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第七話【 中古車販売大手の顛末(てんまつ)】

廊下ですれ違った遠藤が、

俺に一瞬だけ視線を寄越した。


値踏みするような、探るような目だった。


俺は、何も知らない一介の部下を装って、

丁重に頭を下げた。


この男もまた、

いずれ使い道のある駒になるかもしれない

――そう思いながら。

本社に上がって数ヶ月が経った頃、

俺は経理部の資料庫で、

妙な数字に気づいた。



子会社の「海星堂メンテナンス」――

複合機やオフコンの

保守・修理を請け負う部門の、

修理費の計上が、

年々不自然に膨らんでいる。


故障していない部品を

「交換」として計上し、

リース会社や得意先に水増し請求する。


前世の記憶にある、

ある中古車販売大手の

保険金不正請求の構図と、

驚くほどよく似ていた。


現場が数字のノルマに追われるあまり、

不正が常態化し、

やがて内部告発で表沙汰になり、

経営陣が総退陣し、

外部の新しい経営母体が

事業だけを引き継いで再建する――

あの一連の顛末と、同じ匂いがした。


今はまだ、誰も気づいていない。

あるいは、

気づいていても見て見ぬふりをしている。


この不正は、今はまだ小さな膿だ。


だが、いずれ

会社の屋台骨を揺るがす爆弾になる。


複合機の修理伝票を一枚一枚めくりながら、

俺は前世で目にしたニュースの見出しを、

いくつも思い出していた。


ゴルフボールで車体を傷つけて

保険金を水増し請求する現場、

それを黙認していた本社、そして、

事件発覚後に

外部から乗り込んできた新しい経営陣。


あの構図を先取りできる立場に、

今の俺はいる。


俺は、資料の写しを、

誰にも知られぬよう、

少しずつ抜き出して手元に控え始めた。


今すぐ暴く必要はない。

むしろ、暴かないことにこそ、価値がある。


夜、社員寮の自室で、

俺は集めた資料を前に、独り言ちた。


「この会社が上場する頃には、

 必ず一度、大きな危機が来る。

 その時、

 会社を『立て直す人間』が誰なのか――

 それを、

 今のうちに決めておく必要がある」


前世で見てきた、

あの中古車販売大手の顛末(てんまつ)を、

頭の中でもう一度なぞる。


不正が発覚し、経営陣が総退陣し、

外部から新しい経営母体が入り、

事業だけを引き継いで再建する。


看板を変え、膿を出し切ったふりをして、

実態は同じ人間関係の上に、

新しい会社が立ち上がる。


世間はそれを「再生」と呼び、

拍手を送る。


海星堂メンテナンスも、

いずれ同じ道を辿(たど)るだろう。


ならば、その

「外部から入る新しい経営母体」

の椅子に、俺自身が座ればいい。


表向きは会社を立て直した救世主として、

裏では実権のすべてを握る、

傀儡(かいらい)ならぬ真の経営者として。


玖芳子(くよしこ)を上場記念式典で突き落とす

だけでは、まだ足りない。


彼女を落とした後、

俺自身がこの会社の実権を、

名実ともに握る必要がある。


海星堂メンテナンスの不正は、

そのための、又とない布石になる。


不正の規模が大きければ大きいほど、

発覚した時の衝撃も大きい。


衝撃が大きければ大きいほど、

旧経営陣は総退陣を余儀なくされ、

「清廉な立て直し役」の需要は高まる。


玖芳子が積み上げてきた

恫喝と癒着の歴史も、その時、

まとめて焼き払われることになるだろう。


彼女の悪辣さそのものが、

いずれ彼女自身を葬る火種になる。


資料を金庫の奥に仕舞いながら、

俺は静かに笑った。


あと数年、

いや十数年かかっても構わない。

急ぐ必要はどこにもなかった。


翌週、俺はさりげなく、

玖芳子に

メンテナンス部門の話題を振ってみた。


「課長代理。

 海星堂メンテナンスの修理費、

 少し伸び率が高すぎる気がします」


「そう? 数字が伸びてるなら、

 いいことじゃない」

玖芳子は、

興味なさげに書類をめくった。


数字の中身より、

伸びているという結果だけを見る。


それが、彼女の限界だった。


だからこそ、この不正の芽に、

彼女は決して気づかない。


「気になるなら、

 あなたが少し調べておいて。

 何かあったら、私に報告して」


「かしこまりました」


俺は一礼しながら、内心でほくそ笑んだ。


玖芳子自らが、

俺にメンテナンス部門を「調べる」

お墨付きを与えてくれた。


これで、堂々と資料に触れ、人脈を作り、

いざという時の

主導権を握るための足場を築ける。


桧山を、

いずれこのメンテナンス部門の

監査役に据えよう。


窪田には、

現場の若手との繋がりを作らせよう。


宇佐見には、経理の女子社員たちから、

更に詳しい数字を拾ってもらおう。


三人とも、

これから何が起きるかを知らないまま、

それぞれの持ち場で、

俺のための土台を築いていくことになる。


上場記念式典で玖芳子を落とすその日、

俺は

ただの「元腹心」で終わるつもりはない。


膿を出し切った後の、

新しい海星堂の実権を、静かに、

しかし確実に手にする。


その第一歩を、俺は今、踏み出していた。


©2026 [風風風]. All rights reserved.

1985年、

俺は玖芳子の推薦という体裁で、

海星堂メンテナンスへの出向を

命じられた。


表向きは

「不正の疑いを内部監査する要員」

としての出向だったが、実際には、……。


来週の水曜日、18:20 に、第8話を投稿します。

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