第3章:新たなる旅路
あとがき:
第三章を読んでくださり、本当にありがとうございます。
今回の章は、少し短めに感じられたかもしれません。実は執筆と修正を進める中で、「もっと長く書きたい」という気持ちはあったものの、途中で少しだけアイデアが尽きかけてしまいました。
それでも、この章はかなりテンポの速い展開になったと思います。
主人公の説明だけを頼りに、傭兵たちが数分で12.7mm機関銃を扱えるようになったり、ゲーム内でお馴染みの“Soviet”系BGMを流しながら森を突破したりと、自分でも書いていて勢いを感じる場面が多かったです。
また、「Hardbass Start! の曲はどこで聴けますか?」という質問もありがとうございます。
こちらについては、今後YouTubeへ投稿する予定です。
ただ、現在はあまり制作時間を確保できていないため、公開までもう少しお待ちいただければと思います。
これからも、ミンたちの旅を楽しんでもらえたら嬉しいです。
第一部:出発
朝焼けの光が瓦礫の隙間から差し込み、ミンたちが死線を越えた一夜を過ごした廃城の灰色の石壁を淡く照らしていた。濃い霧はなお森の縁を覆い尽くし、静まり返った空間には、冷たい風の音と、遠くで彷徨う魔物たちの唸り声だけが微かに響いている。
ミンは静かにノートPCの蓋を開いた。
画面が点灯し――見慣れた『War Thunder』の戦術インターフェースが現れる。
違うのは、今やその全てが……現実になっていることだった。
武装庫 ― 稼働中
T-80BVM ― 稼働率72% | HEAT-FS 3BK18M:5発 | HE:3発 | Smoke:1発
SL:1,837,770 | SP:??? | 現在XP:2,270
ミンは「Loadout」のアイコンを選択し、解放済みの兵器へカーソルを滑らせる。
だが、使用可能なのはT-80BVMのみ。他はすべてロックされたままだった。
彼は弾薬設定を開く。
一発ごとにカーソルが触れるたび、馴染み深い“click”音が鳴り響く。
ALT + E. 再装填を確認
弾薬箱が車体脇へ置かれ、補給作業の音が鳴り始める。
ミンが「確認」を押した瞬間、外に停車した戦車から、ギィ……カン……ガチャリ、と金属音が響いた。自動装填システムが新たな弾薬を次々と装填していく。
ミンは顔を上げ、昨夜の爪痕が刻まれた城門と、所々に傷の残るstock状態のT80BVMを見つめた。
(……ここにはもう居られない。昨日、あの怪物を倒せていなければ、この一帯は名無しの死体と傭兵の骸だけになっていたはずだ……)
昨夜、彼は二人の名前を聞いていた。
女性隊長はエリラ。もう一人はダリオス。
彼らは“聖剣”と呼ばれる人物――没落した貴族の血を引き、一族と共に辺境へ流れ着いた者――を探していたらしい。
その人物が無事ヴォルダの町へ到着したという手紙を確認した後、彼らは撤退を始めた。だが道中で、数名が「特殊IV級」の怪物に精神を操られ、部隊は壊滅。
ミンに救われた二人だけが、この城に生き残っていた。
石造りの暖炉の向こうでは、エリラが砕けかけた鎧を再び身に纏い、剣帯を締め直していた。
彼女は黙ったまま、一つ一つの留め具や鎧片を確認していく。比較的無事だったクロスボウも既に弦が張られている。
氷のように冷たい灰色の瞳が、しばらくミンを見つめ――やがて何も言わず視線を逸らした。
一方、ダリオスは腰を屈め、薬草袋をまとめながら、短剣で木製の扉に素早く警告印を刻んでいた。
彼曰く、それは冒険者たちへ向けた「IV級魔物との戦闘跡地」を示す標識らしい。
「ヴォルダまでは二日ほどだ。街道を避けるなら、最低でも一晩は野営になる」
エリラは、まるで報告書を読み上げるような口調で静かに言った。
ミンはPC越しに尋ねる。
「街道は?」
「兵士と検問、それに……税だ。誰でも通れるわけじゃない」
「なら森を行く」
エリラは小さく頷いた。
「せめて雨が降らず、伏兵もいなければいいけどね。昨日の特殊IV級を倒せたのは、ほとんど幸運よ。この辺りは単独行動する者にとって“死地”だ。ヴォルダへ辿り着く方がまだ安全……」
朝の会話を終える頃には、戦車への補給も完了していた。
(……とにかく人のいる場所へ行くべきだ。今の俺は、このノートPCのチャット翻訳を通してしか言葉を理解できない。このまま一人で耐え続けても、待っているのは死だけだ……)
最後のMREを朝食代わりに片付けた後、ミンは再びT80BVMの点検へ向かった。
ウゥゥゥゥ……
ガチャン……ガチャン……
「ライトは問題なし。暗視装置は……緑色だから少し眩しいな……」
ガチャガチャ……ヒュッ……ザザッ……
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…………
「このレバー、妙に重いな。普通の兵士みたいに手動操縦もできるし、ノートPCからも制御可能とか……かなり変わってる……」
ミンは操縦席へ腰を下ろし、深く息を吐いた。
そしてシステムから一時的にエンジン停止を選択する。
待機モード ― エンジン停止中はSLを消費しません
モジュールは黄色表示、エンジンもstock仕様。
だが、それでもこの鋼鉄の塊こそ、今の彼にとって唯一の防壁だった。
新規任務を更新:
ノートPCが小さく震え、新たな通知が浮かび上がる。
メイン任務更新
ヴォルダの町へ向かえ ― 森林ルート30km
目的:言語翻訳を補助する魔術師、または魔導具を探す
報酬:XP +2,000、自動翻訳モジュール研究解放
― チャット内であらゆるI級言語を翻訳可能
ミンが痛感していたのは、人と人を繋ぐ最も重要なものが“言葉”だということだった。
この世界の言語は、英語でもロシア語でもない。彼には理解も翻訳もできない。
ほとんどの時間、頼れるのはノートPCだけ。
スマートフォンも今やただの懐中電灯同然で、その事実が余計に苛立たしかった。
――会社はどうなっただろう。
――自分は解雇されたのか。
――両親は。
――誰か、自分が消えたことに気づいているのか。
無数の疑問が頭を巡る。
だが今、彼にできる唯一の証明――
自分がまだ存在していると示す方法は。
生き延びることだけだった。
その時、不意に中庭の外から眩い光が差し込む。
ついに太陽が森の稜線を越えたのだ。
スマートフォンの時計は午前八時を示していた。
そして、二人の傭兵が戦車の前で待っている。
「出発する前に……ここで倒れた人たちへ、弔いを捧げたい。二人はどう思う?」
エリラとダリオスは無表情のまま、短く答えた。
「構わない」
三人は細い通路を抜け、狭い門を越え、その先に積み上げられた亡骸の塚へ向かった。
エリラとダリオスは、静かに野花を供える。
ミンは焼け焦げた木片を三本、地面へ突き立てた。
「俺の故郷の風習です。敬意を示すためのものです。本来の道具じゃないけど……他に方法がなくて」
二人は何も言わなかった。
だが、その意味は理解していた。
三人は静かに黙祷を捧げる。
魔獣によって奪われた命のために。
数分後。
再び城内へ戻ったミンは、T80BVMの傍らで文字を打ち込む。
「……行く時だ」
彼は腰のK59を強く握り締め、戦車のハッチを開いた。
冷たい霧の森へ、新たな旅路の最初の響きが木霊していく。
行き先も、結末も分からない――
果てなき旅が、今始まろうとしていた。
???
(やれやれ……どうやら誰かが“Leviathans”の時代超越アップデートを受け取ったようだな。次は少し弱体化させる必要がありそうだ……でなければ――)
神秘的な声が、どこからともなく響く。
それは、近づきつつある大きな変動の前触れだった……
第二部:ヴォルダへの道
乾いた爆音が轟き、早朝の冷え切った森に何度も反響する。
T-80BVMは低く車体を揺らしながら駆動系を作動させ、無限軌道が湿った地面を力強く掴んだ。土の匂いとディーゼル煙が混ざり合い、城前の小さな広場を濃密な霧のように覆っていく。
ミンは指揮席で静かに座り、ノートPCのWキーをしっかり押さえていた。
画面には簡易地形マップが表示され、ヴォルダの町へ続く森のルートが赤い点線で記されている。
その隣では、エリラが助手席へ乗り込み、剣を太腿沿いへ静かに置いていた。
ダリオスは操縦席に座り、ミンが遠隔操作しているにもかかわらず、目の前のレバー類を驚きの表情で見つめている。
「こいつ……勝手に動いてるのか?」
ダリオスは戸惑い気味に問いかけた。視線は補助モニターから離れない。
「何かの魔導器……なのかしら」
エリラは冷たい装甲へ触れながら、小さく呟く。
「……完全には違うけど」
ミンは微笑しながらキーボードを打ち込んだ。
戦車はゆっくりと動き始める。
履帯が土と岩を砕きながら進む音は、まるで巨大な機械生命体が森の奥で目覚めたかのようだった。
三人は狭い車内で肩を寄せ合い、耳元には絶え間なくエンジン音が響いている。
「気をつけて。門をぶち壊すから、ちゃんと座ってて……」
ヴゥゥゥゥゥゥ……
ドゴォン――ッ!!
バキバキッ!!
仮閉鎖されていた城門は蝶番ごと吹き飛び、片側の扉が砕け落ちる。
戦車は魔物の死骸が転がる道を一気に駆け抜け、森道へ飛び込んだ。
車両状態:T-80BVM ― 稼働率73%
SL消費:-25/分 | 現在SL:1,827,170
「なんて化け物だ……。あの頑丈な城門を一撃で吹き飛ばすなんて……なあ、隊長」
「別に驚くほどじゃないわ。帝国にはもっと強力な兵器があるって聞いたことがあるもの。ただ――あちらは魔法を使う兵器で、この鉄の塊とは違うけれど」
車体が安定すると、ミンは指揮官ハッチを少し開けた。
冷たい風が車内へ流れ込み、その感触だけで僅かに気分が軽くなる。
傷を負っているにもかかわらず、エリラは背筋を伸ばしたまま座り、時折慎重に前方やハッチ周辺を確認していた。
一方のダリオスは、後部の電装箱へ興味津々に手を伸ばし――
バチッ。
「うおっ!?」
軽く感電して手を引っ込める。
ミンが慌てて彼の手を払いのけると、三人は思わず小さく笑い合った。
まだ十分も経っていない旅路だったが、密閉された空間の中で、互いの間にあった見えない壁は少しずつ薄れていく。
前方約8kmの道は長い直線だった。Eキーを設定しておけば、戦車は自動で走行してくれる。
その間、エリラとダリオスはミンへ話しかけ始めた。
ミンは道を確認しながら、キーボードで短く返答していく。
「改めて名乗るわ。私はエリラ・カエル」
「かつては西レンツ地方の騎士だった。でも三年前に爵位も任も剥奪された」
低く落ち着いた声だった。
だがそこに後悔の色はない。
「俺はダリオス。狩人……いや、“生き残り”って言った方が正しいかもな」
彼は苦笑しながら、包帯の巻かれた腹を押さえた。
「俺はミン」
彼は少し迷いながら打ち込む。
「ただの……インターンの会社員です」
二人は同時に振り返り、少し驚いた表情を浮かべた。
「いんたーん……って何?」
エリラが率直に尋ねる。
「事務仕事です。机の前で一日中、画面を見て働くような……」
「ああ、ギルドの受付係みたいな仕事かしら」
エリラは小さく頷き、かすかな笑みを浮かべた。
大きな笑い声はない。
だが、その短い沈黙は確かに空気を柔らかくしていた。
重低音のエンジン音の中、会話は各地の領域や魔物の群れ、そしてダリオスが知る生存術へと移っていく。
ミンは断片的に聞き取りながら、自分たちが進んでいる地域と、これから向かうヴォルダについて大まかな情報を理解していった。
走行距離が3kmを超えた頃。
ミンはノートPCでショートカットキーを押す。
Ctrl + R ― onboard Radio 起動
一覧画面が表示される。
その中には「Radio Music」の選択肢もあった。
(……何を流そうかな。長距離運転には音楽も必要だろ)
彼が選択したのは――
Red-Starred Avengers – Soviet March ver. (War Thunder 2020)
次の瞬間、車内スピーカーから重厚な音楽が流れ始めた。
打楽器の響き。力強い行進曲のリズム。
戦場へ進軍するような圧倒的高揚感。
車内の空気が、一瞬で変わる。
エリラは窓越しに森を眺めていた。
樹木の隙間から差し込む淡い赤光が、彼女の灰色の瞳へ映り込む。
彼女は何も言わず、ただ静かに剣の柄を握り締めた。
ダリオスは小さくリズムを刻みながら、どこか遠くを見るような目をしている。
「……何だ、この音を奏でる魔導器は」
「お前の世界の音楽か?」
ミンは頷き、短く打ち込む。
「戦いを始める時、いつも流してた曲です」
「……戦場へ向かうための歌、か」
エリラの声は、深い森を吹き抜ける風のように静かだった。
打ち鳴らされるリズムが、まるで前へ進めと急き立てる。
T-80BVMはなおもヴォルダへ向けて進み続ける。
太古の森を切り裂きながら――
三人の人間と、三つの物語を乗せて。
その運命は、少しずつ交わり始めていた。
第三部:深き森での遭遇
車内にはなお、《Red-Starred Avengers》の重厚な旋律が響いていた。
ミンは画面へ集中していた。
長く続いた8kmの直線区間も、もうすぐ終わる――そう思った瞬間。
ノートPCの画面が突然激しく点滅する。
外部センサーが、高速で接近する飛行物体を捕捉したのだ。
ミニマップ上には、深い森の奥から迫ってくる無数の赤点が浮かび上がる。
WARNING:AIR ― 方位40° | 距離350m
ミンは目を細め、反射的に減速しながらCキーでカメラを旋回させた。
直後――
遠くの木々の向こうから、耳障りな羽音が響き始める。
ブゥゥゥゥゥゥ……
密集した羽ばたき。
凶暴で、怒りに満ちた低音。
現れたのは、“II級魔物”――《鉄甲黄金蜂》。
全長は一メートル近く。
身体は棘のような硬毛に覆われ、激しく震える翅が空気そのものを痺れさせるような低音を生み出している。
尾部には鋭く輝く毒針。
肉体など容易く貫通する毒射機構を備えていた。
――II級魔物、《鉄甲黄金蜂》。
「くそっ……!」
ミンは低く吐き捨て、加速キーを押し込む。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥ――!!
ガスタービンエンジンが咆哮を上げた。
出力全開。
戦車は急加速し、履帯が地面の全てを踏み砕きながら突き進む。
速度:47km/h ― SL消費:-90/分
「奴ら、接近してるぞ!」
ダリオスが叫び、慌てて操縦席ハッチを閉じた。
一方、エリラは砲手席上部の小ハッチを勢いよく開放する。
外では蜂の群れが既に100m圏内へ侵入していた。
編隊を組みながら、一直線に突撃してくる。
数匹が毒針を射出する。
ヒュッ――!!
ガンッ!
キィンッ!!
鋼鉄装甲へ毒針が弾かれ、火花が散った。
「クロスボウじゃ効かない……! 奴らの装甲、普通の矢じゃ抜けないわ!」
ミンは表示された文字を見つめ、歯噛みする。
現在速度は高速域。
主砲は旋回角と俯仰角に制限がかかり、使用不能。
副武装も指揮席からは操作できない。
彼は急いで文字を打ち込んだ。
「エリラ! 撃ってみるか!?」
「何を!? クロスボウは通じないって――」
「違う! 指揮席の“銃”だ! 今は操縦で手が離せない!」
「……本気で言ってるの?」
エリラの瞳に冷たい光が宿る。
「席を代わってくれ! 君が指揮席へ、俺は砲手席へ行く! ハッチを開ければ上に武器がある!」
二人は素早く位置を交換する。
布に覆われていた奇妙な武器が露わになった。
エリラが初めて目にするそれは――
12.7mm《NSVT》重機関銃だった。
「機関銃だ! そこを掴め! このレバーを引いて装填! 左側の照準から狙え!」
「……こうか?」
ガシャッ――!!
「そうだ! 奴らを狙って……引き金を引け!!」
タタタタタタタタタタッ!!!
狂ったような銃声が森へ轟く。
12.7mm弾が豪雨の如く空を切り裂いた。
12.7mm弾:125発
発射速度:700発/分
副武装モード起動
一匹の蜂が直撃を受け、空中で粉砕される。
緑色の体液が飛び散り、硬質な外殻が砕け散った。
だが――
残りの群れはなお突撃を止めない。
「右だ! まだ来る!!」
ダリオスが叫ぶ。
さらに別の群れが側面から接近していた。
エリラは身体を捻りながら照準を合わせる。
額には汗が滲み、瞳は獲物を逃さない。
かつて騎士として敵を屠っていた時のように、呼吸を止め、一射ごとに確実に引き金を絞る。
その時――
ヒュッ!!
一匹の蜂が毒針を放った。
ガンッ!!
針は車体へ突き刺さり、エリラの頬すれすれを掠める。
「……危ないわねッ!」
彼女は低く舌打ちした。
その瞬間、戦車が激しく揺れる。
前方は緩やかな下り坂。
さらに先には、ぬかるんだ危険な急カーブが待っていた。
ミンは必死に操縦を維持しながらマップへ視線を走らせる。
「掴まれ!!」
「何をする気だ!?」
「曲がらなきゃ道から吹っ飛ぶ!!」
ミンはキー操作へ手を伸ばす。
残り――五秒。
蜂の群れは散開し、追撃していた個体の大半は撃破済み。
しかし戦車そのものが、今まさに危険域へ突入しようとしていた。
心臓の鼓動が止まったような静寂。
そして鋼鉄の怪物は、濡れた森道へ突っ込んでいく――。
第四部:分岐点
重機関銃の咆哮は、なおも止まらなかった。
深い森の中へ雷鳴のように響き渡り、灼熱の12.7mm薬莢が次々と機銃座から弾き出され、鋼鉄製の車体上へ甲高い音を立てて転がっていく。
エリラは息を殺し、銃把を強く握り締めていた。
瞬き一つせず、照準の先にいる獲物を追い続ける。
一方、ミンの唇は乾き切り、視線はノートPCへ張り付いていた。
ミニマップ上で、前方の急カーブが徐々に近づいてくる。
「しっかり掴まれッ!!」
彼は叫ぶと同時に、S+Aキーを強く叩き込んだ。
緊急制動――そして左旋回。
ギャァァァァァァッ!!
履帯が耳を裂くような金属音を上げる。
車体が大きく傾き――
ドゴォン!!
完璧な“タンクドリフト”。
泥と土砂が滝のように巻き上がり、車体はほとんど横滑りするように地面を抉った。
その真正面にあったのは――
底の見えない深い谷。
眼下では激流が白く泡立ち、まるで巨大な獣の口のように唸っている。
「お、おい……マジかよ……!」
ダリオスが顔を引き攣らせながら叫ぶ。
彼は手すりを死ぬほどの力で握り締めていた。
エリラも危うく座席から投げ出されそうになる。
だが生存本能だけで身体を支え、機関銃へしがみついた。
肩が小刻みに震え、呼吸は荒い。
減速できなかった数匹の蜂は、そのまま谷底へ吸い込まれていった。
轟音と共に流れへ呑まれていく。
――言葉すら通じない者同士が共に戦った、短くも激しい戦闘。
その終わりだった。
再びエンジンが咆哮する。
履帯が地面を噛み締め、戦車は正しい方向へ復帰した。
崖沿いの細い道が、再び彼らをヴォルダへの進路へ導いていく。
赤熱した金属音を響かせながら、鋼鉄の巨獣は三人を乗せて走り続けた。
だが――
一群れが死ねば、二群れ目が来る。
三群れ目も。
まだ大して進んでいないにもかかわらず、再び羽音が聞こえ始めた。
ブゥゥゥゥゥゥ……
また別の蜂の群れが、獲物の存在を察知して近づいてくる。
「まずい……また来た!」
「武器が……撃てないッ!!」
エリラが叫ぶ。
「弾切れか……? いや違う、蜂の毒針を受けて銃身が壊れてる! とにかくここを抜けるぞ!!」
ミンは計器パネルへ素早く目を走らせた。
機関銃は損傷。
さらに弾薬もほぼ尽きている。
このままでは距離を保てない。
前方には――三叉路。
どの道も深い森に覆われ、古い轍は時間に消されていた。
先程の戦闘の血臭が、なお風に残っている。
「生き残れる道は一つだけよ」
エリラは歯を食いしばりながら言った。
「……どうして分かる?」
ミンがスライド窓越しに尋ねる。
「昨日の怪物……あいつは私たちの進路を知っていた」
彼女の瞳が険しく細められる。
「あれは、私たちを罠へ追い込んでいたのよ」
「蜂どもは前座だ……この先には――」
ダリオスは途中で言葉を飲み込む。
その続きを、口にすることすら恐れていた。
ミンは一瞬だけ動きを止めた。
そして静かに、Radio onboardの操作画面を開く。
Enter ― Music List Open
彼はリストの中から、一曲を選択した。
Hardbass Start!
― War Thunderファン制作楽曲
ロシア系ハードベース特有の重低音が車内へ炸裂する。
ドン、ドン、ドン――!!
狂気じみたビート。
戦場へ突っ込むには、これ以上なく相応しい音だった。
「なら――突っ切るしかないな」
エリラの震えが止まる。
ダリオスも静かに頷いた。
「……行こう」
「進路選択:北ルート――川沿い、森林密度低下」
ミンは自動加速を最大出力へ設定する。
T-80BVMが咆哮した。
泥を爆発のように撒き散らしながら、戦車は北ルートへ突入する。
その背後では――
追撃していた蜂の群れが、突如発生した不可視の“磁場”のような壁に阻まれていた。
ギィィィィィィィ――!!
群れは狂ったように羽ばたき、空間へ激突しながら吠え続ける。
だが、もう追っては来られない。
鋼鉄の怪物は、その咆哮だけを置き去りにして――
さらに深い森の奥へと消えていった。
第五部:勝利は俺たちのもの
深い森を突き抜けるように、戦車は疾走していた。
進むにつれて道幅は徐々に広がっていく。
それはつまり――彼らが再び生き延びたという証だった。
《Hardbass Start!》の重低音が、鋼鉄の装甲を震わせながら車内へ響き渡る。
エンジンの咆哮と混ざり合い、それはまるで「生還」を宣言する戦歌のようだった。
まさに、無茶を笑い飛ばすロシア兵じみた生存本能。
激しく刻まれるベース音。
鳴り響く旋律は、異世界へ流れ着いた一人の青年と、見知らぬ仲間たちが、異質な戦車の上でなお前進し続ける足音そのものだった。
T-80BVMは既に密林地帯を抜けていた。
細い獣道の先には、比較的開けた平地が広がっている。
泥濘に深い履帯痕を残しながらも、戦車はなお安定して進み続けていた。
まるで――決して屈しない鋼鉄の獣。
車両状態:稼働率68%
残弾:HE 3発 | HEAT 5発 | Smoke 1発
NSVT機関銃:損傷 ― 修理必要
薄い灰雲を通した夕陽が、柔らかな黄金色となって大地へ降り注ぐ。
道沿いの雑草を淡く照らし、その先――
砲手席のモニター越しに、低い屋根の建築群が見え始めた。
「村だ……!」
ダリオスが目を見開く。
「ヴォルダに着いたぞ……!」
「こんなに早く?」
エリラも驚きを隠せない。
「俺たち、軍馬の三倍近い速度で走ってたからな」
ミンは小さく笑いながら答えた。
ミニマップには既に《ヴォルダ》の区域が表示されている。
残り距離は、2kmにも満たない。
やがて遠方から、ヴォルダの町がはっきりと姿を現した。
木製の防壁。
街道を見下ろす監視塔。
風に翻る、色褪せた旗。
――彼らは、ついに辿り着いたのだ。
戦車は徐々に減速する。
放棄された見張り所を通過した時、塔の上に人影が見えた。
ミンは慎重に速度を落とし、正門近くの空き地で戦車を完全停止させる。
エンジンが止まった。
残るのは風の音だけ。
そして、最後まで流れていた音楽が静かに消えていく。
まるで戦いの終焉を告げる鐘のように。
ミンはノートPCを開く。
画面には戦闘結果が表示されていた。
深森行軍 ― COMPLETE
SL消費:-3,800
XP獲得:+1,260
Booster発動:+15%
合計獲得XP:1,449
言語翻訳モジュール研究進行率:12%
新規任務提案:
魔法院所属の魔術師と接触、または通訳商人へ接近せよ
(……何だこれ)
ミンの眉が僅かに歪む。
(ゲームシステムがおかしくなってる……。報酬計算もBoosterも自動発動……SP表示もバグってる。こんなの普通じゃない……)
草原で一息つきながら、二人の傭兵は戦車へ背を預けていた。
赤く染まる夕暮れ。
その光の中で、彼らはようやく実感していた。
自分たちは――
傭兵人生でも最悪級の死地を、生き延びたのだと。
ミンはノートPCを抱えたまま、文字を打ち込む。
すると簡易翻訳システムを通じ、無機質な電子音声が響いた。
「町に入ったら、翻訳を補助する道具を探したい。魔道具かもしれないし、魔法そのものかもしれない」
エリラは頷く。
「中央広場に魔法院の支部があるわ。それか商人ギルドね。あそこなら情報も物資も揃ってるし、翻訳系の魔術師とも繋がりがあるはず」
彼女はミンのノートPCを見ながら続けた。
「それが完成すれば、住民とも私たちとも、もっと自然に会話できるようになるでしょう。もうその奇妙な“石板”に頼らなくて済むわ」
ダリオスは苦笑した。
「少なくとも、お前は俺たちを助けてくれた。礼くらいはさせろよ」
「……ありがとう。助かるよ」
ミンも小さく口元を緩めながら打ち込む。
三人はそのまま、赤く燃える夕陽の中へ座り込んでいた。
背後ではT-80BVMが静かに佇んでいる。
幾度も死神が掠めていったにもかかわらず、なお大きな損傷一つない鋼鉄の守護者。
だが――
この“怪物”を、どうやって町の中へ運び込むのか。
それはまた、別の意味で難題だった。
総合ステータス:
武装庫 ― 稼働中
T-80BVM ― 稼働率68% | HEAT-FS 3BK18M:5発 | HE:3発 | Smoke:1発
SL:1,820,770 | SP:??? | 現在XP:2,270
第三章 完
――生き延びるための旅。
そして、新たな始まり。
あとがき:
深い森を抜け、エドヘンへ辿り着いた主人公を待っているのは、新たな試練――「会話」です。
彼はこの世界の言葉を話すことができず、文字によるやり取りも満足に行えません。
他人へ意思を伝える方法は、翻訳用の端末へ文字を打ち込み、それを相手に見せることだけ。
戦う力があっても、“言葉”が通じない。
異世界で生きるうえで最も根本的な壁へ、彼はこれから直面していくことになります。
そして今後、この世界には“ゲームの開発者”を名乗る謎の存在も現れます。
その人物は、異世界に適応するようゲームシステムそのものを書き換え、世界の構造さえ変えていくことになるでしょう。
次回更新は、来週の火曜日の夕方を予定しています。
ただし、時差の関係などで多少遅れる可能性がありますので、その点はご了承ください。
最後になりますが、このような拙いアマチュア作品に興味を持ち、読んでくださって本当にありがとうございます。




