元の木阿弥
サーケ・スジコ中尉は、翌朝朝食を取り、歯を磨き、軍服を着ると立ち上がった。大きなカバンを持ち、背のうを背負うと玄関に向かった。そこで靴を履くと、振りむいて、並んだ侍女達を見た。
「今までありがとう。お前達も・・・昇天してくれ。では、さようなら。」
と言って、また背を向けると出て行った。
その背に、
「行ってらっしゃいませ。」
といういつもの言葉が突き刺さると、少し心が痛かった。
「連隊長殿。ありがとうございました。本日退官いたします。」
と連隊本部連隊長室で敬礼をして別れの挨拶をした。中年の連隊長から挨拶を受ける。そして、
「3年前、君の提案を受けた時、半信半疑どころか、この若者は頭がおかしいんじゃないかと思ったよ。しかし、まあ、色々と助かったし、驚かされた。それに、時々ご馳走にもなったし、こうして別れの餞別も貰ったしね。恩に着なければならないな。名残惜しいが、これからも元気でやってくれたまえ。以上だ。」
2人は敬礼をして別れた。
門の外には馬車が待っていた。見送りはいない。部下達にはああは言ったが、少し寂しい気がした。
「若様。お荷物を。」
と馬車から降りて来た執事が声をかけた。
「ああ、ありがとう。」
と彼は荷物を渡すと開けられたドアから馬車に乗り込んだ。その時一瞬後ろを振り向いた。
「元の木阿弥になったな。」
と呟いた。
「いいか。お前達は、3年間幻覚を見ていたんだ。お前達は、この兵舎の中で、虫やネズミが駆けまわる、その糞尿、肢体が積もった部屋で寝起きをして、得体のしれないものを食べさせられてきたんだ。心身ともにお前達は汚れ切っている、腐りきっている、健康が害されている。この私が、これから知的戦略で、お前達を再生してやるからありがたく思え。いいか、前任者は詐欺師で嘘つきで、お前達を危険にさらしたことを忘れるな。あいつは、お前達の手着だ。私は、お前達を助けてやる、再生するということを絶対忘れるな。」
とノム少尉は、完全に朽ち果てていつ崩れてもおかしくない兵舎の前で訓示を行った。
「全く、何度見てもショックを受けるな。」
「つぎはどういう形になるかな?楽しみだよ。」
「そんなこと言っている場合じゃないかも。あいつの訓示聞いていたでしょう?彼に害がおよぶかもしれないわよ。」
「まあ、俺達が悪い噂がでたらうつ消してやるようにしようぜ。」
ジャが公爵家嫡子コローケイ、隣国カーツ王国からの留学生ロース第二王子、第二王女プラナ、メン侯爵家嫡男チイは、国立高等学院、士官学校でもサーケとは、腐れ縁の仲だった。彼の楽園化された部屋へ入りびたり常習犯だった。
これから優秀な軍人として将軍の地位まで駆け上がることになるノムは、小隊長だった3年間について、こねではいった無能な前任者に兵達が酷い待遇の中ですごしていたが、彼の尽力で新しい兵舎に入った時は、
「まるで御殿のようだ。」
と歓喜の涙を浮かべたこと。
前任者の仕打ちで大半の兵達の体調はひどく、彼が再生させたこと。
前任者は幻覚を見せるスキルを持っており。部たちをそれで操っていたこと。
彼との3年間で再生できた隊員たちは、彼の異動の際、何時までも直立不動で彼を見送ったことを、何度も口述筆記させて出版する彼の一代記に載せている。それ以外でも、彼はどこでも口頭で言いまくっている。そのことで処分されたことがあるが、彼はそれも不当な圧力が働いたものであると、その著作で主張していた。
ただし時には、楽園スキルの聖道具を彼に引き渡さなかったことについても厳しく非難している。それは、スジコ中尉の兵舎の楽園が事実だったということになり、彼の言動が矛盾することになるのではあるが、彼は全く気にはしていなかった。
一応ショウグンと呼ばれる端くれ迄いったものの、婚約者を捨てて結婚した水商売あがりの女とともに、不正行為で退役、大将にはなれなかった。小隊長時代の3年間でも、部隊への物資を供給する業者にかんしゅうりはるかに高い挨拶料を要求し、難色を見せると難癖をつけて出入り禁止を画策したことで問題になっていた。彼は、自分を妬む者の不当な言いがかり、罠だと主張したが、常にそのような話が付きまとう人生だった。彼の死後、出版された彼の一代記はあっという間に廃れたが、サーケ・スジコには、そのことは関係はなかった。ただ、彼の言動でサーケは振り回されることになったのであるが。




