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第10話【 本社の火種 】

デジタル化構想の第二フェーズが

動き出したのは、

パーティーから

一週間も経たない頃だった。


全国十二の営業所に

美央が設計したシステムを

段階的に導入する計画で、

玖芳子はその陣頭指揮を執る

「顔」として本社に頻繁に

呼び出されるようになった。


「詞荷科くん、また出張よ。

今度は大阪支店。

あんた、資料一式まとめといて」


玖芳子は相変わらず美央を顎で使う。

だが美央にとって、

それは望むところだった。


玖芳子が現場を離れ

本社に出入りするほど、

実務の全権は

美央の手元に集中していく。


大阪支店への出張前夜、

美央は桧山から呼び出しを受けた。


桧山の自宅の書斎、

あの金庫のある部屋だ。


「詞荷科くん。氷室くんの件だが」


桧山は珍しく神妙な顔をしていた。


「本社の監査部から、

メンテナンス部門に

内部監査が入るという噂がある。

誰かが動いた形跡がある」


美央の背筋に緊張が走る。


「私や氷室くんが疑われている、

ということですか」


「いや、そこまでではない。

だが……氷室くん本人が、

少し焦れているようでね」


桧山はため息をついた。


「先週、

氷室くんが総務部の知り合いに、

それとなく

整備記録の保管期間について

聞いて回ったらしい。目立つ動きだ」


──氷室くんが単独で動いた。まずい。


美央は前世の記憶を辿る。


証拠を握った側が焦って動いた瞬間、

揉み消しは決まって早い。


会長派が本気で防衛に入れば、

氷室のような若手整備士の証言など、

異動と圧力だけで簡単に潰される。


「桧山さん、

氷室くんと話をつけてきます」


その夜遅く、

美央は氷室のアパートを訪ねた。


狭い1DKの部屋で、

氷室はビール缶を前に俯いていた。


「詞荷科さん……すみません、

俺、我慢できなくて。

このままじゃ、

証拠があっても俺たちが先に

潰されるんじゃないかって」


「氷室くん」


美央は氷室の正面に座り、

真っ直ぐに目を見た。


「今、君が単独で動いたことは、

会長派に

『メンテナンス部門で誰かが探っている』

という情報を与えたのと同じだ。

次に監査部が入るとき、

真っ先に君の周辺が洗われる」


氷室の顔が青ざめる。


「じゃあ、俺は……」


「大丈夫。俺が引き受ける」


美央は静かに、

しかし迷いのない声で言った。


「明日から、

証拠の管理は俺と桧山さんだけで行う。

氷室くんは一切手を引いていい。

表向きは、これまで通り

真面目な整備士でいてくれ。

それが一番の防御になる」


「でも、

それじゃ詞荷科さんに危険が……」


「危険なのは元々俺の役目だ」


美央は薄く笑った。


「氷室くんは、

自分の仕事を頑張ってくれ。

それだけでいい」


氷室は震える声で

「すみません」と繰り返した。


美央はその肩を叩き、部屋を後にする。


──監査部が動くなら、

それはむしろ好都合かもしれない。


会長派が焦って証拠隠滅に走れば、

それ自体が新たな証拠になる。


夜道を歩きながら、

美央は静かに算段を立て直していた。


玖芳子の栄光が

本社を巻き込んで膨らむほど、

その裏で密かに積み上がる火薬の量も

増えていく。


あとは、それに火を点ける

最良のタイミングを見極めるだけだ。

9/30、18:10 に、第11話を投稿します。

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