第9章 ― 計画と情報
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
また一週間が過ぎましたが、私は日々の仕事を続けながら、この作品の執筆も並行して進めています。
以前にもお知らせした通り、これからはさらに忙しくなるため、毎週更新を維持するのが難しくなっていきそうです。
来月については、第10章を予定通り完成できるかまだ判断できないため、公開は第3週または第4週の火曜日の中旬から下旬頃を予定しています。第10章をもって一区切りとなる予定です。
最後までお付き合いいただき、そしてこの拙い作品を応援してくださっている皆様に、心より感謝申し上げます。
ちなみに、第2部の幕開けを飾る楽曲はこちらです。
**『Isoguna』**
**Music by Nonamesteven**
第一部 ― ヴェリンディア学園長の視点
かつてヴェリンディア最大の都市として栄え、その象徴とも称された都市ラームナーズが、魔王と女神の戦いによって死の谷へと姿を変えてから――。
その地より北へ千五百リー以上離れた、今では一面の白雪と厳寒に覆われた中央地帯。その広大なるヴェリンディア帝国の中心部、黒樫の森の奥深くには、一つの由緒ある学園が静かに佇んでいた。正式な許可なくして、いかなる普通の生物も近づくことを許されない場所。
そここそが――ヴェリンディア帝国魔法・魔術学園である。
「……そうか。生徒会長はまた学園を抜け出したのか?」
「はい、学園長。先日、評議会で元学園生の一人が、Geman国境付近に出現した第四級*魔物と、かつて剣聖が住んでいたとされる古城――魔物の襲撃によって放棄された場所について報告していた際、彼女は偶然その内容を耳にしたそうです。」
「なるほど。」
老人は小さく息をついた。
「おそらく、あの子は当分戻ってこないだろう。しばらくは副会長に生徒会を任せておけ。」
「承知いたしました、学園長。」
「まったく……卒業間近だというのに、教師である私を最後まで悩ませてくれる子だ。」
老人は苦笑を浮かべる。
「もう下がってよい。」
「失礼いたします。」
その日の空は、まるで光そのものが吸い尽くされたかのような、重苦しい冬空だった。
乾いた北風は石造りの建物の隙間を吹き抜け、鋭く尖った屋根瓦の奥深くまで入り込んでいく。
上空では渡り鳥の群れがこの地帯を避けるように進路を変え、慌ただしく飛び去っていった。極寒に耐えきれなかった数羽は雪原へと落ち、そのまま静かに動かなくなる。
雪は幾重にも積もり、地脈の色に染まった石畳を覆い隠していた。
誰かが通るたび、雪を踏みしめる音だけが、数百年続いた静寂を破る。
白い石壁と色鮮やかなステンドグラスで築かれた学園の中庭。その最奥、一室だけが淡い灯火を漏らしていた。
そこは学院塔最上階――学園最高位の魔術管制中枢であり、同時に学園を統べる者の執務室。
そこにいるのは、六十五歳の学園長――Merion Halvars。
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部屋の中では暖炉の炎が揺れ、白い髭をたくわえた老人の顔を赤く照らしていた。
細身ながらも芯の通った背筋を伸ばしたまま、彼は空中に浮かぶ精巧な装置から目を離さない。
それは、この世界に存在する最も原始的な基礎エネルギー鉱石――ルーンを加工して造られた装置だった。
十分な量のルーンを組み合わせることで、魔力エネルギーを自在に変換・制御できる。
装置の上には、無数の波形が浮かび上がっていた。
それは魔法でもなければ、生命力でもない。
この世界に生じる、あらゆる微細な揺らぎを探知する変動観測地図だった。
召喚現象であれ、怪異現象であれ、その瞬間に位置を特定できる。
監視範囲はヴェリンディア全土。
さらに各地のダンジョンとも接続されており、魔力異常や未知の物体が召喚された場合には、即座に危険地点として表示される。
『ピッ、ピッ、ピッ……
第一級ダンジョンに異常な変動を検知。
危険性――潜在的脅威。』
無機質な機械音が部屋に響く。
その音に、老人の胸騒ぎは強くなった。
「Edhen近郊の第一級ダンジョンか……。
Eが調査している地域からも近いな。
あの子に任せるとしよう。
あの力なら、脅威を排除するのも早い。」
しかし。
警報音は心臓の鼓動のように規則正しく鳴り続けていた。
「……いや。
そんなはずはない。」
老人は眉をひそめ、小さく呟く。
「このダンジョン……鼓動している。」
異質な変異エネルギー。
それにもかかわらず、岩盤を貫いて物理的な振動まで発生している。
時を刻んだ皺だらけの手が、ルーン画面中央に浮かぶ赤い紋章へ静かに触れた。
第一級ダンジョン 1.0――ランクⅠ。
場所はEdhen東部。
座標は、三百年前から危険性ゼロとして封印記録に残されていた古代遺跡跡地と完全に一致していた。
あの浅層ダンジョンには、スライムしか生息していないはずだった。
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Merion Halvarsは立ち上がり、濃い茶色の木製研究机へと歩み寄る。
机上には、地層・霊脈・魔法層を立体表示する三次元地図が展開されていた。
そこには、不自然な一点が映し出されている。
ダンジョンそのものが成長し、変異を始めていた。
「可能性は二つ。」
老人は静かに呟く。
「一つは、何者かが直接干渉している場合。
強力な魔物……あるいは誰かの介入。
そしてもう一つは――侵食そのものが進行している場合だ。
“”級の魔物……いや、すでに“”、あるいは“”へ到達している可能性すらある……。」
その時。
部屋の扉が控えめに叩かれた。
魔術監察官の制服を着た一人の少女が入室し、冷たい風が彼女の背後から流れ込む。
「学園長。
中継都市付近を調査していた冒険者より、奇妙な人工物の報告が届きました。
マナ反応はありません。
未知のSkeletonに操られた鋼鉄の魔獣のような存在が現れたとのことです。」
老人は振り返る。
長年の経験を宿した瞳が鋭く光る。
「……あの第一級ダンジョンからか?」
「いいえ。
別件と思われます。
Skeletonたちを撃退した後、それらの機械も同時に姿を消しました。」
「その件はEへ報告し、対応を任せろ。」
老人は静かに目を閉じた。
「E……ですか。
コードネーム《E》。
Extra――極秘。」
少女は息を呑んだ。
誰一人として、彼女の本当の名を口にしない。
誰もがコードネームだけで呼ぶ。
彼女の名を知る者の多くは、決して良い結末を迎えなかったからだ。
純粋魔術師、とりわけ召喚術師たちの間では、その存在は象徴的な恐怖そのものだった。
地図の上では、異常な波形がなおも脈打っている。
しかし、Merion Halvarsさえ知らない、もう一つの脅威がすでに動き始めていた。
青き怪物。
そして、未知なる鋼鉄の兵器たち。
「この件を解決できるのは彼女しかいない。
何としてでも連絡を取り、まずはダンジョンの件をEへ伝えろ。」
「承知いたしました、学園長。」
老人は静かに頷き、少女を退室させた。
扉が閉まると、彼は窓辺へ歩み寄る。
遥か彼方。
雪に沈みゆく黒樫の森を見つめる。
その奥で、一つの反応がゆっくりと移動していた。
それは他でもない――E自身だった。
「運命の歯車が、再び動き始めたか……。
もし私の予感が正しければ――
今度は、もう一人の運命も、この渦へ巻き込まれることになる。」
第二部 ― ギルド支部長との邂逅
朝の風が、Edhen中央広場の石畳を静かに撫で抜け、遅咲きの花々をつけた木々から白い花粉を巻き上げていく。
東部地区は、まもなく冬を迎えようとしていた。
この季節になると、薪の樹脂と山岩の湿った匂いが混じり合い、それを暖房用の炉で燃やす独特の香りが街に漂う。
道行く人々は首元までマフラーを巻き、片手は剣の柄や丸杖へ自然と添えながら足早に歩いていた。
「……ハクションッ。寒くなってきたな……。」
「もう冬か。時間が経つのは本当に早い。」
だが、Yilfenにとって、その冷たさは冬のせいだけではなかった。
つい先ほどまで、生死を分ける戦いを終えたばかりなのだ。
失った車両は二両。
そのうち一両はPremium車両。
そして、何か月もの間、相棒のように共に戦い続けたT-60も失われた。
今残っているのはBT-5一両と、100SP、さらにランダムで獲得したBoost*が一つ。
資源といえば、必要時のために残してある数枚のBackupだけだった。
だが、それ以上に厄介だったのは、ギルドカードとルーン式通行証に異変が生じ、再び街へ入る際に支障が出てしまったことだった。
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数時間前――第三門。
死地から生還したYilfenは、三十分以上も門の近くで気持ちを落ち着かせた後、BT-5をゆっくり走らせ、いつものように入城手続きを受けていた。
「こんにちは。ギルドカードと通行証をご提示ください。」
(偵察任務か……。ずいぶん大変だったみたいだな。朝とは騎獣まで変わってるし……。)
門番は心の中でそう思った。
しかし――
ギルドカードと通行証を読み取った瞬間、見慣れない表示が目に入る。
『ピッ……
認証完了。
赤点を検知。』
「……ピッ、ピッ。
君、ギルドカードも通行証も、見慣れない魔力反応が出ているぞ。」
門番は一枚の説明書を差し出し、その赤い印について知っているか尋ねた。
「いや、こんなのは初めて見ます。
何か深刻なんですか?」
Yilfenが問い返す。
「普通なら大事にはならない。
だが、このケースは少し厄介かもしれない。」
門番は画面を見つめながら続けた。
「誰かが君のカードに細工を施した形跡がある。」
「……つまり、目印を付けられて監視されている、と?」
「その可能性はある。」
門番はYilfenを見ながら頷いた。
「騎獣も朝とは違うようだし……ダンジョンで、とんでもない相手に遭遇したんじゃないのか?」
「……そう言ってもいいでしょう。」
Yilfenは隠すことなく答えた。
「だったら、一度ギルド支部長に相談することを勧める。」
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Edhenギルド本部――行政棟。
激動の一日が明けた朝。
Yilfenは行政区画へ入るため、警備所の列に並んでいた。
冒険者たちが評価や助言を求めて訪れる場所である。
ギルド前の警備所は、半円形のアーチ屋根の下で静かに稼働していた。
門柱には自動認証用のカードスキャナーが淡く光り、行政棟はギルド本館と隣接して建てられている。
その先にある応接区画へ進むには、ここで許可を得なければならない。
「――よう、Rylsant。」
受付卓にいた職員が顔を上げる。
厳しい表情だった彼は、相手を認めた瞬間、少しだけ頬を緩めた。
「……Cyran Yilfenか。
久しぶりだな。
妹への荷物運びを手伝ってもらって以来だから……もう一か月以上になるか。」
「ああ……少し仕事が立て込んでいて、あまり来られなかった。
それより、ちょっと困ったことがあって。」
「どうした?
案内が必要か?」
Yilfenは二枚のカードを差し出した。
「通行証とギルドカードに、少し問題が起きてる。」
Rylsantは無言でカードを装置へ通す。
認証自体は正常。
だが画面には、小さな赤い点が灯った。
二枚のルーンカードには損傷、あるいは何者かの魔力が付着した痕跡があることを示していた。
内部のマナ回路も最後の部分がほとんど断裂しかけている。
それでも認証だけは通っているという、奇妙な状態だった。
「君のカード……。」
Rylsantは画面を見つめる。
「赤い印が出ている。
長年監督をしてきた俺でも、こんな表示は見たことがない。」
「だから相談に来た。」
「……この件は、支部長でなければ判断できないな。」
「そうか。
その支部長は、今どこに?」
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Rylsantは何も言わず、警備所の奥へある呼び出し装置を押した。
「支部長へ連絡。
面会希望者です。」
その直後、警備所の奥に隠されていた細い通路が静かに開く。
「行ってくれ。
支部長は奥で待っている。」
後ろには他の冒険者たちが列を作っていた。
「ありがとうございます。」
Yilfenは軽く頭を下げ、その通路を進んだ。
小さな部屋へたどり着くと、一人の職員がすでに待機している。
彼はYilfenを見ると、特別な招待客だけが通れる重い石扉を開いた。
「こちらへどうぞ。
支部長がお待ちです。」
石扉が背後で重々しく閉じる。
Yilfenは静かな廊下を歩く。
両側の壁には歴代ギルドランクの紋章が並び、足音だけが石造りの天井へ反響していた。
建物中央の執務室。
一人の女性が石造りの机に腰掛けていた。
長い橙がかった金髪を青い外套の上へ流し、胸元には特別製のルーン名札が輝いている。
その視線は、机上のルーンモニターへ真っ直ぐ向けられていた。
「支部長。
お連れしました。」
「……通して。」
女性は静かに答えた。
扉が開く。
彼女は、一か月ほど前にギルドで一度だけ見かけた青年の姿を思い出した。
「初めまして。
ギルド所属のCyran Yilfenです。
あなたが……Edhen支部の支部長でしょうか?」
椅子に座る少女は、一見すれば十八から二十歳ほどにしか見えない。
幻想世界にしか存在しないような美しさ。
橙色の髪をきれいに束ね、灰色の瞳を持ち、身長はおよそ一七〇センチ。
豊かな胸元を備えた整った容姿。
この世界へ来て以来、Yilfenは初めて「本当に夢のような美人だ」と思った。
扉が閉まると、彼女は支部長としての落ち着いた表情へ戻る。
「……コホン。」
小さく咳払いをした。
「一応言っておきますが、私も少女という年齢ではありませんよ。」
彼女は苦笑しながら言う。
「改めまして。
Edhenギルド支部長、Celes Arvenwaldです。
今年で二十八歳になります。
……まだ結婚相手はいませんけど。
まあ、Celesと呼んでください。」
(……初対面でそこまで自己紹介する人っているのか?)
Yilfenは思わず沈黙してしまう。
普通なら私生活まで話す者はいない。
一方、Celesは真面目な表情を崩さなかった。
しかし、このVoldaから来たという奇妙な青年を前にして、胸の奥には小さな違和感が芽生えていた。
最初に見た時から妙に気になる存在。
特殊な通行証を持つ謎の人物。
もっと詳しく調べてみたい――そんな思いが心の奥で静かに揺れていた。
「……実は今日は、少し厄介な問題が起きまして。」
Yilfenは遠回しな前置きをせず、本題へ入った。
自分の命にも関わる話だからだ。
「そうですか。
それで、どんな問題なのでしょう?」
Yilfenは二枚のカードを机へ置く。
一枚は通常のギルドカード。
もう一枚はEdhenへの通行証だった。
「両方とも異常があります。
何者かが細工をしたらしく、ルーン内部に見慣れない魔力が残っています。」
Celesはカードを装置へ通す。
すると、ごく小さな赤い魔力反応が浮かび上がった。
微弱ではある。
しかし、それだけでも犯人がルーン術と高度な魔法改変技術を熟知していることが分かった。
「……あなたのカードは、おそらく壊されています。」
彼女は静かな声で告げる。
その声音は穏やかでありながら、命令にも似た重みを持っていた。
「ですが、二枚とも破棄すれば、細工を施した相手に気づかれる可能性があります。
通行証はそのまま持っていてください。
ギルドカードはこちらで新しいものに交換し、ランクⅡへ昇格させます。
その代わり――」
「代わりに、何を?」
Yilfenは問い返した。
「金ですか?
それとも依頼ですか?」
危険を減らせるなら、その分だけ生き残る確率も上がる。
今の自分では、Top-tier戦車と、あの狂気じみた相手に真正面から挑むなど、蟷螂の斧にも等しかった。
「第一級ダンジョンについて、あなたが報告書に書かなかった情報。」
Celesはまっすぐ彼を見つめる。
「それと――街の中心にある大衆食堂で、私に食事をご馳走してください。」
Yilfenは少し考え込んだ。
どちらも、それほど難しい条件ではない。
ダンジョンについては話せる。
もっとも、戦車を操っていた謎の少女については、詳細を伏せたまま、『何者かに追跡された』程度に留めるつもりだった。
「一つ目の条件なら考えても構いません。でも、二つ目は……少し妙ですね。ただ食事をご馳走するだけですか?」
「ええ。ただの食事です。」
Celesは穏やかに微笑んだ。
「あなたと二人で話したいことがあるんです。
理由は――これらの資料は、これまで一度も外部へ公開されたことがないからです。」
「つまり……ダンジョンの異変や、変異した魔物の件ですか?」
Yilfenは尋ねた。
彼自身、相手が本当にダンジョンの変異について話しているのか確信はなかった。
そもそも彼にとって重要なのは、ダンジョンそのものではない。
戦車とゲームシステムがある限り、それ以外への関心はどうしても薄くなってしまう。
「……いえ。」
Celesは首を横に振った。
「私たちが現在調査しているのは、まだダンジョンの異変だけです。
ですが、その周辺で目撃された『奇妙な魔物』についての報告がいくつか届いています。」
彼女は机の上に数枚の資料を並べた。
「この一か月の間に、あなたが調査したダンジョンから現れた魔物を、冒険者たちが辛うじて撮影したぼやけた写真です。
そして――あなたのルーン式ギルドカードと通行証だけに魔法コードが仕掛けられていた件。
本人確認用カードではなく、その二枚だけだったことを考えると……おそらく同一人物の仕業でしょう。」
「……少し考えさせてください。」
Yilfenは静かに答えた。
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その間、Celesは何事もなかったかのように姿勢を正した。
しかし内心では、先ほどの自分の言葉を思い返して、わずかに頬が熱くなっていた。
支部長になって以来、こんな気持ちになったのは初めてだった。
最近ではギルド本部の職員たちからも、
「少し休んではどうですか。」
「そろそろ結婚も考えたほうが……。」
そんなことを何度も言われるようになった。
彼女の両親は名門貴族であり、結婚は遅かれ早かれ避けられない話でもある。
今の支部長という地位も、家柄ではなく、自ら努力して勝ち取ったものだった。
自分の人生は、自分で決められる。
それを証明するためでもあった。
だからこそ今、彼女の心は少しだけ、不思議な青年へ惹かれ始めている。
もっとも――
そんなことを考えている余裕は長く続かない。
近いうちに支部長の座を後任へ引き継ぐ予定でもあり、今はやるべき仕事が山積みだった。
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一方、Yilfenは頭の中で情報を整理していた。
ダンジョンを脱出してからEdhenへ入るまでの間に、二枚の重要なカードだけへ異常な印が付けられている。
だとすれば――
あの戦車を操っていた女。
あるいは、自分と同じ「プレイヤー」。
そのどちらかが原因である可能性は高い。
何らかの魔法を使い、ルーンを書き換え、この二枚へ目印を残した。
目的は、おそらく自分の位置を追跡すること。
彼女が操縦していた黒い戦車がLeopardであることだけは分かる。
しかし、それが2A5なのか、2A6なのか、それとも2A7なのかまでは判別できなかった。
それだけでも十分危険なのに、未知の魔物まで現れ始めている。
胸騒ぎはますます強くなる。
(敵は一人じゃない……二人以上いるのか?
情報を渡す代わりに、こちらも情報を得る。
あの時の等価交換と同じだ。
相手を知れば、対策も立てられる。)
そして――
その頃。
中継都市の宿屋、その一室では。
Eもまた、同じ結論へ辿り着いていた。
――敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
数分後。
ようやくYilfenは顔を上げた。
「……分かりました。
どうか力を貸してください、支部長。」
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Celesは思考から我に返ると、しばらく無言のまま彼を見つめ、静かに頷いた。
「いいでしょう。
では、まずはあなたの問題を一つ解決します。」
彼女は一枚の書類を差し出した。
「最初に、この仮契約書へ署名してください。」
双方が内容を確認し、契約書へ署名を終える。
するとCelesは机の下から黒い木箱を取り出した。
蓋を開けると、中には銀色に輝く新しいギルド章が収められていた。
見た目は通行証に似ているが、刻まれた紋様は遥かに複雑で、常時発光することもない。
「契約どおり、これであなたはもう下級会員ではありません。」
彼女は徽章を手渡す。
「今後は第三門からの出入りに限り、ルーン通行証を提示する必要はありません。
これはCランク以上と認定された冒険者だけに与えられる特権です。」
Yilfenは銀色の徽章を受け取り、不思議そうに眺めた。
(……見た目は通行証とほとんど同じなのに、冒険者証まで兼ねているのか。)
「他の門から入ることはできますか?」
「もちろん可能です。」
Celesは頷く。
「ただし、その場合はギルド職員による身元確認が必要になります。
それから――通行証はしばらくギルドで預からせてください。
詳しく調査してみます。
冒険者管理システムのほうは、本日よりあなたをCランク*として登録します。」
Yilfenが徽章をルーン認証装置へかざすと、青い光が一本走った。
《Cyran Yilfen ランクC Edhen優先滞在権限》*
という文字が静かに表示される。
「ああ、それと。」
Celesは思い出したように続けた。
「あなたの宿泊先も手配しておきました。
残っている滞在許可期間中は、ギルド宿泊区をご利用ください。
それと、以前のギルドカードですが――」
「古いカードは、しばらく私が持っていても構いませんか。」
Yilfenは答えた。
「確認したいことがあります。」
「構いません。」
Celesは即座に了承する。
「ギルドへ迷惑を掛けない限りは自由です。」
彼女は立ち上がり、資料の束を手に取った。
「それと、もう一つ。」
「今から私について来てください。
先にいくつかの情報をお見せします。
そして今週末、約束どおり中央広場近くの食堂で会いましょう。
これらの資料を見た後で構いません。
私たちが調査している、あのダンジョンから現れた正体不明の魔物について――
あなたに、その正体、あるいは少しでも手掛かりを教えていただきたいのです。」
第三部 ― 情報と疑念
ギルド本部の地下――非公式情報保管区。
そこは、許可を与えられた上級職員だけが立ち入ることを許された場所だった。
石壁にはルーンが刻まれた銀製の情報板が整然と収められ、その傍らには行政部門が分類・整理した報告書の束が並んでいる。
一枚一枚が、映像記録、あるいはこの世界特有の文字で記された調査報告に対応していた。
「おはようございます、支部長。」
「支部長、おはようございます。」
「お疲れさまです、支部長。」
職員たちが次々と頭を下げる。
Celesは軽く応じながらYilfenを案内し、分類済み依頼掲示板の前で足を止めた。
「ここが、情報を分類し、冒険者への依頼を正式に承認する場所です。」
彼女は掲示板を指差す。
「掲示されている依頼は自由に閲覧できます。
それ以外にも、保存された映像記録や音声記録があります。」
Yilfenは周囲を見回した。
依頼は危険度ごとに整理されていた。
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掲示板 No.1
ダンジョン危険度:12.7
分類:危険ダンジョン・ランクⅧ
冒険者ギルド最優先案件
所在地:ヴェリンディア中央部
名称:《黒のダンジョン》
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掲示板 No.12
対象:装甲蜂群(ランクⅢ)
推定数:約36体
出現地点:森林外縁・木造監視小屋付近
推奨:B+パーティー以上、またはBランク冒険者
危険度:5.7
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掲示板 No.49
古代遺跡失踪事件
危険度:3.7
推奨:CまたはDランクパーティー
内容:行方不明者捜索
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以下、危険度が下がるにつれて報酬も少なくなっていく。
(なるほど……番号一が最優先。
数字が下がるほど優先順位も低くなるわけか。)
Yilfenは心の中で整理した。
その時、Celesが口を開く。
「あなたの報告を受けて、例のダンジョンは危険度3.0へ再分類されました。」
彼女は八十二番目の掲示板を指差す。
「現在はNo.82です。
ここには偵察隊から届いた追加報告がまとめられています。
最初は、一人の女性魔導師が異変を感知したことから始まりました。
その後、魔物が外へ出現し始め、あなたが昨日提出した報告によれば、現在ダンジョンは第三層まで拡張しています。」
YilfenはNo.82の前へ立つ。
依頼内容と共に、この一か月で遭遇した冒険者たちが残した記録映像が並んでいた。
(このままだと……近いうちにNo.49あたりまで優先順位が上がりそうだ。)
依頼内容。
追加調査要請
第一級ダンジョン1.0
異常振動を確認。
未知の魔物が出現。
「これらの資料について、あなたの見解を聞かせてください。」
Celesが静かに言う。
Yilfenはひび割れたルーン映像板の前へ歩み寄った。
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映像記録①
分類不能対象。
黒い物体がGoblinの群れの後方に立っている。
指揮しているというよりは、撮影者とGoblin双方を脅して逃げさせているようにも見えた。
「……黒すぎて、よく分からないですね。」
Yilfenは慎重に答える。
(Leopardなのは間違いない。
でも、どの型かは判別できない。
それに……特殊仕様だったら?)
「……鋼鉄の亀、みたいな魔物でしょうか。
断言はできませんが。」
異世界人であることを悟られないよう、彼はあくまで一人の冒険者として表現を選んだ。
正体が露見すれば、拘束され、尋問される可能性が高い。
「……鋼鉄の亀?」
Celesは眉をひそめた。
Yilfenは二枚目の映像へ視線を移す。
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映像記録②
行方不明となった冒険者が残した最後のルーン映像。
ノイズは激しいが、一枚目より鮮明だった。
巨大な砲身。
黒一色の車体。
砲口からわずかな光が漏れている。
しかし、その輝きは普通の機械兵器とはどこか違っていた。
まるで……
魔法と融合した存在のようだった。
「黒くて長い物を持っています。」
Yilfenは映像を見つめながら言う。
「武器……だと思います。」
Celesは腕を組み、ゆっくり分析を始める。
「鋼鉄の亀。
長い黒い武器。
つまり、あなたが発見した『心臓型変異魔物・ランクⅢ*』以外にも、このダンジョンには別の未知の魔物が存在している可能性がある……
あるいは――」
言葉はそこで止まる。
Yilfenは最後の映像へ目を向けた。
巨大な黒い影。
翼を広げた異常なほど巨大な鷲のような輪郭だけが地面へ映っている。
姿そのものは映っていない。
「影だけですか……。
巨大な鷲型の魔物?」
「確認できたのは、それだけです。」
Celesは静かに答えた。
「……これで十分でしょうか?」
Yilfenが尋ねる。
「ええ、十分です。」
彼女は頷く。
「あなたの見解と現在の状況を合わせれば、かなり整理できました。
ですが、一つ気になる点があります。」
彼女はYilfenを真っ直ぐ見つめた。
「あなたの分析では、それらは誰かに召喚され、操られている可能性がある。
もしそうなら……
その人物は、今も密かにあなたを監視しているのかもしれません。」
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視点はEdhen南東の城壁外へ移る。
岩壁の上に、一つの人影が静かに腰掛けていた。
本来ならただのLeopard 2でしかなかったはずの戦車。
しかし今、その機体は次第に正体不明の存在へと変貌しつつあった。
魔法と融合した兵器。
この世界の誰にも再現できない異形。
「……奴の反応。
城内。
誘い出すには……まだ待つ。」
サーマルスコープ越しに、Eは静かにEdhenを見下ろしていた。
ルーンカードへ刻み込んだ魔法の印は、今も街の中で微かに点滅している。
彼女の灰色の瞳は、白黒の映像だけを映し続ける。
顔は暗闇に隠れ、窓から吹き込む風が長い髪を静かに揺らしていた。
魔法を融合させた夜間照準器には、街中をゆっくり動く一本の淡い光点が映っている。
「位置情報が弱い……
やはりEdhenの秘匿結界か。」
彼女は小さく呟く。
「まだ返していない一発がある。
奴が城を出れば……
全ては元の場所へ戻る。」
静かに埋めるか。
それとも知略で仕留めるか。
答えは運命だけが知っている。
外套の隙間から、一つの金属光沢が覗いた。
そこに刻まれていたのは、薄く消えかけた文字。
DM53
砲弾の薬莢だった。
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再びギルドへ。
話し合いを終えたYilfenは行政区画を後にし、自室の椅子へ腰を下ろした。
額に手を当て、窓から差し込む淡い光を見つめる。
その先では、一つのレンズが町中の人々を静かに監視している。
「……全てが繋がり始めている。
でも、まだ分からないことが多すぎる。」
彼は静かに呟いた。
「プレイヤーが、俺より先にこの世界へ来ていた?
……いや、おかしい。」
彼女があの戦車を操っているだけでも十分異常だ。
それなのに、なぜゲームについての情報を欲しがる?
そして何より――
俺たち、この世界へ来た人間は……
魔法を使えないはずなんだ。
しばらく沈黙した後、Yilfenはゆっくりと結論を口にした。
「……なら、この仮説を確かめる必要がある。」
彼の瞳に決意が宿る。
「彼女は……
プレイヤーじゃない。」
「もしそれが本当なら……
俺にも、まだ生き残る道はある。」
第四部 ― 最も危険な場所こそ、最も安全な場所
状況がまだはっきりしない中、Yilfenはふと、かつて聞いたある古参プレイヤーのポッドキャストを思い出していた。
「War Thunderプレイヤーにとって最も危険な存在は何だと思う?
最強の徹甲弾じゃない。
最新鋭の航空機でもない。
最先端の戦艦でもない。
本当に危険なのは――同じゲームを遊んでいるプレイヤーたちだ。
誰もがそれぞれの目的を持っている。
そして、プレイヤー同士は味方チームだろうが敵チームだろうが、無意識のうちに相手を敵として見ている。
味方への誤射一発。
盲撃ち一発。
あるいは故意のTeam Kill。
そんな瞬間に“味方”という言葉は何の意味も持たなくなる。
だからこそ、このゲームで本当に強いのは連携できる奴らなんだ。
孤独なプレイヤーが孤独なのは仲間が見つからないからじゃない。
自分だけの目的を持ち、一人で戦い続けて強くなったからだ。
彼らにとって仲間とは、時に足を引っ張る存在でしかない。
必要なのは、自分の代わりに道を示してくれる案内人だけだ。」
「えっと……つまり、このポッドキャストで何が言いたいんですか?」
「ああ、要するに一人で遊んでいる人たちへの話だ。
もし見えない敵がいるなら。
あるいは、自分より強い相手がいるなら。
どんな手を使ってでも正体を突き止めろ。
敵がどこにいるのか。
どんな力を持っているのか。
どうやって味方と見分けるのか。
そういう知識こそがプレイヤーの武器だ。
Premiumを買って力だけ手に入れた連中には、決して理解できないものだからな。」
「……なんだか途中から話が脱線してません?」
妙に脱線した内容だった。
だが今になって思い出したのは、偶然ではない気がした。
(あのポッドキャスト……。
彼女が本当に“プレイヤー”なのかどうか。
試してみなければ分からない。
プレイヤーというのは――
苦労して無課金で戦ってきた者ほど、残酷だからな。)
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まだ完全に夜が明けきっていない。
Edhen南西へ続く街道には、冷たい霧が薄く立ち込めていた。
「おお、銀ランクのC*バッジじゃないか!
一か月ちょっとでそこまで上がったのか?」
第三門の警備兵が驚いた声を上げる。
「いや……事情があって。
ギルドから一時的に支援してもらっただけです。」
「はは、気にするな。
もうお前も見慣れた顔だ。」
警備兵は笑いながら続ける。
「それと、その乗り物には気を付けろよ。
移動中うるさいって冒険者たちから苦情が出てる。」
「仕方ないですよ。
こいつは元からこういう音なんです。」
Yilfenは苦笑した。
そしてBT-5は門を抜け、一気に加速した。
車内には、赤い魔法コードが付着したままの旧ギルドカードが置かれている。
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「……奴が動いた。」
遠方。
Eの口元がわずかに動く。
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Edhenから数キロ離れた場所。
廃鉱山と魔戦争時代の遺跡柱が残る、人通りの少ない地帯。
Yilfenは天然の黒曜石から成る二本の巨大な柱の近くで車両を停止させた。
土色の外套の下には軽装甲。
肩には小さな箱。
新しいギルド徽章は胸元へ。
旧カードはBT-5の中へ残したまま。
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― ランダムBoost*使用を確認 ―
― 承認 ―
報酬:XP200% Boost*
追加効果:
現在召喚・搭乗中の車両が撃破された場合、
Wanger*カード×1
および撃破車両のBackup×1を付与。
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(やっぱり“*付き”のアイテムは普通のものとは違うな……。)
Yilfenは心の中で呟いた。
BT-5を森の縁へ隠す。
落ち葉の下に潜ませ、エンジンも停止。
赤外線探知を避けるためだった。
「こうするしかない。
相手を知るには、まず観察しなければ。」
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― コンピューター制御モード起動 ―
― 三人称視点 ―
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45mm砲弾。
残弾三十発。
ノートパソコンを操作しながら、BT-5を旧ダンジョン方面へ進ませる。
自分は黒曜石の柱の陰へ身を潜めた。
画面越しに周囲を観察する。
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― XP200% Boost稼働中 ―
残り29分 ―
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「頼む……。
もっと近くで見せてくれ。
そして――
操縦者の姿も。」
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BT-5が走り始める。
履帯が石を擦る音。
古いダンジョンへ続く道。
夕暮れの光が遠くのレンズへ反射する。
そのさらに先。
東南の丘陵地帯。
Eはサーマルスコープ越しに光点を見つめていた。
昨日、標的が逃走したルート。
そして今、その光点は再び第一級ダンジョンへ向かっている。
「動いた……。
まだ気付いていないようだ。
都合がいい。」
Eの唇が僅かに吊り上がる。
ミニマップにはBT-5のアイコン。
西南方向へ進み続ける光点。
それは自ら罠へ向かう獲物のように見えた。
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「相手を誘い出すなら……
相手自身が仕掛けた罠を利用する。」
Yilfenは小声で呟く。
視線操作キーを使いながら周囲を監視し続ける。
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― Boost残り15分 ―
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その時だった。
遠方から重い振動音が響く。
低く、規則的なエンジン音。
真っ直ぐBT-5へ向かっている。
しかし、その道中にある黒曜石柱の陰には――
本物のYilfenが潜んでいた。
黒い車体が視界を横切る。
何度も旋回しながら周囲を確認している。
「……やっぱりあれだ。
Leopard 2。」
Yilfenは息を潜めた。
「でも前より異様だ。
真っ黒だ。
迷彩どころじゃない。
血の臭いまでしそうなほど……。」
彼はスマートフォンを取り出し、静かに撮影した。
シャッ。
画像が保存される。
しかし――
「やはり姿を見せない。」
操縦席は確認できない。
「もし中にいないなら遠隔操作か……
あるいは、自分の正体を絶対に隠したいのか。」
高出力ディーゼルエンジンの音が近すぎる。
MG3機銃の銃身が一瞬だけ視界を横切った。
思わず息が止まる。
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「見つけた。」
Eは砲手用照準器を覗きながら呟く。
「最後の贈り物を受け取れ。」
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黒いLeopardは視界の外へ滑り込む。
Yilfenがノートパソコンへ目を戻した瞬間。
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ドォォンッ!!
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― 車両撃破 ―
?Leopard 2A6() → ?DM53 → BT-5
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撃破ログが表示された。
ゲームVer.2020.10には存在しないデータ。
認識不能な弾薬。
そして――
「Leopard 2A6……。
やっぱりそうだった。」
予想は当たっていた。
だが。
次の瞬間。
彼の顔色が変わる。
「違う……。」
画面を凝視する。
「問題はそこじゃない。」
車両名の後ろ。
弾薬名の後ろ。
そこに付いていた記号。
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(*)
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「まずい……!」
血の気が引いた。
「帰らないと……!」
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報酬獲得:BT-5 Backup
ランダムWanger*獲得
Backup適用中……
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直後。
新たなBT-5が召喚される。
Yilfenは飛び乗り、アクセルを全開にした。
エンジンが唸る。
そのまま第三門へ向けて一直線に疾走した。
空はすでに夕闇へ染まり始めている。
「もうプレイヤーじゃない……。」
彼は震える声で呟く。
「……あれは怪物だ。」
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その頃。
Eは撃破地点へ向かいながら狂喜していた。
「ハハハハハハッ!!」
笑い声が荒野へ響く。
「吹き飛んだ!
吹き飛んだぞ!!
正体不明の侵入者め!!
さあ見せてみろ!!
お前の死体を!!」
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そしてYilfenは、ようやく理解した。
ゲームの装備名へ付けられた――
「*」
その意味を。
それはもはやゲーム内の通常兵器ではない。
Leopard 2A6(*)。
DM53*。
それらは元の存在から変質していた。
異世界の理と融合し、
新たな何かへ変貌している。
Yilfenはハンドルを握り締めながら、震える声で呟いた。
「まさか……。」
「これは……
二つの世界が融合して生まれた存在なのか……?」
第五部 ― 情報と計画
Edhenの空は、夕焼けに染まり始めていた。
かつての都市Rammasも美しい街だったが、景観だけで言えば、Edhenのほうがさらに美しいと評されている。
ギルド本部最上階から差し込む夕日は、石造りの壁を真紅に染め、まるで血が流れているかのような光景を作り出していた。
Yilfenはまだ、簡素な布服の下に軽装甲を隠したままの姿だった。
街道の砂埃すら落としていない。
彼は、ある確信を得たばかりだった。
「……もうプレイヤーじゃない。」
彼は静かに呟く。
「奴は怪物だ。
そして、それを操る者も……怪物だ。」
幸い、今のところ相手には自分が生きていることは悟られていない。
だが、この街に留まり続けることは危険だった。
まずは資金を蓄えなければならない。
そしてEdhenを離れる。
彼女が、自分が仕掛けた囮の本当の目的――相手が本当に「プレイヤー」かどうかを確かめるためだったことに気付いた時。
その瞬間、さらに危険な"黒い箱"が開いてしまう。
この街に残るという選択は、時間が経つほど悪手になっていく。
一度でも逃げる機会を失えば。
自分は永遠にEdhenへ閉じ込められ、彼女の監視下から逃れられなくなる。
「あの日は……本当に運が良かった……。」
Yilfenは深く息を吐いた。
BT-5は、わずか一週間前まで乗っていたT-60とほとんど同じ場所で撃破され、そのまま残されている。
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そして、一週間の七日目。
約束の日が訪れた。
Edhen中央区。
庶民向けながら街でも人気の食堂――Foximi。
午前十時。
スマートフォンの時計を確認しながら、Yilfenは店の前へ到着した。
「いらっしゃいませ。
ご予約はございますか?」
「はい。
VIP個室を一部屋。
料金は金貨一枚。
予約名はYilfenです。」
店員が予約帳を確認する。
「確認いたしました。
四名用個室をご用意しております。
こちらが受付票です。
後ほど料理のご注文を伺います。」
Yilfenは部屋で静かに待った。
この世界では時間を正確に知る方法は少ない。
中央広場やギルド、本行政区画に設置された日時計くらいしか目安がない。
だからこそ、「十一時」という約束通りにCelesが来るかどうかは分からなかった。
しばらくすると店員が料理表を持ってくる。
「すみません。
この料理、どういうものか説明してもらえますか?」
「かしこまりました。」
料理はVoldaより多少は良かった。
それでも味付けは相変わらず薄い。
二か月近く暮らした今では、何が食べやすく、何が口に合わないかも理解している。
料理を選びながら、Yilfenは静かに考えていた。
これは私的な食事ではない。
自分とギルド支部長との契約に基づく会談だ。
目的は一つ。
Edhenから安全に脱出する方法を探ること。
そして、自分を追う存在から逃れることだった。
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十一時ちょうど。
スマートフォンが時刻を示したその瞬間。
Celesが約束通り姿を現した。
今日は支部長の制服ではなく、ごく普通の冒険者用装備を身につけている。
正体を悟られないためだろう。
同行者は一人もいなかった。
「支部長。
今日はお一人ですか?
秘書の方は?」
Celesは微笑み、向かいの席へ腰を下ろした。
「二人だけで話したほうがいいこともありますから。」
Yilfenも意味を理解する。
この契約は、自分と彼女だけが知る秘密だった。
今、本当に必要なのは。
少なくとも今後三、四か月を見据えた脱出計画を立てることだった。
Celesは静かに城門の方角へ目を向ける。
「無事に戻って来られて安心しました。」
振り返らないまま言った。
「あの日預かったEdhenの通行ルーンカード。
赤い反応がずっと点滅していたので、封印箱へ入れて保管しています。」
「今は大丈夫です。」
Yilfenは腰のポーチからスマートフォンを取り出した。
写真フォルダを開く。
「ですが、あなたはまだ、私が何と遭遇したのか知りません。」
画面を見たCelesは目を見開いた。
「これは……。
禁じられた記録石……?」
Yilfenはすぐに人差し指を唇へ当てる。
「シッ。
これはルーン記録石と同じような物だと思ってください。
どうか秘密にしてください。」
そう言って、Leopardの鮮明な写真を見せる。
「これが、その魔物です。
今回はノイズもなく撮影できました。」
Celesは思わず立ち上がり、画面を覗き込んだ。
灰色の瞳が夕日に照らされる。
No.82の報告書に載っていた存在。
その正体が、鮮明な姿で映し出されていた。
「……本当に鋼鉄の亀。」
彼女は息を呑む。
「そして、この黒く長い物体が……
武器……なのですか?」
「ええ。」
Yilfenは頷いた。
「間違いなく、あの魔物です。
ですが、新たに分かったことがあります。」
彼は静かに続ける。
「変異している可能性があります。」
Celesはその言葉の意味を理解した。
「幸運だったのは……
奴が狙っているのは私だけだったことです。」
Yilfenは窓の外を見つめる。
「だから皆を巻き込まないためにも……
私はEdhenを離れるべきだと思っています。
私にとって、この街は自由ではありません。
牢獄そのものです。」
しばらく沈黙が流れる。
そしてCelesは静かに口を開いた。
「私には大きな力はありません。」
少し照れたように笑う。
「ですが、ギルド支部長として出来る範囲なら、あなたを支援できます。」
その言葉は、首元の翻訳ルーンを通してYilfenへ伝わる。
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昼を過ぎても、二人はVIP個室で食事をしながら話し合いを続けていた。
食事が終わると、Yilfenは額を押さえ、小さく息を吐く。
「今は準備期間が必要です。」
彼は言った。
「すぐには出発しません。
三か月……
いや、四か月くらいでしょう。」
Celesは静かに頷く。
反対はしなかった。
「もし旅立つ時は……
前日に知らせてください。」
彼女は微笑んだ。
「私も近いうちにギルドを辞め、後任へ引き継ぐ予定です。
実家も、そろそろ私に家業を継いでほしいと言っていますから。」
Yilfenは苦笑する。
誰にでも、自分だけの人生がある。
ただ一つだけ。
彼が知らなかったことがあった。
Celesの中には、ほんの僅かではあるが、すでに彼への想いが芽生え始めていた。
あまりにも小さな変化だったため、Yilfenはまったく気付いていない。
「分かりました。」
彼は静かに答える。
「Edhenを離れることも。
故郷へ帰ることも。
それぞれが、自分自身の目的を追うということですから。」
古風でありながら、互いの選択を尊重する。
それが二人の結論だった。
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その頃。
城壁の外、南方の丘陵地帯。
Leopardはエンジンを止めたまま、静かにEdhenへ砲身を向けていた。
その傍らにはEが立っている。
彼女の視線は、街の中で輝き続けるルーンの光だけを見据えていた。
「なるほど……。」
彼女は小さく笑う。
「知恵比べを選んだのね。」
「獲物というものは……
死ぬ直前まで必ず足掻く。」
EはBT-5から回収した徽章を強く握り締めた。
前回のBT-5は囮だった。
だが、あの日受けたリコシェットの借りは返した。
ゲームと、その力を知る男。
彼がまだEdhenにいる限り。
決して逃がしはしない。
残されたカードを利用し、その暗号を解析する。
そして、彼の名前を突き止める。
風が長い髪を揺らし、外套を静かにはためかせた。
「一度放たれた矢は……
もう止めることはできない。」
彼女は空を見上げる。
「War Thunder――」
「この力は、この数か月で魔法と融合した。」
「まだ知りたいことが山ほどある。」
「女神たちよ。
どうか待っていてください。」
「私が、このゲームの真実へ辿り着くまでは。」
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Yilfenがこの世界へ来てから――
五か月と二十四日が過ぎていた。
Opening 2: Isoguna
急ぐな…
速く走るな…
振り返るな…
放たれた矢は、
止めることはできない!
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急ぐな
運命が
私たちを操る時
女神たちは
かつて親友だった者を恨む歌を歌っている
すべてを捨てて
現実世界で生きるために
強い者だけが支配する場所
裕福な幻想の中で
ゆっくりと死んでいく機械のように生きる
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そして今...
無名の対決が
世界が変わりつつあることを告げる
禁じられた宝を巡る争いが
私たちを魔王が隠れているダンジョンへと導く
そして、機械の戦いが始まる
雷鳴のような爆発音が空に響く
知恵比べはそこで終わらない
ただ始まったばかりだ
---
歌に身を任せよ “Do not hurry”
二人の人間が機械の力を手に
雲の間を舞い
神々の戦いの光景を再現する
魔力を使って機械を操る者
技術を使って踊る者
急ぐな...急ぐな
私たちはまだ始まったばかりだ
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たとえ一方が生き残り、もう一方が死ぬとしても...
あるいは、さらに多くの人々が加わったとしても
皆、急ぐな
女神たちも、どうか急ぐな
---
なぜなら
物語はまだ始まったばかりだから!
第9章・完
総括
所持金:
3ゴールド50シルバー
保有車両:
•BT-5
o45mm砲弾:30発
o7.62mm弾薬:1,500発
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SL: 662,000
累計XP: 2,210
現在SP: 300
GE: ?
GJN: ?
War Thunder バージョン: 2020年10月版
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Backup*
•×2 Backup
・BTR-152A(対空仕様)
・All Vehicles
•Air Rank III All Vehicles Backup ×1
•ZiS-30 Backup ×1
•GAZ(7.62mm)Backup ×1
(+ ランダムWanger*)
第10章予告
何かがおかしい――。
その異変は、すでに十年以上も前から静かに進行していた。
やがてVelindia帝国の実力者たち、そしてそれぞれの任を受けた二つの勢力が動き出し、Edhenの街そのものを戦場へと変えていく。
そして、一人の無名の青年――Cyran Yilfenもまた、その大きな渦へと巻き込まれていく。
第10章「内戦 I」
公開予定:2026年8月・第3~第4週の火曜日




