57.逃亡
あまりにも意外な依頼に心臓が変な音を立てている。
「何でロージーがヴィー・パターソン男爵令嬢に会わなきゃいけないんだよ」
デュランが代わりにいきり立ってくれるのを、まるで映画でも観ているように客観的に眺めているわたしがいた。
「わたしが会う必要があるの?」
どうして会わせたいのか。
ヴィー嬢に運命的なものを感じて、わたしとの仮婚約は破棄したいのだろうか。
それとも、二人の仲を見せつけてわたしに諦めさせようとでも言うのだろうか。
違う、違うよね。
エリオットはそんな残酷な事はしない。
そんな人ではない。
よくわかっている。
だったら、何故わたしに会わせたいのか。
わたしに見せつけるのではなく、自然に分からせようと思った?
そうだとしたら、それも結構残酷だけど。
「あ、会う気はありません。
そんな事しなくても、こ、婚約はキチンと解消しますから心配、しないでください。
もう、マーフィー伯爵も居ないし、ブルックス侯爵家にも煩わされないと思うので。
い、今までありがとうございました。
無理矢理、こんな事に巻き込んでごめんなさい」
ガタン、と行儀悪く席を立つと、駆け出す。
「ロージー!」
呆気に取られた皆が動けないでいる中、スタンリーの声だけが響いていた。
部屋に戻り後ろ手に鍵を掛けると、足元が覚束なくなりヘナヘナと座り込んだ。
『やっちゃった。
ジェンキンスのおじさまとおばさまは、婚約の経緯をご存知無かっただろうから、ビックリされただろうな。
おふたりの義娘になりたかったけど』
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いつもなら心配して誰かが扉を叩いてくれるのに、今日は誰も来ない。
本当に駄目だな、わたし。
こうやっていつも皆んなに甘えていて。
心の奥底で期待していたんだ。
エリオットが慌てて追いかけてきてくれる事を。
でも、いつまで経っても扉が叩かれる事は無かった。
そのまま悶々としたまま過ごし気がつくともう夜半だった。
昼餐も晩餐も抜いたのに、不思議とお腹が空いていない。
「誰も呼びに来なかったな。
アンナもウィルも」
普段なら具合が悪ければ部屋まで軽食を運んでくれるアンナすら来ない。
「呆れられちゃったかな」
涙が滴り落ちた。
「帰りたい。
シモンズの叔母さまに会いたい」
急に思い立つと、もうそれしか無いような気さえしてきた。
黒幕はまだ捕まっていないけど、マーフィー伯爵は死んでしまったから実行犯ももう居ない。
「帰ろう」
そうだ。シモンズ領へ帰ればまた穏やかに暮らせる。
いつか、スタンリーやデュランも結婚したら、わたしは領地の端の小さな家にでも移り住めばいい。
あの地で年を取り死んでいく。
聖女とか言われたけれど、もうひとつ大切な事も言われた。
わたしが幸せである事。
きっと今のままではわたしは国に悪い気を齎すだろう。
「帰ろう」
わたしは小さな鞄に最小限の必需品を詰め込み、手元にあった僅かな現金を手にそっと部屋を出た。
邸内は水を打ったように静かだ。
手元が狂い鞄が扉にぶつかり、ガタンと音を立てビクッとする。
「泥棒みたい」
兎に角、さっさと公爵家を出なくてはならない。
足早に厨房奥の裏口から外へ出ると、遥か先の門には煌々と灯りが灯され二人の門番が立っているのが見える。
正面突破は無理ゲーか。
仕方なく騎士団の寮の入り口へ向かう事にするが、此方も夜番の騎士が二人立っていた。
『そうだよね、居るよね』
騎士団の寮と訓練所の奥には外への出入り口があった筈だけど、其処にも夜番の騎士たちが居るだろう。
そっと後退りして、邸前近くまで戻り途方に暮れる。
「ジェンキンス公爵邸、鉄壁過ぎる。
何処からも出られないじゃない」
部屋へ戻るか逡巡していると、目の前に黒い影が見えた。
「えっ!」
「何処へ行くつもりだ」
それは今1番会いたくない人、エリオット・ジェンキンスだった。
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