第2章:最初の夜
前書き
『鋼血 ― War Thunder 異世界戦記 ―』第2章を読んでいただき、ありがとうございます。
今後は、できる限り毎週火曜日の夕方に新しい章を投稿していく予定です。
ただ、時差の関係もあるため、私が投稿する時間帯では夕方でも、皆さんの環境では夜頃に更新されるかもしれません。
もともとは火曜日に二章まとめて投稿する予定でしたが、仕事の都合により、第2章の公開が翌日にずれ込んでしまいました。
今回の章では主に、
・生存
・戦闘
・協力
この三つを中心に描いています。
また、作中のステータス画面やリザルト表示については、今後できるだけシンプルで見やすい形へ調整していく予定です。
なお、車両の性能データや装備情報などは、「War Thunder Wiki」の内容を参考にしています。
それと、Opening 1 の楽曲についてですが――
『BATTLE START!』は、YouTube上では見つからない、あるいはかなり探しにくいと思います。
この楽曲は、あくまで一人の素人による個人的な創作プロジェクトとして制作されたものだからです。
それでも、もし興味を持っていただけたなら……
ぜひ一度、聴いてみてもらえたら嬉しいです。
第1部:掃除
夜の闇は、古城一帯を完全に飲み込んでいた。
血の臭い。乾ききった死体。湿った空気。
ミンにとって、この城の探索や片付けは一旦後回しにするしかなかった。
少なくとも今夜は、戦車の中にいれば安全だろう。
もっとも――
油の臭いと鬱陶しい虫のせいで、快適とは程遠かったが。
一方その頃、あの傭兵たちも街道近くで簡易キャンプを張っていた。
揺れる焚き火。
見知らぬ辺境での任務。
隊の中年男が、残っていた干し肉と猪肉を使い、簡素なパンを焼いている。
数人は見張りに立ち、残りは焚き火を囲みながら、小声で雑談を交わしていた。
湿った森の匂いの中、炎だけがゆらゆらと揺れている。
「なあ、お前ら知ってるか? 昔読んだ幻想叙事詩に、“魔法を使えない代わりに鉄の機械を操る人間”が出てきたんだよ。そいつらは《センライ》って呼ばれてて、鋼鉄の兵器を召喚できるらしい」
若い傭兵の一人が、得意げに語り始める。
「ははっ、本当にそんな奴がいるのかよ? 巨大な鉄亀だろうが、石のゴーレムだろうが、結局は魔法で潰されて終わりだろ」
別の男が笑いながら答えた。
「だよなぁ。そもそも魔法と魔力こそ、この世界の根幹だ。……とはいえ、“魔法のない世界”ってのが本当に存在するのか、疑ってる学者もいるらしいぜ」
「まあいい。今回の依頼が終わったら、町で女でも探して遊ぶさ。あっははは!」
下品な笑い声が焚き火の周囲に広がる。
その少し離れた簡易テントの中では、数人が白髪の女隊長と地図を囲みながら帰還ルートを確認していた。
「……ですが隊長。本当にあの男を放置して大丈夫なんですか?」
魔法剣士の一人が尋ねる。
女隊長――エリラは、険しい表情のまま地図を見つめていた。
「私たちの問題じゃない。生き残る方が重要よ」
彼女はそう言いながら、危険区域に印を付ける。
「最近、ギルドでもこの周辺に“第四級”の魔物が現れたという報告があった。町へ戻れなければ、全滅もあり得る」
別の男が低い声で続ける。
「第二級や第三級ですら厄介なのに……第四級は別格だ。魔法装甲に、人間並みの知能まで持ってる。あんな古城で生存者探しなんて、割に合わねぇ」
だが、その言葉をエリラが遮った。
「少なくとも、あの男はまだ生きている。なら十分よ」
「ただ問題は、次の町へ向かうには国境地帯を抜け、この森を横断しなければならないこと。今は戻って、魔法斥候が安全な道を見つけるのを待つべきね」
その時だった。
焚き火の外――
森の暗闇の奥で。
獣のような角を持つ“山羊の頭”が、じっとこちらを見つめていた。
血走った瞳。
獰猛な殺意。
しかし、見張りの誰一人として、その視線に気付いてはいなかった。
やがて訪れる“悪夢”の始まりを――。
◇ ◇ ◇
翌朝。
朝日が崩れた城壁の隙間から差し込み、石床に積もった埃を照らしていた。
門の外には、まだ腐敗しきっていない死体。
乾いた血と泥の臭いが混ざり合い、ミンの胃を刺激する。
ここへ来てから、二度目の朝だった。
ミンは戦車の操縦席で目を覚ます。
喉は乾き、目は酷く痛んでいた。
眠れない夜。
あの怪物たちの姿が、脳裏から離れない。
彼はため息をつきながらMREを開封し、無理やり胃へ流し込む。
(怪物は倒した……。でも、記憶は消えない)
ミンはノートPCを開き、車両ステータスを呼び出した。
T-80BVM ― 現在状態
主砲弾数:125mm HEAT-FS 3BK18M ×12
副武装:12.7mm NSVT ×210 | 7.62mm PKT ×980
制御システム:正常
エンジン状態:89%
SL:1,831,470 | SP:780 | 未使用XP:1,280
ミンは深く息を吐いた。
「まるで高難易度ダンジョンを生き延びた気分だな……。しかもまだボス戦ですらない」
それでも、やるべきことはある。
まずは、この城を“仮拠点”として整理することだ。
戦車の履帯に潰された人間と魔物の死体を見ながら、ミンはわずかに顔をしかめた。
ゴト……ゴト……
静かな空間に鈍い音が響く。
彼はCtrl+T操作で前方ブレードを動かし、門前に積み上がった怪物の死骸を押し退けていく。
だが――
死体のいくつかは、まだ微かに動いていた。
蘇生魔法ではない。
風か、それとも死後硬直による神経反射。
それでもミンは何度も肩を震わせる。
「くそっ……ホラーゲームの死体演出みたいだ……」
周囲を見渡す。
人の気配はない。
傭兵たちが去った後に残ったのは、壁にこびりついた黒い血痕と、爪痕だけだった。
だが奇妙なことに――
正面ホールには人間の死体が一つも見当たらない。
ミンはハッチを開け、石造りの大広間を見上げる。
古びてはいるが、どこか格式のある造りだった。
視線の先には、倒れたままの紋章旗。
色褪せた貴族の紋章。
「……ここには、領主が住んでいたのか?」
城自体は大きい。
しかし豪華ではない。
むしろ、急造されたような印象さえある。
戦乱から逃げてきた没落貴族か。
あるいは辺境へ追いやられた弱小家門か。
今となっては、すべて瓦礫でしかない。
その時だった。
ノートPCのミニマップに、赤い点が点滅する。
Attention to the map!
ミンは即座にカメラを切り替え、マウスへ手を置いた。
城門の隅。
そこに、一匹の生物が倒れていた。
黒い体。
潰れた後ろ脚。
《第一級魔物 ― 低脅威》
まだ死んでいない。
赤く濁った瞳を向けながら、這うように戦車へ近づいてくる。
「……っ」
ミンは歯を食いしばった。
12.7mmで撃つべきか?
だが、ゲーム経験が警告していた。
“中途半端な火力”は、時に最悪の事態を招く。
125mm HEAT-FS 3BK18M ― 装填済み
迷う時間はなかった。
ミンはマウスをクリックする。
轟音。
砲撃。
怪物の頭部が熟れた果実のように吹き飛ぶ。
肉片が飛び散り、身体は完全に裂断された。
そしてその瞬間――
風が耳元を掠める。
知らない男の声が、微かに囁いた。
「……ありがとう」
+60 XP | +40 SL
ミンは椅子にもたれ込み、焼け焦げた画面を見つめた。
125mm HEAT-FS 装填。残弾11。
「しぶとすぎるだろ、こいつら……。また砲弾を無駄にした」
「……でも、高位種が出るよりはマシか」
彼はミニマップを閉じ、戦車を停止状態にする。
そしてK59を握り、慎重に外へ降りた。
散乱した瓦礫。
乾いた血。
ミンはゆっくりと館の内部へ向かう。
MREも残り少ない。
もし可能なら、食料になるものを探したかった。
拳銃を握る手が微かに震える。
ミンは小さく息を吐いた。
「……少なくとも、今日は晴れてるな」
第2部:異変
T-80BVMの履帯が、領主の城の中庭に敷かれた灰色の石畳を低く軋ませた。
ミンは大広間の脇にある死角へ車体を後退させ、エンジンを停止する。砲塔はゆっくりと下がり、まるでようやく休息を許された鋼鉄の獣の首のようだった。
「へぇ……亡命した領主の住処にしては、ずいぶん豪華なんだな……」
周囲を探索してみると、そこはただの古城ではなかった。地球で言えば高級邸宅に近い。給水設備があり、食堂もある。さらにはパン用と思われる挽き済みの小麦粉まで残されていた。
だが、生き物の気配はない。
先ほど撃破した魔物以外、この城は静まり返っていた。
この広い空間にいるのは、自分ひとりだけだった。
身体を軽く洗い、慣れない手つきでパン作りにも挑戦したが、当然のように失敗。結局ミンは残っていたMREを口にしながら、ノートPCとスマートフォンでこの異世界について調べようと試みた。
しかし、どちらの端末もゲーム画面から抜け出せない。
「ログアウトできないとか……ほんとGaijinらしい仕様だな……」
皮肉混じりに呟きながら、ミンはベッドへ倒れ込んだ。
名も知らぬ領主が使っていたのであろう寝台。
今頃その主は、外の死体の山のどこかに混ざっているのかもしれない。
せめて今夜くらいは、何事も起こらなければいい――。
だが、それは甘い願いだった。
この世界へ来てから最初の、本当の悪夢が始まろうとしていた。
魔法耐性と魔力装甲を持つ“ランクIV”の怪物。
それが今、一団を追い詰めている。
しかもその相手は――昨日別れたばかりの傭兵団だった。
『Attention to the map!』
『Attention to the map!』
警告音が車内に鳴り響き、ミンは飛び起きた。
モニターには赤い警告表示。
さらに、ミニマップ上には赤と青の点が点滅している。
接近反応確認
数:8体
距離:900m
方角:西南西
ミンは疲労の残る目を擦りながらも、反射的に操縦桿を握り締める。
昼間だというのに、胸の圧迫感は消えなかった。
「またかよ……まだ休んでもいないのに……」
彼は急いでシステムを再起動する。
主砲を起動し、レーダーを展開。
車内に馴染み始めた機械音が響いた。
――キィィ……ガコン……カチン。
125mm HEAT-FS 3BK18M弾が自動装填装置によって砲室へ送り込まれる。
熱を帯びた金属と油の匂いが密閉空間に満ちた。
「……城門へ出る」
T-80BVMは再び低い唸り声を上げ、城門前へと移動した。
ミンは照準器越しに外を見る。
暗視装置越しの世界は青緑色に滲み、木々の隙間から八つの人影が現れる。
霧と土煙に包まれたその姿を見た瞬間、ミンの掌に汗が滲んだ。
「人間……なのか?」
彼は素早くShiftキーを押し、照準モードへ移行。
同時にノートPCの翻訳システムを起動する。
スピーカー起動
音声翻訳モード:ON
戦車のライトが遠方の集団を照らした瞬間――。
向こうの隊列が一斉に停止した。
ギリ、と弩弓を引き絞る音が聞こえる。
ミンは小さく肩を震わせながら、急いで文字を打ち込んだ。
僕は敵じゃない。
味方だ。
機械的な音声が、この世界の言葉へと変換される。
まるで本当に魔法でも使っているかのように、その声は相手へ届いた。
すると――。
聞き覚えのある女性の声が返ってくる。
「鉄の魔獣を操る異邦人……お前か」
表示された翻訳文を見て、ミンは目を見開いた。
昨日出会った傭兵団の女隊長だった。
だが、昨日は三十人以上いたはずの集団が、今は青点八つしかない。
さらに、その背後には十以上の赤点が迫っている。
状況は最悪だった。
しかも――。
T-80BVMの弾薬は、まだ十分に補充されていない。
その時。
新規任務発生
『古城防衛戦』
報酬:弾薬25%補充
10000 Silver Lions
「……デイリータスクかよ。なんで今さら出るんだよ……!」
直後。
「ああああああっ!!」
一人、また一人と倒れていく。
クロスボウの矢はランクIIの魔物へ命中するが、致命傷にはならない。
負傷した怪物はさらに凶暴化し、速度を増していた。
女隊長は傷ついた仲間を背負いながら馬を走らせている。
鎧は裂け、全身は血塗れ。
黒い血と赤い血が混ざり合い、その顔には極限の疲労が刻まれていた。
彼女は息を切らしながら、チャット欄へ短い言葉を打ち込む。
待ち伏せされた……
後ろにいる……。
そして――。
画面の中央に、新たな情報ウィンドウが表示された。
ランクII:9体
ランクIII:2体
ランクIV:1体 ― 特殊個体
その中でも、ランクIVの怪物は異様だった。
全高は三メートル近く。
岩を削り出したような筋肉に覆われた肉体。背中には黒い棘が並び、赤く燃えるような瞳が闇の中で揺れている。
ミンは息を呑んだ。
残弾は限られている。
この化け物を倒すには、残った砲弾をほぼ使い切るしかないかもしれない。
「ここを突破させるわけにはいかない……。こんな異世界で、意味もなく死んでたまるかよ……!」
歯を食いしばりながら、ミンは照準を維持する。
距離は約800メートル。
傭兵たちのさらに後方、約900メートル地点に怪物群が迫っていた。
だが敵は常に移動している。距離測定は難しい。
車内でミンはゆっくりと照準を合わせ、目標が800mラインへ重なった瞬間――マウスを叩いた。
――――ッ!!
125mm HEAT-FS弾が轟音と共に発射される。
砲弾は空気を裂き、魔物の群れの中心で炸裂した。
HEAT-FSはStock弾とはいえ、小型HE並みの爆発力を持つ。
だが本当に恐ろしいのは、その成形炸薬の貫通流だった。
超高温の金属ジェットが一直線に複数の魔物を貫き、装甲など存在しない肉体を焼き裂いていく。
「ギャァァァァァ――ッ!!」
肉片が宙を舞う。
絶叫。炎。焼けた葉の臭い。
3 targets destroyed
+120 SL
+180 XP
「……っ、三体!?」
幸運だった。
一発目でランクIIを三体まとめて吹き飛ばした。
高揚感が脳を焼く。
ミンはすぐ次弾を装填。
――キィ……ガコン……カチン。
そして再び発砲。
――――ッ!!
今度はランクIIIを一体、さらにランクIIを一体撃破。
敵を倒す感覚。
XP表示。
撃破通知。
ゲームと現実が混ざり合い、ミンの思考を侵食していく。
だが――。
距離が縮まっていた。
先ほど五人いた傭兵は、今や女隊長と、彼女が背負う負傷者、そして後方の一人だけ。
そしてランクIVの怪物だけは、なおも1000m以上後方で立ち止まっている。
「……何か、おかしい」
その瞬間だった。
「グルァァァァッ!!」
「っ!? 気をつけろ!!」
「なっ――マジかよ!?」
突然。
視界100m以内へ、ランクIIIに率いられたランクIIの魔物群が現れた。
まるで転移したかのように。
ミンの全身が凍り付く。
だが反応は早かった。
タタタタタタタタッ!!
12.7mm NSVT重機関銃が火を吹く。
同時に7.62mm同軸機銃、さらに125mm主砲まで一斉射撃。
至近距離で撃ち込まれた弾丸が、怪物たちの肉体を蜂の巣に変えていく。
ランクIIの狼型魔物は次々と崩れ落ちた。
しかし――。
一体のランクIIIだけが、全身を血塗れにしながらも戦車へ這い寄ってくる。
しかも。
12.7mm ammo depleted
Reloading…
重機関銃の弾帯が尽きた。
だが幸運だった。
ゲーム仕様はまだ残っている。
現実のように車外へ出て弾帯交換する必要はない。
再装填時間は約12秒。
十分だ。
――ザザッ……ギギギ……
怪物の爪がERA装甲を引っ掻く。
だが既に瀕死だったため、装甲は軽く傷付いただけだった。
モジュール表示が黄色く点滅する。
昨日の自分ならパニックになっていた。
だが今は違う。
「125mm残り9発……12.7mmはあと二箱……」
ミンは状況を冷静に数えていた。
――ガシャァァッ!!
――タタタタタッ!!
再装填を終えたNSVTが再び火を吹く。
ついにランクIIIも倒れ伏した。
Ammo box hit
「うわ……ちゃんと“弾薬庫命中”まで出るのかよ……」
その時だった。
城門目前まで辿り着いていた三人の傭兵が、突然馬から落下した。
馬たちは何かに怯えたように暴走し、逆方向へ走り去る。
その先。
ランクIVの怪物が近づいてくる。
その周囲には、黒い触手のような闇が蠢いていた。
そして地面には――。
昨日の傭兵団の死体。
ほぼ全員。
残っているのは、女隊長ともう一人だけ。
「ケケケケケ……」
「……いや、今それ笑ってる場合じゃないだろ。もうボス戦かよ……!」
ランクIVの怪物が前へ出る。
どうやら既に理解している。
ミンが“どうやって”この鉄の魔獣を動かしているのかを。
だから恐れず接近してくる。
気をつけろ!
あいつには魔法装甲がある!
翻訳文が画面へ表示される。
「魔法装甲……!?」
ミンは主砲を撃つ。
――――ッ!!
直撃。
怪物の身体が僅かによろめく。
だが――死なない。
Yes, a hit
Hit: Shoulder Bone
No critical damage
「うそだろ……!?」
ミンは唖然とした。
機関銃では意味がない。
今の自分の最大火力は、この125mm砲しかない。
再び発砲。
――――ッ!!
Yes, a hit
さらにもう一発。
――――ッ!!
Yes, a hit
だが、魔法装甲が砲撃を弾き、威力を大きく削いでしまう。
ランクIVの怪物は嗤っていた。
そして――突進。
「クソッ……APFSDSなら抜けるかもしれないのに……!」
ミンは急いで弾種変更を試みる。
だが。
指が止まった。
APFSDS unavailable
「……そうだった。まだ研究してない……!」
使えるのはHEAT-FSだけ。
絶望。
しかし――。
ゲーム経験が、彼に答えを教えていた。
「どんな敵にも……弱点はある」
首。頭。肩。胸。
「……肩だ」
距離600m。
Loading HEAT-FS
――キィ……ガコン……カチン。
照準固定。
発射。
――――ッ!!
「グォォォォォォッ!!」
550mm貫通のメタルジェットが、ついに怪物の肉体を焼き穿つ。
肩部の魔法装甲、その隙間を貫通したのだ。
Critical hit
XP +10
SL +20
「抜けた……! やっと抜けた!!」
ミンは弾薬表示を見る。
Remaining shells: 4
だが怪物は止まらない。
半身が焼け焦げ、黒い血を流しながらも前進してくる。
「近付けさせるな……!」
再装填。
――キィ……ガコン……カチン。
発射。
――――ッ!!
肋骨が砕け、黒い血が噴き出す。
Critical hit
XP +10
SL +20
それでも怪物は進む。
まるで、自分の魔法装甲を貫かれたことが許せないと言わんばかりに。
「……次で決める」
ミンは深く息を吸った。
ゲームで大型車両を相手にした経験。
装甲を抜けないなら、弱点を狙え。
搭乗員。弾薬庫。首元。
すべて同じだ。
「首下――そこだ!!」
――――ッ!!
砲撃。
次の瞬間。
怪物の身体が硬直した。
目が白く裏返る。
首が折れ曲がり、巨大な肉塊が地面へ崩れ落ちた。
黒い触手も、禍々しい頭骨も、すべて消えていく。
残されたのは。
死んだ馬。
倒れた傭兵たち。
そして――。
T-80BVMだけだった。
Target destroyed
+240 XP
+450 SL
SP +60
ミンは肩で息をした。
全身が震えている。
戦闘終了
集合してください
任務完了
弾薬補給箱を獲得しました
ALT + Eで設置可能
獲得:弾薬補給箱(25%)
しばらくして。
ミンはK59を手に、慎重に車外へ降りた。
ランクIIIの死体はまだ熱を持っている。
機関銃の銃身も、主砲も熱かった。
戦車はエンジンを維持したまま待機している。
ノートPCの画面だけが暗闇で青白く光っていた。
ミンは傭兵たちへ近づく。
三人倒れていた。
そのうち、女隊長が背負っていた重傷者は既に息絶えている。
もう一人は擦り傷と打撲程度で済んでいた。
ミンは二人を戦車へ運び込み、再びエンジンを吹かす。
「……見捨てない。今日は、絶対に」
T-80BVMはゆっくりと城へ後退していく。
その時ミンの頭にあったのは、ただ一つ。
「……朝まで、生き残る方法を考えないと」
第3部:本能と天秤
城門が、重く鈍い轟音と共に閉ざされた。
T-80BVMから伸ばしたワイヤーが門を引き、石造りの門扉がゆっくりと噛み合う。
外では風が唸り始めていた。
血と焼け焦げた肉の臭いを運びながら、夜の闇が城壁を叩く。
ミンはまだ操縦席から動けずにいた。
両手は操縦桿を強く握ったまま。
額から流れた汗が、ぽたり、ぽたりと制服へ落ちる。
さっき倒したランクIVの怪物――
「……ゲームみたいに、復活したりするなよ……」
視線を画面に固定したまま、ミンはミニマップを再表示した。
生体反応の光点は、ゆっくりと消えていく。
どうやら、本当に撤退したらしい。
彼はようやく戦車兵用ヘルメットを脱ぎ、大きく息を吐いた。
________________________________________
基本情報
車両状態:T-80BVM
エンジン:79%
HEAT-FS 3BK18M:残り3発
副武装:NSVT 12.7mm – 140発|PKT 7.62mm – 890発
今回の戦闘によるSL消費:-3,200 SL
残SL:1,828,270|SP:現在不明|累積XP:1,850
ミンは研究モジュール欄へカーソルを滑らせる。
APFSDS 125mm 3BM42 ― 未解放|必要XP:6,000
研究中:魔力支援HEAT-FS ― 進行度 1,320 / 9,000 XP
モジュール:装填速度向上 ― 未研究
サーマルシステム ― ロック中|通常型暗視装置のみ
装甲パッケージ更新 ― 条件不足
「魔力支援弾……? 新しいモジュールまで追加されてるのか……」
低く呟きながら、ミンはノートPCの外装を軽く叩いた。
「任務をこなすのが一番早い……それか怪物狩りか。
……でも、ランクIVを倒した途端にSPが“未確認”になった。何かがおかしい」
________________________________________
彼は戦車から飛び降り、重い足取りで大広間脇の石扉へ向かった。
扉を押し開けた瞬間、薄く漂う血の臭いと、床に倒れた二人の姿が目に入る。
「……そうだ。二人を運び込んだまではよかったけど、手当てしてなかった……」
ミンは女隊長の傍に膝をつく。
肩には粗雑な応急処置。
鎧は怪物の爪で裂かれ、ひび割れている。
だが、まだ息はある。
もう一人は茶髪の細身の男。
腹部に裂傷があるものの、致命傷ではないようだった。
馬から落ちた際の打撲も酷い。
ミンはバッグを開き、戦車内で見つけた医療キットを取り出す。
軍用応急処置キットを使用
自動処置開始:止血・軽度抗生剤投与・傷口洗浄
「は……? 自動治療まであるのか……?」
まるでVRゲームのように、目の前へ使用ゲージが表示される。
半信半疑のまま、ミンは実行ボタンを押した。
プシュゥ――
小さな噴射音。
注射器が自動展開し、薬液が流し込まれる。
ミンは二人の呼吸をじっと見守った。
胸の上下、指先の痙攣、瞼の震え――その全てを。
数分後。
二人はゆっくりと目を開けた。
「……お前が……助けたのか……?」
女隊長が掠れた声で呟く。
言葉自体は理解できない。
だが、ノートPCの翻訳チャットが意味を映し出していた。
ミンは無言で頷く。
一瞬だけ視線が交わる。
そこに完全な信頼はない。
だが――敵意だけでもなかった。
異世界へ迷い込んだ異邦人。
ただ偶然、同じ戦場に立った者同士。
________________________________________
ミンは背を向け、戦車脇に置いたノートPCを拾い上げる。
青いランプが点滅し、新しい通知が表示された。
デイリー任務達成:最初の24時間を生存
+900 XP|+1,000 SL
ラインナップ変更機能を解放
初級モジュール解放:煙幕弾
搭乗員強化可能 ― 50,000 SL または 10 GE
ミンは近くの石塊へ腰を下ろし、唇を軽く噛んだ。
「T-90に変えれば防御力は上がる……。
でも、その分コストも増えるか……」
画面にはさらに通知が現れる。
ラインナップ変更可能
変更コスト:3,000 SL + 150 SP
現在使用可能:
・T-80BVM(stock)
・T-72B(stock)
・2S6 Tunguska(stock)
航空機はSP不足
他車両クルー未訓練
「……今はT-80BVMを維持するしかない。
でも副武装が足りない。
SPがない以上、どうにもならないか……」
________________________________________
彼は補給画面を開き、25%補給箱の内容を設定する。
•HEAT-FS 3BK18M ×3
•通常HE弾 ×3
•煙幕弾 ×1
•12.7mm弾薬 ×75
デフォルト装備をカスタム弾薬へ変更しますか?
必要コスト:500 SL
「……ほんと搾取がえげつないな、この運営……」
SL消費:-500
残高:1,827,770 SL
金も少ない。
SPも制限されている。
この世界では、“無限リスポーンのゲーム”ではない。
________________________________________
時間だけが、ゆっくりと流れていく。
冷たい風。
暖炉の火は、既に消えていた。
ミンは立ち上がる。
腰にはK59。
視線は夜空へ向けられる。
曇った月。
古城を吹き抜ける風の唸り。
「……今夜は、少しくらい静かだといいけどな」
一時休止中:
車両停止 ― SL消費なし
第4部:コミュニケーション
まだ完全に夜は明けきっていなかった。
だが、暁の光は既に崩れた城の中庭へ差し込み始めている。
薄い朝靄と混ざり合った淡い光が、空気をさらに冷たく感じさせた。
そして同時に――昨夜の戦闘で飛び散った血痕を、より鮮明に浮かび上がらせる。
ミンは暖炉の傍に座っていた。
K59を膝の上へ横向きに置き、視線だけを二人へ向ける。
女隊長とその仲間。
二人はようやく立ち上がれる程度まで回復し、互いに肩を貸しながら城内をゆっくり歩いていた。
まるで――自分たちが本当に生き残ったのかを確かめるように。
________________________________________
ミンはノートPCを再起動した。
見慣れたインターフェースが立ち上がり、画面下部で言語アイコンが淡く発光する。
バイリンガル翻訳システム起動
チャット接続完了
ミンは慎重に文字を打ち込んだ。
できる限り単純な言葉を選びながら。
俺はこの世界の人間じゃない。
別の世界から来た。
低く無機質な音声が、スピーカーから響く。
二人は一瞬固まり、互いに顔を見合わせた。
そして――
「分かっている」
女隊長の返答が、翻訳ウィンドウへ表示される。
声は静かだった。
だが、その響きには妙な重みがあった。
ミンはわずかに眉を上げる。
「お前の武器。服装。
鉄の箱から出る光。
そして……戦い方。
どれも、この土地のものではない」
彼女はそこで一度言葉を切った。
「だから分かる。
お前もまた、“事故でこちらへ流れ着いた者”なのだと」
ミンは困ったように頭を掻く。
「別に、問題を起こすつもりはない」
「その気なら、昨夜の時点で私たちは全員死んでいた」
短い沈黙。
だが、それは敵意の沈黙ではなかった。
________________________________________
「あの三メートル級の怪物……あれは希少種だ。
昨夜、私たちは奴に追われていた。
お前がいなければ――」
そこで初めて、ミンは彼女の表情に僅かな笑みを見た。
女隊長はその場へ腰を下ろし、革袋から粗雑な地図を取り出す。
獣皮に描かれた古い地図だった。
「ここはレンツ辺境西部。
私たちは南方中継拠点――“円弧の停留地”所属の傭兵だ」
ミンは地図を見下ろし、すぐに顔をしかめた。
「……読めない」
「構わない。説明する」
________________________________________
会話は続いていく。
短い文章。
翻訳ソフトの無機質な音声。
ぎこちないやり取りではあったが、ミンは少しずつ、自分が迷い込んだ世界の輪郭を理解し始めていた。
この地は――ヴェリンディア帝国。
人々が魔法と魔術を操る世界。
そして、そのヴェリンディアは世界最強の帝国として知られていた。
だが現在、その帝国全土で“侵食”と呼ばれる災厄が急速に拡大しているらしい。
怪物の出現。
土地の汚染。
消えていく都市。
彼女たち傭兵に与えられた任務は――
“旧き貴族”を探し出すこと。
その人物は「聖剣」に選ばれし者であり、滅びへ向かう帝国を導く存在だと言われていた。
ミンは静かに画面を見つめる。
自分はただのゲーマーだ。
戦車が好きなだけの、普通の人間。
だが今、その普通の日常は――
もう、どこにも存在していなかった。________________________________________
第5部:新たな予定
ミンはゆっくりとノートパソコンを閉じた。だが、その視線はまだ画面に表示された更新ログから離れない。
生存ボーナス加算。
特殊モジュール研究中 ― 魔力支援HEAT-FS:2,800 / 9,000 XP
新規モジュール出現:魔力強化装甲 ― ロック中
解放条件:耐魔属性ランクIV以上の魔物を撃破
またゲームがアップデートされたのかよ……
冷たい風が吹き抜ける。
ミンは上着を羽織り、戦車兵用ヘルメットを被り直して、再び城の中へ戻った。
傭兵の二人も、貯蔵庫に残っていた固い黒パンと、廃城に残されていたわずかな小麦粉で焼いた粗末なパンを食べ終えたところだった。
三人とも目の下には濃い隈が浮かび、疲労の色を隠せない。
すると、新たなチャットログが表示される。
生き延びられる場所を探したい。
あるいは……俺の言葉を理解できる誰かを。
女隊長は静かに頷き、文字を返した。
生きたいなら、この国境地帯から離れることだ。
南東に“小さな町”がある。ヴォルダという名だ。
そこには、お前を助けられるかもしれない魔導師がいる。
ミンはその名前をメモし、小さく頷いた。
そして少し考えた後、再び文字を打ち込む。
一緒に来るか?
女隊長は隣の仲間を見た後、静かに答えた。
……もう失うものはない。
その鉄の馬車に乗せてもらうとしよう。
こうして、新たな即席パーティーが結成された。
――ちょうど、T-80BVMの搭乗人数に収まる三人で。
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第2章・終了時ステータス
T-80BVM ― 第2章終了時点
状態:79%
残弾:HEAT-FS 125mm 3BK18M ×5 | HE弾 ×3 | 煙幕弾 ×1
補助武装:12.7mm NSVT 140+75発 | 7.62mm PKT 890発
所持SL:1,827,770 | SP:1,060 | XP:2,270
研究中:魔力支援HEAT-FS(3BK18M mod)― 2,800 / 9,000 XP
搭乗員:基礎レベル ― SL・GE未強化
戦利品:現在地“ヴェリンディア”の情報、獣皮の地図、傭兵との同盟
新規解放機能:ラインナップ変更 | ブースター使用可能
(……このリザルト画面、そろそろ再起動が必要なんじゃないか?)
――第2章・完
続く……
あとがき
次回の章では、新たに協力関係となった三人が、戦車と共に危険地帯を離れ、最寄りの町を目指します。
しかし、その道中では――
すでに彼らの通過を待ち伏せる“何か”が、静かに牙を研いでいました。
果たして、ミンたちは無事に町へ辿り着けるのか。
そして、この異世界で生き延びるための新たな試練とは――。
今後も、できる限り毎週火曜日の夕方に新章を更新していく予定です。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。




