
彼はそのまま白百合の半歩前に立ち、さりげなくエスコートする。
2人は並んで煌々と照らされたホテルのエントランスへと歩き出した。
パーティー会場はホテルの5階にあった。
そこそこいい眺めを楽しむことができる。
本当ならそうしたいのだが今日は大事な任務があるのでそういうわけにもいかない。
2人で受付を済ませ中に入ると、既に客が沢山いた。
鷹野トオルは2人の半歩後ろで様子を伺っていた。
おそらく慣れているのだろう。
その所作には無駄も隙も無かった。
少しすると、白百合が声を掛けられた。
「これはこれは結城家のお嬢さん。お久しぶりですね。随分と綺麗なられて。お母様にそっくりだ。」
それを聞くと白百合はにこりとよそ行きの笑みを浮かべる。
「お久しぶりです沖田会長。相変わらずお元気そうで安心しました。」
そう言って沖田とかいう人間と握手をした。
声を聞く限りだと60手前だろう。
そんなことを烙が考えていると、沖田は今度は烙に目を向けてきた。
「白百合さん、そちらの男性は?」
それには烙が応えた。
「土屋アキトと言います。白百合さんの婚約者です。」
烙は偽名を使った。
これも事前に白百合と決めたことだ。
九曜 烙なんて本名を使うとリスクが大きい。
万が一、烙のことを知っている人間がいたら危険だからだ。
それを聞くと、沖田は目を見開いた。
「そうなんですか。美男美女ですな。それじゃ白百合さん、お幸せに。」
そう言って会釈すると去っていった。
白百合は隣で苦々しい顔をしている。
どうも烙と婚約者のふりをするのには気乗りしないらしい。
烙はそんな彼女を見ながら藤井怜王のことを思い出していた。
それからも白百合はよく話しかけられた。
結城家のひとり娘ということで色々大変なのだろう。
表向きは、両親は交通事故で亡くなったことになっているらしい。
これはシンから聞いたことだ。
殺害されたなんてことが公になれば面倒だからだろう。
そこは上手く誤魔化しているらしかった。
その間にも烙は白百合の婚約者として愛想を振り撒いていた。
こういうことには慣れていた。
だから嘘くさい笑みが得意なのだ。
すると、地方議員と話し合えたばかりの2人にある男が声を掛けてきた。
「結城 白百合さんですか?」
その言葉に、隣にいる白百合が応えた。
「はい。結城 白百合と申します。初めまして。」
男はそれを聞くとにこやかに笑った。
「初めまして白百合さん。私は鮫島 博喜と申します。それにしても、お母様にそっくりだ。とても美しい。」
それを聞くと、白百合はふわりと微笑んだ。
「ありがとうございます。母とは面識があったのですか?」
「ええまあ。ご両親には昔お世話になりまして。それに、あなたのお母様はとても美しい方でしたから。」
そう言ってから顔を曇らせる。
「まさか、あんなことになってしまうなんて‥‥。」
その言葉に白百合の顔にも翳りが生まれた。
「ええ。両親が亡くなってしまったのはとても寂しいです。当時は本当に辛かった。ですが今は大切な者も出来ましたので。」
だがそう言って微笑むと、後ろにいる鷹野をチラリと見た。
「強いお嬢さんだ。ところで、隣の男性は?」
鮫島は白百合に尋ねた。
「婚約者です。土屋 アキトと言います。」
先程と同じように、烙が応える。
それを聞くと鮫島はキュッと目を細めた。
「そうなんですか。白百合さんにお似合いの美しい方だ。」
そう言ってから腕時計を確認する。
「おっと。そろそろ行かないと。それではまたお会いしましょう。白百合さん、土屋さん。」
彼は手をヒラヒラと振り、去っていった。
その反応に、烙は嫌なものを感じていた。
なぜかは分からない。
だが不吉な予感がする。
本当は追いかけたかったが、今日は白百合が隣にいる。
それに怪しまれるわけにもいかなかった。
彼を追いかけたい衝動を我慢しながら、烙は気持ちを切り替えようとしていた。
その頃、鮫島はニヤリとした笑みを浮かべながらエレベーターへ向かっていた。
「九曜 烙‥か。さて、どうしようかな。」
そう1人で呟くとまた歩き始めた。




