第12話【 切り捨てられる者 】
監査開始まであと十日。
会長派の動きは、
美央たちが予想した以上に速かった。
会長の懐刀と言われる専務・的場から、
海星堂メンテナンスの現場責任者──
氷室の直属の上司である工場長・穂積に、
内々の呼び出しがかかったのだ。
「詞荷科さん、
穂積工場長が呼ばれてました。
俺、廊下で聞いちゃったんですけど……
『すべて君の独断だったということにしろ』
って」
氷室が青ざめた顔で
美央のもとに駆け込んできたのは、
その日の夕方だった。
「トカゲの尻尾切り、か」
美央は舌打ちしたい気持ちを抑え、
静かに呟く。会長派の常套手段だ。
監査で不正が発覚した際、
経営中枢の関与を隠すため、
現場の管理職一人に全責任を負わせ、
退職金の上乗せと引き換えに沈黙させる
──前世で美央自身、
何度も目にしてきた光景だった。
「穂積工場長は、飲み込むと思いますか」
「わからない。だが、
飲まなければ家族も含めて潰される、
と脅されているはずだ。
あの人は温厚だが、気は弱い」
美央は素早く頭を回転させる。
穂積が会長派の筋書き通りに
「独断」を認めてしまえば、
組織的関与を示す証拠の価値が
大きく削がれる。
ここで穂積を守り抜くことが、
最終的な決着の質を左右する。
その夜、
美央は穂積の自宅を単身で訪ねた。
妻子と暮らす、ごく普通の一軒家だった。
「詞荷科くん……こんな時間に、何の用だ」
穂積は疲れ切った顔で美央を招き入れた。
応接間で向き合うなり、
美央は単刀直入に切り出す。
「工場長、専務から
『独断だったことにしろ』と
言われましたね」
穂積の肩がびくりと震えた。
「……どうしてそれを」
「工場長、よく考えてください。
もしあなたが一人で罪を被れば、
退職金は多少上乗せされるでしょう。
しかし刑事責任まで
一人で背負わされる可能性がある。
一方で、組織的な不正だったことが
証拠と共に明らかになれば──
工場長は
『会社の圧力に屈して
不正の証拠を隠そうとした一人の管理職』
ではなく、
『会長の指示に逆らえなかった被害者』
として扱われます」
穂積の目に、初めて光が戻った。
「詞荷科くん、君は一体……」
「私は、工場長にも、氷室くんにも、
この会社で働く人たちにも、
これ以上損をしてほしくないだけです」
美央は顔色一つ変えずにそう言った。
本音の半分は嘘ではない。
だがもう半分は、穂積という
「組織的関与を証言できる管理職」を
手駒として確保するための布石だった。
「監査が入るまで、
絶対に何も認めないでください。
もし追い詰められたら、
すぐに私に連絡を。
証拠は、こちらで全て揃っています」
穂積は震える声で頷いた。
数日後、美央は
穂積から預かった一枚のメモを手に、
桧山の書斎で証拠を最終確認していた。
専務・的場の筆跡による、
修理費水増しの指示書の写し──
穂積が数年前、
こっそり保管していたものだった。
「これで、決定的な一枚が揃いましたね」
桧山が息を呑む。
美央の集めた証拠は、もはや
現場の暴走では説明のつかない、
経営中枢からの
組織的指示を示す完璧な布陣になっていた。
「あとは、
このカードをいつ、どこに切るか」
美央の脳裏に、遠藤の顔が浮かぶ。
会長派と対立する本社営業企画部長。
この証拠を渡す相手として、
これ以上の適任はいない。
10/14 18:10 に投稿します。




