第13話【 牙を剥く忠犬 】
監査開始まで、残り五日。
美央は動いた。
夕刻、営業企画部の応接室で、
美央は遠藤と二人きりで向き合っていた。
テーブルの上には、
穂積から預かった指示書の写しと、
氷室が撮影した
隠滅工作の映像を焼いたディスク、
そして三年分の水増し記録一式。
「これは……」
遠藤の顔色が変わった。
丹念に書類をめくるその手が、
次第に震え始める。
「詞荷科くん、これを、どこで?」
「私が見た限り、
専務の的場さんの指示のもと、
組織的に行われていた不正です。
工場長の穂積さんは、
証言する用意があります」
遠藤は書類から顔を上げ、
鋭い目で美央を見た。
「なぜ、これを私に渡す。
凄樺くんの腹心である君が」
美央は一瞬の間を置き、静かに答えた。
「凄樺副課長への忠誠と、
この会社の将来を守ることは、
必ずしも一致しません。
私は──
海星堂商会という会社そのものに、
これ以上腐ってほしくないんです」
半分は本音、半分は演技。
だが遠藤の目には、
その言葉が十分に響いたようだった。
「わかった。
この証拠、預からせてもらう。
監査部にも、しかるべきルートで流す」
その翌週、社内は激震に見舞われた。
監査部の調査に加え、
遠藤が独自ルートで入手した証拠が
経営会議に提出されたのだ。
専務・的場は言い逃れができず、
会長派の中枢が一斉に動揺し始める。
「なんで、こんなことに……」
玖芳子が
美央のデスクに駆け込んできたのは、
その日の午後だった。
いつも自信に満ちていた顔が、
初めて青ざめている。
「副課長、落ち着いてください。
一体何が」
「メンテナンス部門の不正、
知ってる?
専務が失脚しそうなの。
おじいちゃん──会長も、
責任を問われるかもって、
社内で噂になってて……」
玖芳子の声は震えていた。
美央は内心、ほくそ笑みながらも、
表情には心配の色だけを浮かべる。
「副課長は直接関与されていませんし、
大丈夫ですよ。私がついています」
「詞荷科くん……
あんただけよ、こんな時に頼れるの」
玖芳子は美央の手を強く握った。
その手の熱さに、
美央は前世で味わった屈辱と、
この瞬間の優越感が入り混じるのを感じる。
──あなたが縋る相手を、
私にしておいて
正解でしたね、玖芳子さん。
本社は今、
会長派と遠藤を中心とする非会長派に
完全に二分されつつあった。
的場専務の失脚は時間の問題。
そして玖芳子自身も、
「不正の温床となった部門を
統括していた課長」として、
いずれ矢面に立たされる立場にある。
美央は
玖芳子の縋る手を優しく握り返しながら、
旧経営陣総退陣への流れが、
もはや誰にも止められないところまで
来たことを確信していた。
10/21 18:10 に投稿します。




