宣戦布告
怜王の言葉を聞き、烙はぱちぱちと瞬きをした。
だが、彼がなぜそんなことを言ったのかということについてはだいたい見当がついている。
おそらくひとつしかない。
しかしそこまで優しい彼ではない。
敢えて何も分かっていないフリをすることにした。
「どういうことです?それは屋敷の人たちが決めたことなんですか?」
その言葉にイラッとしたのか怜王は刺々しい言葉で返してくる。
「そうではありません。ですがあなたがここにいる必要は無いのでは?」
それを聞いて、私情もここまで来ると厄介なものだなと、烙は心の中で苦笑した。
「では聞きますが、僕がいるデメリットは何なんです?少なくともそれは見当たらないんですが…。」
わざと困らせるようなことを言ってみせる。
その言葉を聞き、怜王は悔しそうな顔をした。
やっぱりな。
彼が烙と白百合の会話を盗み聞きしていたのには気づいていた。
面倒くさいなと思いつつ、ニコニコと笑っておく。
それを見て余計にイラッとしたのだろう。
彼は不満を露わにした声で烙に言う。
「でもあなたがいるメリットもないはずです。実際、ここ1ヶ月であなたがいて良かったことって何なんです?特に何もしていませんよね?よく勝手に1人で出かけているし。」
それを聞き、確かにそうだなとも思った。
しょっちゅう1人で出掛けているのも事実だ。
だが烙も若干イラッとした。
たかが1ヶ月で何が分かるというのだ。
白百合にプロポーズしたあの日以降、特別彼女の身に何か起こったわけでも無い。
それに1人で外出していると言っても、遊びに行っている訳ではない。
烙がどう言おうか迷っていると、怜王が先に口を開く。
「もしかして他の女性と会ったりしてるんです?ゆりさんにプロポーズまでしたのに?ああ、でも婚約者ではないのか。振られたんですもんね。」
そう言って勝ち誇ったように笑う。
この男…
胸に黒いものが溜まっていくのを感じたが、平然を装う。
「そんな訳ないじゃないですか。色々やらなければいけないことがあるんです。それに白百合以外の女性に興味なんてありませんよ。」
これは事実だ。
何なら女性など好きではない。
「なら証拠を見せてくださいよ。いつもどこへ行っているのか。ゆりさんが傷つくようなことはしていないと証明してくださいよ。」
烙はいい加減嫌気が差してきた。
だがここではぐらかせばもっと面倒なことになる。
どう言い訳をしようか悩んでいると、扉が勢いよく開いた。
「うるさいんだけど!人が読書してるんだから静かにしてよ!!」
憤りを露わにした白百合が部屋の外に立っていた。
その綺麗な顔が歪んでいた。
「ゆりさん!ごめんなさい。騒がしくしてしまって。」
怜王は白百合に咎められると、しゅんと肩を落とす。
どうやら白百合には頭が上がらないらしい。
それを見た烙が意外そうな顔をしていると、白百合がこちらを向いた。
「烙!怜王と喧嘩しないでよ。何があったかは知らないけど、私の家族に手を出さないで。」
それを聞くと怜王が釈明する。
「ゆりさん、俺が言い始めたことだから。それにもう終わったから。今度からこういうことがないように気をつけます。」
そう言って彼はそそくさと部屋を出ていった。
「うちの家族」か。
烙がつまらなそうな顔をしているのに気がついたのだろう。
白百合が詰め寄ってくる。
「怜王に何か吹き込んだの?彼を傷つけるようなことをしたらあなただろうと許さないから。」
やはりずっと一緒に過ごしてきた向こうの肩を持つらしい。
烙は何だか面白くない気分になったが、その顔に笑みを貼り付けた。
「ごめんね。彼には何も言ってないから安心して。白百合もゆっくり休んで。」
そう言って彼女の頭に手を乗せると、その手を強い力で払い落とされた。
「触らないで。何があったのか説明するまであなたとは口を利かないから。」
そう吐き捨てると部屋を去っていった。
さっき見せてくれた笑顔が嘘のようだった。
面倒な事になったと思い烙は頭を抱える。
このまま、あの藤井とかいうのに毛嫌いされたままだと危ない。
せっかくここまで来たのに。
それに来月のパーティーまでには白百合とも仲直りしなくては。
「はぁー」と大きな溜息を吐き、ベッドに仰向けのまま身を投げる。
明日またちゃんと話すか。
そう小さく呟くと、彼はベッド脇の小卓に置いてある本を手に取った。
烙の部屋を出た後、白百合はキツく言い過ぎたと後悔した。
あそこまで言う必要はなかったはずだ。
それに彼を怒らせたら何をされるか分からない。
だが、もし怜王が傷つけられていたらと思うと黙っていられなかったのだ。
家族同然の彼が痛めつけられるなど、白百合にとっては許せることではなかった。
烙がそんなことをする奴ではないと、心の何処かでは分かっていたはずなのに…。
彼女は大きく息を吐くと、ソファに座り込んだ。
怜王はリビングの掃除をしながら後悔の念に苛まれていた。
つい理性を抑えられず勝手なことをしてしまった。
それに、優しい彼女に汚れ役を押し付けてしまった。
烙にも自分勝手なことを言って迷惑をかけた。
最悪だ、と思いながら彼は自分の右頬をバシッと叩いた。




