店内対戦
認めがたいことだが、認めないことには話が進まないため、認めないわけにはいかないが、それにしたって認めたくない。わたしは、まったく他のひとびとより劣っているということに。むかしから、多くの本を読んだのだと。ほかの子供たちが雪降りに発狂まがいの外遊びを繰り広げているあいだも、ひとり図書室にたたずんでいたのだと。そして、そんじょそこらの道行くひとはきっとその名すら知らないであろう、世界に名だたる名作を、わたしは読破したのだと。しかし、この自負はまったく価値のないものであったと、うすうすながらも気づき始めた。この作品を書くことによって!
自分がほかのものより優れている、優れているはずだという思い込みは、多くの人間を魅了してやまない。確かに魅力的な考えだ。数十億も、掃いて捨てるほどいる人間のなかで自分は、大多数に含まれぬ、特別に分類されるべき個体なのだと。けれどもやがて過ちに気づく。今日同じ電車に乗り込んだひと、道ですれ違ったひと、教育課程のあらゆるクラスメイト、そのひとびとと、自分とは、まったく才覚に違いはなく、むしろ、そんな思い違いをしていた自身のほうが劣っているのだということに。あー! わたしのよすが、みすぼらしい命綱、哀れな頼み、それは、もう、篝火の灰へと。
さてキャンプファイヤーには食料品が付きものだが、あいにく彼の家の冷蔵庫は空っぽであった。その空虚の度合いは、彼自身の胃の状況と似通っていた。いま日課のごみ捨てから帰宅したばかりの彼は、朝食を済ませていなく、糧を得るためにきしむ扉を開け放ったところ、そこにはなにもなかったのだ。このときの彼の絶望、握ったのが蜘蛛の糸ではなくビニール紐だったことに気づいたときのようなそれを、言葉にするのはむずかしい。必死で泳ぎ着こうとしている対岸が身近に迫ったとき、それが実は対岸ではなく化け物じみた大きさのオウムガイだったと初めて気づくようなものだ。しかし、この例えはあまりよろしくない。通常、ふつうに生活しているだけの人間は、化け物じみた大きさのオウムガイなど見たことはなく、見たことのないものを例えに持ち出されても、まるで想像力ははたらかないためである。
不機嫌そうにうなる冷蔵庫の扉を閉めふたたび封印し、彼は家を出た。食べるものがなにもないとき、むかしは狩猟や採集に出かけなければならなかったが、いまでは買い物に出かけなければならない。死の危険はなくなったように思えるが、現代においては命そのものである通貨を消費しなければならないため、死と隣り合わせであり、根本はまったく変化していないのだ。あたたまりつつあるアスファルトを、底の磨り減った靴で軽快に蹴り蹴り、彼は店を目指す。ふたつの角を曲がり、ひとつの通りをわたった。すると目の前に、巨大なマーケットが出現した。このマーケットというのは、スーパーである。つまり、マーケットという名前のスーパーなのだ。
なぜ創設者がこのようにまぎらわしい名前をつけようと思ったのか、そいつが三日前に救急車に轢かれて死んだいまとなっては解明の手立てもないが、しかしこうやって消費者の頭を混乱させ、正常な判断を妨害すれば、いつもより多くを買ってもらえると考えたのかもしれない。これは彼(いまスーパーに向っているやつ)の家から三十分歩いたところにある駅から鈍行に乗り、三駅を通り過ぎ、降りた駅から十分走ったところにある大学の、ある教授によって提唱された説である。彼はこれを論文として学会に提出し、永久追放されてしまった。知らなくていいことと、知る必要のないこととを区別できないと、こういう不利益をこうむる羽目になるのだ。
ところで、そのマーケットとか名乗る店は、かなり巨大なスーパーであった。駐車場の面積は、絶対にここまで多くの客が来ることはないだろうとだれしもが思うほど大きかった。店内も高名な砂漠に匹敵する広大さであり、うわさによると、出口をついに見つけられず、インフォメーションセンターに骨をうずめた男がいたそうだ。もちろん、これはまったくの間違いである。彼はアルコール売場で死んだのだ。
この大規模に見合うように、看板も大きく作られていた。航空法すれすれの高さまで立てられたこの看板は、この街のどこからでも視認することができた。そのぶん影も大きく、日照権を主張する百世帯から訴訟を起こされていたが、その通知状の効力はマーケット本社三階の共用トイレの下水管を詰まらせることで終わった。
五重の自動ドアをくぐり抜け、彼は店内に足を踏み入れた。描写し忘れていたが季節は夏であり、具合が悪くなるほど暑い外と比べると、具合が悪くなるほど寒かった。じっさい、この店は冷凍食品すらむき出しで陳列されている。わざわざ冷凍庫に入れてやる必要がないからだ。それほどに店の室温は低かった。吐息の白さに驚愕しつつ、彼は食料品売場を目指し、街の全人口が集っているのではないかと錯覚する人波をかきわけていった。
天井は成層圏の存在を確信させるほど高く、千人のアルバイトによりつるつるの床はぴかぴかに磨き上げられ、店の地平線をおおう壁にもしみひとつなかった。とはいえ、それは驚くほどのことでもない。マーケットがもっとも力を入れているのは清掃であり、全国のどこの店舗を訪ねたとしても、同じ水準の清潔さを保っていたからだ。そこまで熱を上げる理由はいろいろと考えられるが、ここから数キロ離れた場所にある、マーケットの前身である店が、いまは昆虫と雑草のるつぼと化していることと、なにか関係があるのかもしれない。
彼は初めてここへ来たため、この市場の権化のような場所を非常に珍しがり、あたりをきょろきょろと見まわした。どの方向、どの方角を見ても、商品が棚や机にぎっしりと陳列されていた。一万人くらいならば、一生生活に不自由させないほどの食品、衣類、その他もろもろが揃っているかと思われたし、それは事実だった。百万体のマネキンや、マネキン以上に桁数の多い雑多な品々。それを見れば、だれでもそんな予感が正しいことを理解できるだろう。
このまま彼が食料品売場へ到着し、そこで必要なだけの食物を買い、会計を済ませて店を出たところで釣りの計算の誤りに気がつき、レジスターへの長い道のりをうんざりしながら帰っていく。そんな話にしてしまってもいいが、これは実につまらない展開であり、それはあらゆるひとびとに同意いただけるところだと思う。では、物語に刺激をあたえるためにはどうすればよいのか? 答えはあんがい簡単で、艱難辛苦を配置すればよいのだ。古今東西、あらゆる物語にはそれがあった。数え切れない出版社が出版してきた、数限りない作品に添えられた花こそが困難であり、作品の完成度を高めるためには欠かすことのできない過程でもある。だからどうやっても面白くしようがないと、手にかけている作品に手をかけて諦めるより、まずは壁を設置してみよう。ちょっとはましになるかもしれないし、ましにならないとしても、そのときはより力を込めてダストシュートへ叩き込めばよい。
彼はもちろん、作中世界に住まうだれもが知り得ない、上記のような都合により、マーケットの入り口から武装したいかにも敵対的なものどもが侵入した。数は、まあ、数十人ということにしておこう。手にしていた銃をぶっ放す。しかし、だれひとりその銃声に気づくことはなかった。ただひとり、彼を除いては。彼とはもちろん、たったいま豚肉とむね肉のどちらを買おうか迷っている、食料品売場を求めさまよっていた彼である。
「え?」
手にした牛肉を取り落し、彼はいまや遥かな遠くにある入り口に目を凝らす。するとただちに、あまり友人にはしたくないような黒ずくめの姿が視野に闖入した。その手に持っていた、友人に贈るにはあまりに友好的でないものも見た。彼の意識からは牛肉も鶏肉もむね肉も姿を消し、あとには自分がミンチになる将来ばかりが残った。破れた腹、くだけた指、穴のあいた足、そのいずれも赤々しく染まっているのが、とてもリアルに想像できた。早速恐慌にかられて、彼は自分の行末を想像させるその売場から逃げ出した。
記述の通り、武装集団は彼以外の誰にも見えず、また触れられることもない。その理由は、わたしの思いつきのために、無関係のひとびとに血を流させるわけにはいかないためである。人に迷惑をかけるなというのは、繰り返し両親から言われてきたことだ。迷惑というやつは劇薬であり、かけると極めて重大な傷害を生じさせるのだ。その調合方法は一家相伝であり、ふつうのひとびとにそれが知れわたることはない。ただ、途中でなにかの間違いが起こったのか、いまではたいていのひとがその「一家」の末裔なのである。イラクサの葉を刻んだり、ホトケノザを煮込んだりして作るこの薬品は、哲学者の卵のなかで熟成される。とろ火にかけられ、三日三晩じと目の少女に見守られ、そんな七面倒臭い手順を経てようやく完成を見る。色は毒々しい緑であり、愛らしいアマガエルのそれとはまったく異った色。粘性を持ち、カーペットにこぼすと目も当てられない。ところで、こんな説明をするよりも、たったいまスイカによって頭部への銃撃を防御する、なかなか機転のきくことを証明した彼の行方を描写したほうがよい気がする。あっ。ちなみにあの集団は、物には干渉できるそうだ。そうでもなけりゃ、描写に迫力が欠けてしまうので。
「ぎゃっ」彼はもがくように駆けていた。「これ現実?」
スイカの外皮は銃弾にかち割られ、芳醇な中身をさらしていた。破裂の刹那、わずかな欠片が口に入った彼は、それを咀嚼し嚥下する暇もあたえられず、殺気が目に見えるほどの集団に追いたてられる。集団は、ひとびとをすり抜けた。しかし、彼はすり抜けられない。老若男女さまざまな人にぶつかりにらまれては、その粗相を謝罪する余裕もなく、ひたすら逃走し続ける。放たれた銃弾は廉価のコーンフレークやおつとめ品の菓子袋を射殺し、中身をぶちまけさせた。彼以外のひとびとにはそれすら不自然なこととしては認識できず、「たまにはこういうこともあるよね」という感想しか抱けなかった。
そしてさらに驚くべきことには、この話は次回にも続くそうである。十何話にして、これは初の試みではないか。いままではつながっているのかいないのか、よくわからない話ばっかりで……




