襲撃
パーティーも終盤に差し掛かった頃。
烙は頃合いかと、ネクタイを僅かに緩めた。
会場は人で溢れ返っている。
狙うなら、今だ。
そう判断して周囲を見渡したとき、ふと違和感を覚えた。
乾杯の時には見なかった顔が、いくつも増えている。
しかも、妙だった。
彼らは誰一人として料理や会話に興味を示さず、絶えず周囲へ視線を走らせている。
――間違いない。
刺客だ。
「白百合、多分……殺し屋がいる」
烙が小声で告げると、白百合はすぐに察したのか、小さく頷いた。
その顔には、隠しきれない焦りが滲んでいる。
それに気付いた鷹野が、そっと白百合の手を握った。
おそらく、彼も気付いている。
そして次の瞬間。
一人の刺客が白百合を捉えた。
仲間と目を合わせ、僅かに頷く。
――合図だ。
烙は即座に白百合の手を引いた。
「白百合、走るよ!」
「えっ――」
戸惑う白百合を連れ、そのまま出口へ駆け出す。
背後では、鷹野が刺客たちの前に立ちはだかっていた。
足止め役か。
だが、それだけではない。
白百合を捕らえるための人員は、おそらくこのホテルのどこかに潜んでいる。
……まあ、見当はついているが。
烙は視界の先にエレベーターを捉えると、そのまま白百合を連れて飛び込んだ。
奴らは上にいる。
ならば、こちらから潰しに行けばいい。
そして――
白百合に、自分の必要性を思い知らせる。
エレベーターが十階で止まった。
扉が開く。
烙は白百合を連れて降りると、壁際に置かれた荷物へ目を向けた。
ここには、シンに頼んで武器を用意してある。
このホテルは二十階建て。
最上階にも敵が集まっている可能性は高い。
だが、その前に目の前の連中を片付けなければならない。
烙は白百合の手を一度離した。
そして、彼女の身体を引き寄せる。
「白百合」
耳元で、静かに囁く。
「これから敵が襲ってくるかもしれない。だから、絶対に僕から離れないでね」
白百合は一瞬だけ目を見開いた。
けれどすぐに表情を引き締める。
「……分かった。お願いします」
その言葉を聞いた烙は、僅かに口角を上げた。
――その瞬間だった。
轟音とともに、天井が崩れる。
「――!」
降り注ぐ瓦礫。
その向こうから、次々と男たちが姿を現した。
数は、およそ五十。
たった一人の少女を捕らえるために、よくもまあこれだけの人数を揃えたものだ。
烙はため息を吐きながら、用意してあった荷物を開く。
中から取り出したのは、大型のナイフと銃。
白百合と初めて出会ったあの日にも使っていた武器だった。
手にした瞬間、身体が勝手に馴染んでいく。
「もしかして、この子を狙ってるのかな?」
烙は銃を構え、目の前の男たちを見渡した。
「それなら――僕が相手してあげるよ」
次の瞬間。
一人の男が飛び掛かってきた。
烙は身体を僅かに逸らして刃を躱す。
そのまま懐へ潜り込み、ナイフを振るった。
一人。
二人。
三人。
次々と敵が倒れていく。
背後から白百合へ迫った男には、振り返りざまに銃口を向けた。
乾いた発砲音。
一発。
正確な一撃が敵を捉える。
――眉間。
あの日と、同じように。
だが、今回は数が違う。
倒しても、倒しても、次々と敵が押し寄せてくる。
「白百合!」
烙は彼女を抱き上げると、ワイヤーを天井へ撃ち込んだ。
身体が一気に宙へ舞う。
そのまま敵を引き付けるように階段へ着地した。
「……こっちだ」
敵が一斉に追ってくる。
烙は白百合を抱え直すと、階段を駆け上がった。
その瞬間。
上から銃声が響く。
銃弾が頬を掠めた。
「……っ!」
烙は身体を捻りながら銃を抜く。
階段の上にいる男へ向けて、迷いなく引き金を引いた。
一発。
二発。
三発。
敵が次々と倒れていく。
しかし、白百合を抱えたまま四方八方から襲い掛かる敵を相手にするのは、さすがの烙でも容易ではなかった。
ふと、腕の中へ視線を落とす。
「白百合、大丈夫?」
「……うん」
返事はした。
だが、その身体は小刻みに震えている。
怖いのだろう。
どれだけ危険な目に遭ってきたとしても、恐怖そのものが消えるわけではない。
烙は何も言わず、彼女の手を強く握った。
大丈夫だ。
こんな連中に負けるほど、自分は落ちぶれていない。
やがて下の階にいた敵を片付けると、烙は上から迫ってくる刺客を退けながらエレベーターへ向かった。
もちろん、白百合を抱えたまま。
幸い、エレベーターはまだ動く。
二人が乗り込むと、扉が閉まり始めた。
烙は白百合を背後へ庇い、僅かに開いた扉の隙間から銃を構える。
発砲。
また一人。
扉が完全に閉じた。
これで、この階までの敵はほとんど片付いた。
現在地は、おそらく十六階。
残る敵も、そう多くはない。
烙は小さく息を吐き、二十階のボタンを押した。
そして弾を装填しながら、途中で敵が乗ってこないことを祈る。
――だが。
その願いは、あっさりと裏切られた。
エレベーターが十八階で停止する。
「……!」
扉が開く。
その隙間から、ゆっくりと銃口が現れた。
まずい。
このままでは、白百合に当たる。
烙は即座に白百合の前へ立ちはだかり、銃を構えた。
そして――引き金を引く。
しかし。
避けられた。
「……何?」
烙の表情が僅かに変わる。
今まで、こんなことはなかった。
自分の狙撃を避けられる人間など、並の殺し屋にできる芸当ではない。
これは――少々まずい。
烙はもう一度、銃口を向けた。
その瞬間だった。
「烙! 撃たないで!!」
今まで黙っていた白百合が、突然叫んだ。
「……白百合?」
烙は戸惑いながら、銃口の向こうへ視線を向ける。
そして――
男の足元が目に入った。
汚れ一つない、黒塗りのオックスフォードシューズ。
その靴を、烙は知っていた。
いや。
忘れるはずがない。
「……まさか」
ゆっくりと、視線を上げる。
そこに立っていたのは――




