十羽
じゃ、一冊。
旅とか、いろいろ、何とでも言えるものであった。一人称で進んでいき、見たものはすべて壮麗なフィルターに通され、絢爛な修飾をあたえられていた。これはもちろん、目指しているもののひとつだった。それらは作品に欠かせないものだと思っていた。見たままを伝えることが到底できない文章においては、過剰なほどの表現こそが視覚に刺激をおよぼす香辛料だった。伝来であり、世界のどこでも、奥地でも低地でも栽培されていた。緑の葉をつけていて、さわやかな香りを発し、半径三百メートルには蝿も近寄らせなかった。それを刈り取るためには、鎌が必要だった。それは鋳造されたものではなく、想像されたものだ。収穫は年中可能だが、達成できるとは限らない。熟練の技術か、天賦の才をなくしては、鎌は振るえない。どちらもない収穫者は、土深くに張りめぐらされた根を知りもせず、地上の茎を徒手で折ろうとして、むだなあがきを続けるしかない。もちろん、そのひとりだった。
高級な一葉を添えられて、積層構造の豪華本は完成する。白い丸皿に載せられて、ふさわしきところへ運ばれていく。厨房からホールまでの道筋は複雑で、常人には二年かけても覚えられそうもなかった。その道順を記した地図は高値で取引きされ、それはひとつの県をまるごと買収できるほどの額だった。それだけの流通通貨を稼ぐためにはたいへんな働きが必要だったが、運ぶのにも同じくらいの苦労を要した。それは地球に対する挑戦であった。数え切れない火山やプレートと、飲みきれない水とを背負い、なお強制される辛苦であった。嫌気がさして、ため息をついた惑星により、積み重ねられた札束は東方へ舞い散った。しばらくののち、名も知られぬ国ではバブルが発生した。そのとき大統領だったものはなにがなんだかわからなかったが、降って湧いた幸運に感謝した。だが間もなく耕運機に轢かれて絶命してしまった。墓には生前愛用していた座椅子カバーが飾られた。埋葬の三日後には、それはカラスの甥っ子の遊び道具になっていた。
それだけ価値のあるものだったから、ほしいと感じる人がたくさんいるのは当然だった。もちろんそのひとりだった。しかし先述のように、非現実的な価格であり、手の届くものはほとんどいなかった。それでも欲求は留められないもので、なんとか入手しようと、粗製のまがいものにすら手をだした。自分自身の内側から生み出された、狂気ともいえるしろものであった。こんなおぞましいものから、なにも抽出できるはずもないのだが、それには目をつぶっていた。叶わぬことを知るのを、非常に恐れていた。現実から目を背け、虚構の次元へと埋没していった。しかし自由にならない肉の四肢は、幻想の中にあってもあわれな運動を繰り返すばかりだった。それを見て笑ったものは、みな首を落とされた。
最初に見たものとは、著しく乖離していた。いびつで、残酷な色に塗られていて、吐き気を催す臭気を放っていた。触ると激痛をあたえ、見ると皮膚はただれていた。そこに至ってようやく、これが自分の求めていたものではないと気づいた。台車に載せられるよう、細かくきざんで、産廃の海へと捨てに行った。だが、どんなに醜い形状であっても、それが一部であったのに違いはなかったのだ。自分で自分を捨ててしまった。身の決定的な分裂に気づいたときには、もう捨てた自己は北極海に凍っていた。決して癒えない凍傷は、昼夜を分かたず苛んだ。
まるで動作は発生せず、説明は喉につかえた。ひどく退屈な何日かが過ぎ、そのあとはもっと退屈な時が窓の外を流れていった。一匹の魚が、古びた窓から闖入した。もちろん急流は内外を問わないから、その魚が死ぬことはなかった。うろこは緑色で、ひれは青色。切れかかった電球の、疲労しきった光のもとで、それはとても美しく輝いていた。反射光は天井を照らし、修繕されたての壁も照らした。そこに影が映り込んだ。見るに堪えないほど、みすぼらしいものであった。影ですらそうなのだから、じっさいの姿はもっとみじめだったのだろう。鏡は割られた。破片はまとめて火曜日に捨てられたが、火曜日は設定の日付ではなく、欠片はぽつねんと残された。
魚には解明し得ぬ成分が含まれ、焼いても煮ても保持されていた。不明の図書室の、無名の棚の、秘密の教科書すらその化学式は教えてくれなかった。興味がわいて、翌日の朝食にしようと思いついた。捌かれる瞬間になっても、魚はまったく落ち着いていた。既に死んでいるのではないかと腹をつつくと、本当に死んでいた。力ない身を三枚におろし、骨を取り、鉄板へ平行に並べた。火力は強火で、この家では左側だった。塩は切らしていて、砂糖は孤島に変わっていた。もうすぐ大豆へ先祖返りしようとしていた醤油をつかまえ、残量を使い切った。そうしたところでようやく、食指を動かされないでもない、香ばしいかおりがキッチンにただよい始めた。
新聞紙、髪の毛、蝿の死骸をテーブルからはたき落とし、近所で拾った皿へ貧相に盛り付けられた、醤油みずくの魚を置いた。美味しい土の食べ方を、テレビが憂鬱そうに伝えていた。食土は体重を落とすのに効果があるらしく、翌日地球から土は消えることになるが、もちろん関係のない話だった。魚は虚ろな目を、さらに虚ろな居住空間に向けていた。つつくとくりっと飛びだして、まっすぐ口の中へ飛びこんだ。現実味のある味だった。硬度が関係しているのだろうと思われた。いつでも、そういったものを確かめることでしか、生存の実感を味わうことはできなかった。また、身をほじくった。過去の記憶にまとわりつく残滓をすすって肥えさせたそれは、郷愁の味がした。それはそうとしか言えない味であり、セピア色の味覚であった。遠い日の味蕾は、旧い蕾を花咲かせ、それは押入れを思わせる香りを放っていた。懐かしむことは切なく、あらゆる昆虫、蝶も蜂もそれをきらって、インターフォンを鳴らすことはしなかった。何か、とても無駄なことをしている気がしていたが、食事を止めることはしなかった。役に立つことと言えば、これくらい。他になんにもないような、そんな気がしていた。すべては虚しく、鳥のかまびすしさも、路上のやかましさも、風のうるささも、その気分をなぐさめる役には立たなかった。だから、たったいま消化した魚の効能は驚異的と言えた。
未知の栄養素が吸収されるにつれ、視界がだんだんと明るくなってきた。空気の味が変わり、風景はより鮮明な絵の具で塗り直された。文脈は断ち切られ、時は迎え入れる支度を済ませた。いま輝かしき窓を開け、そのなかへひとり身を投げた。それを見ていたのは、リサイクルショップのハンガーと、再利用不可のペットボトルのみであった。
にじみ出るものはなく、それは計算づくの奇跡であったに違いない。連綿と続いていく小節の、魅惑の蠱惑の幻惑の、決して変わらぬ価値の黄金は、科学的根拠にもとづく錬金術のたまもの。その方法をこそ知るべきであったのだ。破綻した始まりには、壊滅的な結末しか約束されてはいなかった。それにマンホールの蓋をして、きらめく流れを下水と見なした。不都合な現実に手を加え、ねじ曲げておおい隠してしまったのは、他ならぬ自分であった。北限に住まう段落の、非情な無知なる指として。赤くして、悔いなければならない。そうしなければ、他の場所へ行くことはできないのだ。
大きく見たときに、形は似たりよったりだ。突き詰めて記号を削るなら、残るのは限られた図形のみ。それに注ぎ込んだ注釈の色と濃度が、個別の例として論じられるようになる。ならばまず、店売りの型を調べに行かなければならない。暗さのままでは、どうしたって感覚を頼らざるを得ない。その場合は触覚だろうが、この場合は知覚。とてもあやふやで、日と気分に左右されがちなものだ。陽光の角度で結果が変わるのは、冷却ののちに進む段階としてはあまりよろしくない。だから、ある程度自由にふるまえる技法を身に着けなければならなかったのだ。
あれも、あれも、あれも、迷いのない道のように思えた。受容の過程は一方通行で、それはこちらの感覚に過ぎなかったのかもしれない。それとはべつに、醜悪を受け入れる寛容さも鉄則であったのだろう。目につくものがすべてごみなら、袋はいくつあっても足りないからだ。仔細と些細と詳細を、その端のミクロにわたって知ることはなかったのか。それが条件だと思いこんでいた節は、関節に鑑みると否めない。それはあらゆる部分にあり、つまり偏見なくしては、一日と生き延びられなかったのだ。しかし、いまは違う(これは新しい偏見だが)。より奔放なことを捧げ持ち、崇めるべき行為と知ったいまでは。その枠の色や固さ、形を見ないままで、有刺鉄線に皮膚を刺すなとふてくされるのはばかだ。たったいままで、そうであった。
なかなか難しそうではあるし、じっさい難しいのだろうが、それを習得しなければ、第三過程を見ることすらできないのだろう。おぼろげであっても、行き着く先があるのなら、あとはボウルの中身の質による。賢人の偉業に勇気を授かり、多少の見まねに許しを請う。集めてきたとりどりは、目を刺す光線で迎えた。その色と光、なめらかな線と舌先をしびれさせる味も、安売りのノートを真っ黒に染めていく。下がったように見え、それでも埋められぬ距離があり、セスナに燃料を積んでいく。なんとも贅沢な機械だ。しかし、それでこそ快適な空の旅。非売品のチケットは、実在の靄をくぐり抜け、遠い場所の机に落ちる。そのときの音は、乾燥した木に見合うほどだろうか。
やはり、わからないものとなってしまった。ま、ふたつのことを同時にできないと、だいぶ前に伝えていただろうから、許してくれるだろう。実りはないが、種が蒔かれた。それらはだいたいコンクリートに落ちていった。しかし今どき、アスファルトに負ける草もそうそうないのだ。




