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とても現実  作者: 皿日八目
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 私には過ぎた馳走を頂いた。

 しかしあの捌きを下され炙られた魚の視線の凄絶さ! 確かに絶命して筈だが(心臓がなかったからね)、こちらを狼狽させる威力があった。もちろん、霊長類(随分と偉そう)の勝手な妄想に過ぎないのだが。許せ。こうするより他なかったのだ。在宅してたってこれ以上何も書けないので外に出る。ついでに、我が麗しき所在地の外観を紹介しよう。


 色は、まあ、何というか、死にかけの鼠色だ。ひどく色あせて見える。ただでさえぱっとしない色合いだった筈で、これ以上ひどくなりようがあるのか? という誰かしらの疑問に対する見事な回答と言える。三階建てで、私はその一番下で寝起きしている。アパートなのだ。隣とか上階に誰が住んでいるのか、私は全く知らないし、知りたくもない。おそらくその見も知らぬ住人達も同じ感情を共有しているのだろう、私達は一度も出会ったことがない。


 先程この家が(瀕死の)鼠色と言ったが、全体がそうであるわけではない。屋根は白かった。しかしこれも褒められたものではない――鳥の糞によって着色されたものだからだ。鳥達はこの家に親の仇が住んでいるとでも思っているのだろうか? 毎朝きっかり六時に絨毯爆撃を喰らわせてくれる。あの音は凄まじい。自分の家の屋上で、若干事故ぎみの花火大会が行われているようだと言えばおわかりだろうか。三年前に引っ越してきたが、慣れたのは一年前だ。慣れてはいけないほどの大音量だとも思うが。

 

 各部屋、北の壁には四角い窓が嵌っている。それを開くとささやかなベランダに脱出することができ、そこには多少無茶をすればライオンがぎりぎり入る空間がある。実際に、三階の部屋のベランダで吠えまくっているのを目撃したことがある。ただし一時間後には聞こえなくなってしまった。翌朝目の前の空き地で発見されたミステリーサークルと、何か関係があったのだろうか。家の北側の窓に目を向けすぐ視野に飛び込むのが空き地なのだ。ほとんど正方形の空間に、種々の草(地面から生えている緑のものをすべて草としてカウント)が根を生やし、隣りに咲く可憐な花を囃し、除草剤で早すぎる死を迎える。そしてまた最初に戻るのだ。その繰り返しが一体いつから幕を開けたのか、私にはわからない。それがわかるなら、真理への道筋はもう少し明るくなるだろうに。うむ。住居に関する説明はこれくらいでいいだろう。どこまでが本当でどこまでが嘘なのか、だんだん私にもわからなくなってきた。作り話というやつは、本当のことを語るよりも筆が進むものなのだ。


 細かな起伏が張りめぐらされたアスファルトを、あてどなく歩き出す。空気は生暖かい。この街ごと電子レンジで一分温められたのであろう。空の八割には水色が塗られ、残された白地には輪郭だけを与えられた雲が散らばっていた。よい。上々の天気と言える。しかし上々でない天気のほうが少ないのだ。私にとっての上々とは、空から雨雪霰以外の物が降ってこないことを意味する。ああ、しかし、こんなことを言っていると。こつん。ほら来た。飴が降ってきてしまったではないか。最近の異常気象は飴すら降らす。ところでこの飴は酸っぱい味がするな。


 あ、今のは本当の話です。真実。たまにはこんなこともあるよね。


 歩き続け歩き続け、私はビルの屋上に着いた。何階建てかは知らないが、眼下の景色は相当に小さい。かなりの高さなのは疑いようもなし。十階から見る景色をミニチュアと例えるなら、ここから見る景色はアラベスク模様。人も車も建物も、ここからでは幾何学文様を成す一存在に過ぎない。それはべつにここから見なくたって周知の事実だろうけれど。いやしかし、この例えは過剰だろうか? ぎりぎり雲には入らないくらいの位置でないと、そんなふうには見えない気もする。ま、いいだろう。文字を稼げればそれでよし。それより気にかけるべきなのは、どうやって帰るかということだ。


 終点を定めぬ不安定な歩行がここへ導いたのだ。まあそれなりに書けたのはいいが、ここはどこだ? いくらふらふら歩いたからって、何故こんな場所に辿り着いたのか。人生においてはこういうおかしなことがたまに起る。たまにだから勘弁できるのに、この文章を書き始めてから発生の確率が急激に高まった気がする。さっきも飴が降ったし。そこまで題材に困っているというわけでもないのに。願ってもない願いばかりが叶う一生。それが生物。有機体。果たして帰ることはできるのか!?


 ぐるりを見る。汚れまくった灰色の床。生気のない錆びかけのフェンス。不良品のコンパスで記された円と、その中心に鎮座する筆記体のH。ヘリポートか。しかしヘリコプターというのはたいてい上から来るものだ。ここより上にあるのは飛行機か太陽くらいのもので、ヘリコプターはその仲間には加われないだろうと思う。上空からの救世主には頼れそうもない。なら次に頼るのは自分だ。何か役立ちそうなものを持っていないだろうか。それを調べようとした瞬間、私は自分の愚かしさに慄然とした! 家を出る時、何も持っている描写をしていなかったではないか! そういうわけで、私の持ち物はゼロだ。はあー。まったく。いつだって自分の首を締めるのは自分なのだ! 私はやけくそになって錆びたフェンスの錆びた部分を飛び越え、フリーフォールを開始。どうしてか、以前にも似たような経験をした気がする。多分夢の中の話だろう。現実に行っていたとしたら、今こうして命があるわけがない――その命も間もなく散ろうとしているけれど。


 明らかに天国と真反対の方へ進んでいるにも関わらず、周りの景色はますます光を帯びていくようだった。もしあのビルが中身入りで、その中身がたまたま外を見ようと思ったなら、解放された笑みを浮かべつつ極めて迅速に降下する私の姿が見られただろう。見たいと思うかは別にして。


 それにしても本当に高い所から飛び降りてしまったようだぞ。こうやってずうっと落ち続けていても、地表に僅かでも接近できたという実感がまるでない。まいったな。ちょっと手洗に行きたいのだが。美しいことは美しいが、腎臓を痛めつけてまで見る価値のある景色なのか? というか、いつまでこんなことやっているのだ。そろそろやめてもいいだろう。

 

 実のところ、私は今までずっと家にいた。三段落目からは全部作り話だったのだ。その内部で言及してしまったように、作り話は本当のことを語るより容易い。十万文字という困難を達成するためにはうってつけの技法だと言えよう。私は今後もこれを駆使し、脳にかかる負担をできる限り減らすように努めたいと思う。だってこの脳、ただでさえぎくしゃくとしているのに、これ以上負担をかけたならいよいよフリーズしてしまう。さすがにフリーズした脳を抱えて生活するのは御免被りたい。フリーズという記号から連想される冷気が脳幹から這い出て、四肢に纏わりつき冷え性をもたらすかもしれないからだ。手足の冷えは私が最も忌避するところの感冒であり、それの最も恐ろしいのは湯に浸かる時にある。湯の高温と手足の低温の差が互いに高速度で衝突した車のように強調され、生者にして焦熱地獄の気分を味わわされる責め苦。どっちにせよ私の行き着く先はそこなのかもしれないが、それにしたって苦しみは後回しにしたいのが人情だ。そう思わないか?


 私が飯を食う前の文章で、「書くことはいくらでもある」とか何とかのたまったことを記憶しているか? 今省みると顔が赤くなってしまう。書けもしないくせに、何をこの青二才。数十分後の自分の姿すら予想できないと見える。あーあー救いがたし。こんなやつは見捨ててゴー。まだまだ続く空想の山道。幸いにして二合目にもトイレはあるようだ。しかし、トイレットペーパーがない。おい、設置者は何を考えていたんだ? 月と太陽、空と地上、そしてトイレットペーパーとトイレ。この絶対の対置を崩すとは、よほど命が惜しくないのか。それともただの馬鹿なのか。私は後者の意見を推す。けれど別にどっちでもいい。両者とも似たようなものだし。


 ありとあらゆるものが、ありとあらゆるものに影響を与え得るのなら、トイレットペーパーの欠乏が世界の破滅を招くというのも決して笑い飛ばせはしない筈だ。たぶん、トイレットペーパーの存在により抑制されている危機がいくらかあるのだろう。絶滅危惧の白巻紙。我が家では一週間に一回絶滅していた。その度にスーパーから輸入しなければならないのだった。ワシントン条約にトイレットペーパーを入れ忘れたのは致命的なミスと言えたが、しかし誰もがそれを使っていたのだから仕方ない。よう兄弟。生まれながらの共犯者よ。


 しかしひどい文章、文体、筆致だと思う。完成度は度外視と言ったが、ほんとに度外視してどうするのか。あれはどんなジャンルの話をしてもいいというくらいの意味であり、寝小便の痕跡に等しい文章の公開を容認するものではなかったのだが。こいつめ、自分自身に背信していやがる。ああ、馬鹿。ここまで惨めったらしく見えるのは、比較対象があまりの高みにあるからなのか? しかし目標は高い方がいいのだと会う人会う人みなに口を揃えて教唆された私に、もうその身の程知らずを亡き者にすることは叶わないのだ。ふーん。言い訳のように聞こえるな。それは本当に言い訳だったからであろう。申し訳ないみなさん。私が記せるのはこの程度のもの。あんまり改善の見込みはないので、救急車を呼ぶのは止めていただきたい。今に始まった病でもないので。


 とか何とかほざいてみれば、またもう少しで四千文字。誰に強制されたわけでもないが、これくらいを吐き出すと毎回力尽きるのだ。嘔吐というのは体力を消耗する。しかも今回は一回生理行動を挟んだ結果、見るも無残な文章を吐き出す羽目になった。消化しきれていない表現や言い回し(どっちも似たような意味だろ)の欠片があちこちに認められる。言うまでもなく言葉とは言語野に根ざす大樹がつける巨葉であり、その葉脈が数億に分かれていることからも大きさが窺える。その豊富が過ぎる栄養は、しばしば消化不良をもたらすのだ。私の消化管はかなり短いそう(レントゲンを前に見たのだ)なので、なおさらそれが起こりやすいのかも知れない。


 あっ。虫が呼んでる。行かなくちゃ。たぶん明日はもっとマシ(願望であることは言うまでもなし)。さらば。


 

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