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侯爵子息の結婚までの道のり  作者: 真守祐子
幸せな新婚生活までの道のり
22/24

022 離宮の休日②

「まあ、サハル様、お帰りなさいませ。思ったよりもお早いお戻りでございましたね」

「ああ、タシヤ。今帰った」

「森での散策はいかがでしたか」


 サハルは妃の出迎えに嬉しそうに微笑みを返したものの、その問いかけには少し困ったような顔になった。それを見て、タシヤとともに迎えに出ていたテルトの表情が引き締まった。


「サハル殿下、何事かございましたか」

「いや、荒事ではない、安心してくれ。森のなかは鳥の鳴き声を聞くばかりで、穏やかなものだった。ただ……」


 サハルの表情は困惑を示していた。


「特定の種類の木が幾本か枯れつつあるようだ。サイアが専門家にみせたほうがよいと言うので、早めに切り上げて戻ってきたのだ」


 サハルに視線を向けられて、カリスは説明を引き継いだ。


「サイロウでたまに見られる木枯(きが)らし病と似た状態に思えるが、そうであれば処置は早いほどいい。ただ、見つけたサイアも樹木医ではないし、このあたりの植生にそこまで詳しくもない」

「かなり初期の状態ですし、この森については机上の知識しかありませんので、恥ずかしながら私ですと判断が難しいのです。ですので普段から見ていらっしゃる方か、専門家をお呼びいただけないかと」


 サイアの言葉に頷いて、サハルはタシヤをすまなそうに見やる。


「離宮付きの庭師にはすでに見せたのだが、初めて見る状態だそうだ。ただ、庭師は離宮の庭園の世話をする者たちで、森のなかは専門ではない。それは学院の者が研究してきたからな、それを呼ぶとなると、ここで休暇を取るのも落ち着かないだろう。すまない、タシヤ。折角の休暇だったのに」

「申し訳ございません、タシヤ妃殿下」

「いいえ、サハル様。サハル様が悪いわけではございませんし、カリス様の責任でもございませんでしょう。それよりももし離宮の森に問題があるのでしたら、王家にとり大事な森のことですし、サイア様がこちらにいらしたことで早くに見つけられて運がよかったのだと思います」


 申し訳なさげにタシヤを見ていたサイアが頭を下げた。


「ありがとうございます、タシヤ様。折角の休暇ですのに、そのように仰っていただけるとは、なんと寛大でお優しいのでしょう」

「そのお心に感謝申し上げます、タシヤ妃殿下」

「まあ、お二方とも、そのようにお気になさらないで下さいませ。サハル様、本日すぐに引き上げるのでございますか?」

「いや、明日でいい。今日のところは連絡をとるくらいしかやれることはない。呼んだとしても学院から人が来るにも今日の今日とはいかないだろう。サイアの助言で応急処置はすませたことだし、タシヤの作ってくれた菓子も食べたい。今日はもうゆっくり過ごして、明日王都に戻るとしよう」






 そうして王太子夫妻の休暇は予定よりも早く翌日に切り上げられた。

 そして呼ばれた学院の研究者は入れ替わるようにして離宮に来ると、森でその木を見たが、この森では初めて見る状態だと言い、その研究者の意向で、急遽学舎からも専門家を呼ぶことになった。そのためサイロウの王都本邸に戻っていたカリスがその翌日、学舎の専門家を伴い再度離宮へとやってきた。完全な専門分野というわけではないサイアは今回は来ていない。

 サハルの代理としてはテルトが立ち会うことになった。


「確かにこれはサイアの見立て通り木枯らし病ね。サイロウでこの病に罹る木とは見た目は異なるけど、同じ系統の木なのか、それとも木枯らし病がこの地で変質して別の木にも罹るようになったのか、考えるだけでわくわくする、研究し甲斐のある問題ね!」

「伯母上、転ばないようにお気を付けてください」

「転ぶものですか!」


 学舎における樹木医の大家(たいか)、カリスの伯母である学長は大興奮だ。これが珍しい事例であったことに加えて、学院の領域である離宮の森に招き入れられたこの得難い機会に対して研究者として喜び、その切っ掛けを作ったサイアを嫁にしたカリスをもう一度褒めたあとは、早速木やその周囲を舐めるように観察しはじめた。

 カリスは伯母の従者と視線を交わし、怪我などしないように側でよく見ているよう指示を送ったあとは、しばらくテルトとともに作業を見守ることにした。


 木枯らし病の処置は早いほど効果があるので、応急処置はすんでいるとはいえ観察に時間はかけられない。とにかくすべてを記録するのだと助手たちを急かして、伯母も手を動かしている。


 本来であれば、学院が学舎に主導権を握らせることはあり得ない。それなのに今回は自分の領域に招き入れたばかりでなく、自分の助手たちにもその作業を手伝うようにと指示を出して、学院の研究者はカリスの傍らへと近づいてきた。

 その理由は彼が連れている一人の助手にあるのだろう。カリスたちの前に出たことで被っていた帽子を手に取ったことで、小柄なその助手が王国貴族の少年であることがはっきりした。


「おい、学者殿! これは……」


 テルトがその人物が何者かを把握し声を荒げるのを止め、カリスは一歩前へ出た。


「彼らが用があるのはわたしだろう。それにその助手殿も学院の所属なのは間違いない」

「だが」

「王家の手配ではないだろうな、そうだろう、学者殿? あなたとは初対面ではない。学院との交流会議でお会いしたことがあった」

「お久しぶりでございます、カリス殿。覚えていていただけたとは光栄にございます」

「優秀な人物は覚えておくようにしている」

「……光栄でございます」


 研究者が深く礼をとると、後ろの伯爵子息も一緒に腰を折る。一度だけ顔を合わせたことのある、カリスの四番目の婚約者候補だった伯爵令嬢の弟であった。


「学者殿はこのために我々を離宮の森に呼んで下さったのかな」


 学舎の専門家を招き入れたのはこのための餌かとちくりと刺しておく。状況を怪しみ、手の者に調べさせたとはいえ、誰がなにを思ってこの状況を作り出したのか、確実なところを把握しておきたい。だが。


「こちらにも様々な紆余曲折がございまして、できましたら弁明の機会をいただきたく」


 カリスはふうっと息を吐いてみせた。


「今はこのような些事に時間をとるべきではない。今日中に作業の目処をつけるためにも、話しはあとにまわしたい」

「ですが」

「これっ」


 些事と言われて伯爵子息が反論するのを叱責して、学院の研究者は頭を下げた。


「カリス殿の仰る通りです。申し訳ございません、今は処置前の観察を速やかに終わらせるべきときでした」

「……本日は伯母上の付き添いで離宮に滞在させていただくことをサハル殿下よりお許しいただいている」

「お時間を頂戴しありがとうございます」


 二人はもう一度頭を下げると、作業に加わりに向かった。伯爵子息もあとで時間をとってもらえることに納得したのか、きちんと助手としての責務は果たすようだ。だからこそ連れてきてもらえたのだろう。


「すまない、あの家の者をカリスに近づける気はなかったんだが、こちらの確認が甘かった」

「いや、かまわない。サイアを娶った今となってはあの家の者たちに対して、わたし個人はそこまでの遺恨は感じていないんだ」

「今が幸せだからかな。カリスは意外と人がいいな」

「そういうわけでもないと思うが。余分に割く時間や感情がもったいないと考えているだけだからな。……それに、あの学者殿は学院でも実力、影響力ともに高い人物だ。大神官殿の息子の友人でもある。そんな人物が連れてきた以上は仕方ないことだろう。……さて、今更わたしになにを言いたいというのか」





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