悪い夢だと思って忘れるように
「今日ここでの最後の宴を開く。まあ、明日頭が痛くならないように、食い、呑むしてくれ。そして、明日になったら、今日までのことは全て忘れてくれ・・・まあ、悪い夢を見たと思ってくれ。くれぐれも次期体調に我がままを言って困らせないように。頼むぞ。では、皆の健康をー。」
と長身の黒髪の中尉が、少し前に昇級した、がビールのはいったジョッキをかかげると、テーブルについていた30数人の男女も、
「健康を!」
と声をだし、ジョッキをかかげた。
そしてぐいぐい呑み始めた。スーキヤアキ帝国軍第一軍団第一師団第二旅団、第二連隊、第三大隊、第三中隊、第四小隊30名と新旧小隊長他中隊長と他の小隊長達、王族、高位の貴族の子弟達である。テーブルの上には、豪華で量も多い食事が皿に山盛りと盛られ、それを最新のフォークを、スプーン、ナイフを使って皆が頬張り、冷えたビールやワインをついでまわり、少なくなった皿に新たな料理を補充する侍女達、数人が忙しく動き回っていた。
ここは、小隊の兵舎の食堂である。
「スージコ隊長。3年間ありがとうございます。」
ともうほろ酔い状態になった軍曹が、退任するスージコ中尉のテーブルの前にやってきて、涙まで流して、頭を下げた。
この兵舎は、ずいぶん古い、第二連隊で一番古い兵舎というより誰も使おうとはせず、朽ち果てるままにされていたものである。他の兵舎の修繕で予算にまわされて、取り壊し、新築ができなかったのである。一個小隊分兵舎が不足するため、士官も兵隊たちも他の兵舎に無理やり詰め込まれて不満いっぱいの状態だった。古くても使えばという声もあったが、幽霊が出るということで、実際に被害者が出て、流石に無理やり押し込むことができなかったのである。明日、念願の新築なった兵舎に皆が移り、取り壊しが始まる、通称魔の兵舎を新任のスージコ少尉、当時、が自分の小隊の兵舎として使いたいと言い出したのは3年前のことだった。
「何言ってやがるんだ、新米少尉が!」
と曹長以下全員激怒。新米少尉を袋叩きにしてやるとばかりに、詰め込まれてて、ぶうぶう言っていた兵舎から飛び出して、魔の兵舎に、既にお馬鹿な新米少尉が入居している、に向ったのである。
「その、どこかのお偉いさんの貴族のご長男の新米少尉殿は、那賀で死んでいるんじゃないか?」
「怖いよ~と飛び出して震えていたら、袋叩きにしてやりましょう。どうしたの早く前にな進みなさいよ。邪魔よ。」
と先頭の3名が突然足を止めて、立ちすくんでいるのに罵声が飛んだ。
「お、おい、たしかあそこに俺達の兵舎が、魔の兵舎があるんだよな?」
という声が返ってきた。
「何を言ってやがるんだ。早く行って、馬鹿少尉を叩きりのめすんだろう。」
「もうどきなさいよ。・・・て・・・何、あれ?」
全員が呆然として立ちすくんだ。彼らの前には、新築同然というのはとても・・・というほどの、形は確かに他の兵舎同様だが、異質なくらいに輝くような壁、窓の兵舎だった。
「な、なんだあ?俺達夢でも見ているのか?」
「悪霊に幻覚でも見せられているのか?」
「何言っているのよ?今昼よ。でも・・・。」
と口々に言って、足が止まってしまった。
「と、とにかく・・・中に入ろうぜ。」
「おお、そうだな・そのために来たんだねのな。」
「そうよ。新任の小隊長殿に挨拶しなければいけないしね。」
と自分自身に言い訳するように言って、足を動かし始めた。
「えー!」
と小隊、第四小隊の心は一つになった。中は外側以上に、まるで貴族の屋敷、邸宅のようだった。全員が呆然としていると、
「第四小隊の皆さま。ようこそ。」
と数人の侍女がいつの間にか現れ、整列して頭を下げた。
「は?」
まだ、小隊は一心同体状態だった。
その侍女達の後ろから、士官服を着た、長身でやや長く黒髪を伸ばしたやや地味だが整った顔立ちの若者が現れた。
「お前達、荷物はどうした?引っ越しの用意もしとらんのか?私は、サーケ・スージコ少尉。今日から、お前達第四小隊の指揮官となった者だ。全くしかたがない連中だ。部屋は決まっている、名札が部屋の前に名札が付いている。それを確認して、ついでに兵舎の中を見てまわってから、自分の荷物を取ってこい。今日の夜は、私の着任の宴を開いてやるから、全員引っ越しを終えて部屋にいろ!」
と叫ぶように言った。
唖然としている下士官、兵士。
「返事はどうした?」
と新任小隊長は怒鳴った。
「了解しました。」
と全員が声をそろえて叫ぶように答えた。
「よし。直ぐに取りかかれ。」
と命じると彼は背を向けて奥に消えていった。
わらわらと隊員たちは中に入っていった。
その夜、着任の宴は新隊長の自腹のはずだが、どうしてこんな贅沢な料理や酒がこんなにふんだんにあるんだ?と誰もが疑問に感じた。しかも、ビールもワインも冷えている。そんなもの飲んだこともない、というものだった。
「これから私が小隊長である間、こま兵舎ではこの生活をおくってもらう。だが、あくまでこの兵舎の中だけだ。外では今まで同様だし、私が去ったら元の通りとなる。そのことは頭に焼き付けておけ。あくまでもここでの生活は一時の夢だ、いいな。」
とスージコ新隊長は、宴の始まる前に涎をながさんばかりの状態のこれから部下になる面々に強い調子で言った、自分の着任挨拶を簡単に済ませた後に。
「あの~。あの侍女達は隊長のご実家の方達ですか?」
と副官になる男が尋ねた。
「う~ん。ここに最初からいたな。この兵舎にもともといた連中じゃないかな?多分、君達が言っていた幽霊達だと思うな。」
「は?はー!」




