第14話【 奈落の設計図 】
不正発覚は、もう
社内だけの騒動では収まらなかった。
「海星堂グループ子会社、
修理費水増しか 内部資料を本紙入手」
地方紙の経済面に
その見出しが躍ったのは、
監査開始から
わずか二週間後のことだった。
氷室の映像と穂積の証言、
そして経理資料の一部が、
どこからか記者の手に渡っていた。
──美央がその「どこからか」だとは、
誰も証明できない。
専務・的場は引責辞任。会長も、
創業家として道義的責任を問われ、
株主総会を待たずに退任を表明した。
海星堂商会の経営は一気に真空状態に陥る。
「詞荷科くん、
これから、うちはどうなるの?……」
玖芳子は本社の自席で、
放心したように呟いていた。
彼女への風当たりも
日増しに強くなっていた。
「メンテナンス部門を含む
複数部署を統括していた課長」として、
社内外から「知っていたのではないか」
「監督責任があるのではないか」
という声が上がり始めていたのだ。
美央はあえて何も否定しなかった。
玖芳子を積極的に陥れることはしない。
ただ、彼女を守るための行動も、
もう取らない。
潮目は自然に、
彼女の不利な方向へと流れていく。
一方、
経営再建の話は驚くほど早く進んだ。
主要取引銀行の仲介で、
大手商社系の投資ファンドが
海星堂商会へのスポンサー参画を決定。
新経営母体による
再建チームが組まれることになった。
再建チームの人選が始まったとき、
美央の名前は自然と候補に挙がった。
デジタル化構想の実質的な立案者であり、
メンテナンス部門の不正の全容を
最も早くから把握し、
証拠を体系立てて整理していた人物として、
社内での評価はすでに固まっていたからだ。
「詞荷科くん、正式に
再建プロジェクトチームへの参加を
要請したい。実務は、
実質的に君が仕切ってくれないか」
遠藤の言葉に、美央は静かに頭を下げた。
「謹んでお受けします」
──前世で、
あの資料室で見た揉み消しの光景。
今度は、俺がその後始末をする側に立つ。
遠藤は新体制のもとで常務に昇格し、
再建チームの実質的トップとなった。
そして美央は、遠藤の信頼のもと、
経営企画室の中核ポストに就く。
桧山、窪田、宇佐見、氷室──
かつて味方に引き入れた者たちも、
それぞれ再建の実務を支える要職に
配置されていった。
穂積は美央の取り計らいで、
不正の被害者としての立場を認められ、
処分は最小限にとどまった。
玖芳子だけが、取り残されていった。
監督責任を問われ、課長職を解かれ、
閑職へと追いやられる。
かつて彼女に媚びていた
「親衛隊」たちも、潮が引くように
離れていった。
「詞荷科くん……
あんたまで、私を見捨てるの?」
閑職への辞令を受け取った玖芳子が、
廊下で美央を呼び止めた。
その声は、
かつての威圧的な響きを完全に失っていた。
美央は足を止め、玖芳子を静かに見つめる。
「副課長。
私はただ、この会社にとって
正しいことをしてきただけです」
その言葉に嘘はない。
ただ、その「正しさ」の設計図を
最初から描いていたのが誰なのか、
玖芳子はまだ気づいていなかった。
10/28 18:10 に投稿します。




