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第11話【 監査の影 】

本社監査部が海星堂メンテナンスへの

内部監査を正式決定したという情報は、

桧山の耳を通じて

三日後に美央のもとへ届いた。


「詞荷科くん、動きが早い。

来月頭から、監査部が過去三年分の

整備記録と外注費の照合に入るそうだ」


桧山の声には緊張が滲んでいた。


美央は手元のノートに

視線を落としたまま、静かに頷く。


──来た。


想定より早いが、悪いことじゃない。


「桧山さん、これは好機です。

ただし、こちらが動く前に、

向こうが

証拠を消しにかかる可能性が高い。

氷室くんの複製データは無事ですか」


「ああ、三重に分散して保管している。

俺の自宅とお前が持ってる分と、

あと一つは……」


「それでいい。

むしろ、向こうの隠滅工作

そのものを記録しておきたいんです」


美央の言葉に桧山は目を見開いた。


「隠滅工作を、記録する……?」


「監査が入ると決まれば、

必ず誰かが慌てて記録を書き換えるか、

廃棄しようとする。

その動きこそが、

不正が組織的だったことを示す

一番強い証拠になります」


案の定、監査決定の一週間後、

メンテナンス部門の倉庫で

不自然な動きがあった。


深夜、経理部の若手社員が

段ボール箱を運び出しているのを、

氷室が偶然目撃したのだ。


「詞荷科さん、あれ絶対おかしいです。

あんな時間に、しかも経理の人間が

現場の倉庫に何の用があるんですか」


氷室は興奮気味に美央に報告してきた。


美央はすぐに桧山と窪田に連絡を取り、

倉庫の防犯カメラの映像記録の保全を

手配させる。


幸い、海星堂メンテナンスの

防犯カメラは本社ではなく現場管理で、

まだ会長派の手が回っていなかった。


映像には、経理部の社員が

古い整備記録のファイルを段ボールに詰め、

裏口から運び出す様子が

はっきりと映っていた。


日付は監査決定の翌日。


「これで、決定的な一枚が揃いましたね」


窪田が

映像のコピーを美央に手渡しながら言った。


窪田はもうすっかり、

主人公の思惑を半分察しながらも

黙って従う片腕になっている。


美央はその映像データを、

氷室が集めた伝票類、

桧山が保管する

経理資料の写しと合わせて整理する。


三つが揃えば、もはや

「現場の一整備士の暴走」では

片付けられない。


組織的な隠蔽の証拠だ。


一方、本社では

玖芳子がデジタル化構想第二フェーズの

成功に浮かれていた。


「詞荷科くん、大阪支店も名古屋支店も、

システム導入後の受注効率が

二割も改善したのよ!

これで来年の役員昇格、確実じゃない?」


玖芳子は上機嫌で美央の肩を叩く。


美央は「さすが副課長のご采配です」と

微笑みながら、心の中では

冷ややかにその横顔を見つめていた。


──玖芳子さん、

あなたが浮かれているうちに、

足元の地面はもう崩れ始めている。


監査という名の刃が、静かに、

しかし確実に会長派の懐に近づいていた。


美央は

その刃が最も鋭く振り下ろされる瞬間を、

じっと見極め続けている。

10/7 18:10 に、第12話を投稿します。

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