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とても現実  作者: 皿日八目
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続編

 店内の大通りにまろび出るコーンフレーク。商業施設特有の磁場により、だれも知らない幾何学模様を作り出した。それのなにが問題なのかと言うと、摩擦がきわめて小さくなり、とても転倒しやすくなるのだ。で、じっさい彼は派手にすっ転んだ。必死の逃走者が足元を顧みなくなるのは、ままあることではある。彼を追うものの存在をまったく知らない周囲のひとびとは、なんとなくそれが見てはいけない場面のような気がして、急に反対の方向へ関心を寄せ始めた。結果として彼のまわりにはだれもいなくなり、これは非常な僥倖だった――あの武装集団にとっては。当たりくじが抜きん出ているようなものである。ただそれを引けばよい。しかしくじと違うのは、べつに彼は大した当たりではないということだった。それはつまり、黙って引かれる気はまったくないということでもあった。


 頭を打ってもうろうとしながらも、彼はぐたりとした腕をじたばたさせ、なにかをつかんだ。そしてそれを、彼への射撃を開始しようとしているひとりに向って投げつけた。彼がいまいるのは食料品売場のなかの、とくに菓子を陳列されているコーナーだった。この店はとても広いので、どこかには武装した集団への対抗手段に足る、ぶっそうな使い道を見いだせる道具があるはずだった。通常、そういうものはあまりこの売場では売られていない。口に入れるようなものが、なにかしらの生物の絶命を喚起するようでは危なくてしょうがないからだ。しかし奇妙なことに、彼が投げつけたものはそういう、生物の絶命を喚起するような食品であった。はっきり言ってしまうとそれはコーンフレークで、なぜコーンフレークを彼がつかんだのかというと、彼のまわりにはそれしかなかったためであるが、当然ながらそのこと自体はべつに重要ではない。なぜ大量生産され全国に流通しているコーンフレークの、いま彼がつかんだそのひとつぶのみが致死性を発揮するのか、それが重要であり、少々説明を展開しなければならない面倒臭さと、それを聞かなければならない面倒臭さ、その両方を同時に発生させるやっかいな食べものでもあるのだ。


 よく知られた事実として、この世のものはすべて相互にかかわりを持つということがあげられる。十年前ならば中学三年生になってからようやく習うことであったが、それでは遅すぎると判断されたのか、いまでは産まれた瞬間に、まだ開ききっていないその耳に吹き込まれるようになった。とにかくそういう現象が確認されているわけだから、梱包されたコーンフレークと言えど、唐突に毒性をはらんだっておかしくはないのだ。そのコーンフレークが死コーンフレークへ変貌を遂げたのは、たった三時間前のことであった。


 マーケットは床磨きのためのバイトを千人雇っていたが、商品の陳列のためのバイトも二千人雇っていた。二千も人間がいれば、ちょっと超自然的な力を秘めたものが、ひとりくらい交じっているのも無理はなかった。しかし、そいつがコーンフレークを運んだのはまったくの偶然だとしか言いようがない。トマトを運ぶかもしれなかったし、薬師如来像を運ぶ可能性だってあった。八百万の品物が販売される店なのである。しかし、運んだのはコーンフレークだった。


 三時間前にコーンフレークを運搬しているとき、そいつは憤激していた。祖父が自分のラーメン店を継げと言ってきかなく、もしそうしないなら、マーケットごとお前を吹き飛ばすと言ってのけたのだ。こういう宣言に対しては、まともに取り合わないのが一般人の流儀として知られている。しかし、そいつにはまともに取り合わなければならない理由があった。祖父が、そういう冗談にもならない冗談を、冗談じゃなく本気でやらかす阿呆だと知っていたためだ。彼は自分の言いなりになるブルドーザーをマーケットの駐車場がいっぱいになるくらい所有しており、命令ひとつでどんな場所でも平らにすることができた。現在の月は砂漠ばっかりだが、その原因も彼にあった。危ないやつが危ない力を手にしてしまったと、彼のまわりの人間はみな神をうらんだが、それはお門違いもはなはだしかった。危ない力を手にできるようなやつは、そもそも危ないやつだと相場が決っていたからだ。


 そういう事情があったため、コーンフレークの小山を運搬する台車を掴む手は小刻みに震え、呼気は熱く、リズムは闘争心を掻き立てるものであった。そいつ自身どころか、周囲のだれひとりとして死ぬまで気づかないことではあるが、そなわっていた霊力がそのとき発揮され、ただのコーンフレークを、被食者を消滅させるコーンフレークへと变化させてしまったのだ。そしてその欠片をいま、彼が投げつけた。


 武装集団というのは、つまり武装したひとびとの集まりのことであり、当然武装しているわけだから、口だってなにかに覆われていていいはずだった。しかし、彼がコーンフレークを投げつけた相手は、なぜか口をがら空きにしていた。いくら店内が全球凍結を想起させるほど寒かったとはいえ、仰々しい装備に全身をまとい、全力で走るという有酸素運動を持続して行っていれば、かなり体温は上昇する。呼吸も苦しくなってくる。そうなると、頭からすっぽり被っていたヘルメットがひどく鬱陶しくなり、外してしまおうとまで考えたのは想像に難くないだろう。結果としてそいつは死んでしまうことになるが、まあ、やりたいことはできたのだから、あんまり悔いはないかもしれない。


 コーンフレークを飲み込んでしまったそいつは全身の皮膚が泡立ち破裂し、サルビアの小規模花畑で店内を彩った。どう見ても絶命は明らかだった。「たいへんだ」彼はつぶやいた。「弁償しなきゃ」。セール中のコーンフレークの値段は二百円である。ちなみに免税。


 彼は立ち上がって再び逃げ始めた。武装集団のうちひとりを倒したのみで、つまり武装集団は未だに武装集団のままであった。だから彼はまた逃走しなくてはならないのだ。産地直送野菜の原を越え、冷凍食品の氷河をくぐり、海鮮物の海を泳ぐ。どれもがあまりに大規模で、彼はいくつもの店を渡り歩いているように錯覚した。人波は途切れず、彼のために道を明け渡した。人々が抱く感想は同じで、「どうしてこの人はこんなに慌てているのだろう?」であった。


「あー、もう」集団は彼をどこまでも追ってきた。「他にすることはないのか!」

 既に数百発の銃弾が放たれ、あちこちに甚大な被害をもたらしていた。家電の領域は火の海だし、果汁やアルコールやレトルト食品の洪水に多くの人が飲まれていた。彼もその波濤に襲われ、三階まで突き上げられた。三階にあるのは本屋であった。「や。知の宝庫」。どこかで書いたかもしれないが、彼は本が好きだった。そのため、狂人の凶弾にこれらが破かれ傷つけられるのをよしとしなかった。だから再びフロアの中央の吹き抜けに身を躍らせ、風味豊かな海に飛び込み、二階へ泳ぎ渡った。


 どこからか流れ着いたメロンを掴み、それで頭を防御しながら駆け抜けた。彼は一階から入店したが、一階はいま水浸し・酒浸し・ジュース浸しであり、そこから脱出することはできないだろうと考えた。自分の泳力の低さについては、適切な言葉で誰にでも納得させられるほどの自信があった。それほど泳ぎが下手くそだったのだ。用途不明の道具、意味不明の物品を売る店を通り過ぎ、屋上を目指した。他に出口と言えば、そこしか思いつかなかった。


 フードコートの角の影から、あの集団の一味が現れた。殺人の隙も与えず、彼はかついだメロンを投げつけた。それは頭を捉え、鈍い音を響かせて命を奪った。脳漿と血と果汁とが混じり合い、ろくでもないソフトドリンクが完成した。それに足を取られぬよう注意を払いつつ曲がり、非常階段をひたすら上へと昇った。下階からは例の水が迫る。それに飲み込まれる寸前で、光り輝く非常灯の御許にそびえるドアを押し開けた。


 この大混乱はわりと多くの人が望んでいたものらしく、マーケットの駐車場は雑多な二足歩行であふれ返っていた。武装集団の魔術も、さすがに効き目がなくなってきたのだ。全身の筋肉が引きちぎれそうになっているのを感じつつも、彼は屋上の白い床を這うように進んだ。その前方に、一発の銃痕が現れた。それは、集団が屋上に辿り着いたことを示していた。もう助かる見込みのないことを自覚しつつ、それでも彼は前へ進んだ。彼がなぜそうしたのかというと、日に温められた床は非常に熱く、一秒たりとじっとしてはいられなかったからである。


 と、そんな絶体絶命大ピンチ万事休すのやんぬるかな、そんな瞬間に店は揺れた。大振動。天変地異と言っても良かった。そのおかげで、集団の二発目が彼に当たることはなかった。ただでさえ混乱していた誰彼は、さらにそれを加速させるような現象の発生に、とうとう正気を手放せると喜んだ。この振動の原因がどこにあるのか、とてつもなく激しいその中でも屋上の際まで這い続けていた彼にだけはわかった。それはブルドーザーだった。


 しびれを切らしたあの祖父が、一万台だか十万台だかのブルドーザーを引き連れ、マーケットを平らにするべく襲来したのだ。約束の期限は明日だったような気もするが、そんな指摘も彼にとっては何の意味さえ成さないのだろう。五百人のバイトにより蜘蛛の巣一つなかった外壁は、まさしく音を立てて崩れ去った。まだ店内の海を漂っていた人々は、四方八方からブルドーザーが迫る光景に、自分たちは国道に変わったのだと思い込み、さっそく法定速度を決める重要な会議を開いた。


 マーケットを支える重要な柱に一台のブルドーザーが到達し、大きく店は傾いた。それは屋上と地上との距離が一メートル足らずにまで縮小されるほどの角度だった。ずっとフェンスにしがみついていた彼は事なきを得たが、そうではない集団は転落に向って伸びるスロープをあえなく滑落して死んだ。ブルドーザーの襲来の意味するところは、つまりそういうわけで、それがどういうことなのかというと、神は道路工事を始めたということだろうか。

 





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