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とても現実  作者: 皿日八目
10/24

仮初

 第十回を記念して、彼の家へ祝砲が打ち込まれた。祝砲は南の壁をぶちやぶったが、惜しくも彼の頭をぶっ飛ばすことはできなかった。いきなり側頭部を消されかけ、とうぜんながら彼はあわてていた。

「なんだなんだ。白昼堂々殺人未遂か?」ジャンク品のイスから立ち上がって叫んだ。「逃げるならいまだぞ。おまえらにその気がなくとも、わたしは勝手に死んでしまうかもしれないぞ」


 壁だったもののあわれな山のむこうから、三人の男があらわれた。彼らのかっこうの珍妙さといったら、走馬灯にまぎれ込んでしまいそうなほどだった。一番右の男は腐ったレモンのような香りをただよわせ、それはじっさいに腐ったレモンを頭にかぶっているためであった。右腕には羊の腸らしきものが巻かれ、左腕には蝶の棺らしきものが巻かれていた。およそ百三七個のボタンのような牡丹で止められたシャツは、おおぐま座の形をしていた。残りの二人も彼と同じくらいふしぎなファッションに身をつつんでいたが、それを紹介するとあまりにも行数がかさんでしまうため、やめておく。


「おまえを逮捕しに来たんだ」真ん中の男がいたけだかに言った。「むだな抵抗はよせ」

「へえ、ほんと?」彼(この作品を書き始めたやつ)にはまったく事情がのみ込めず、それでも無理くりのみ込もうとして、気分が悪くなり、結果としてこんな言葉を吐き出してしまった。「くそくらえ※&ども」


 ひどくおぞましい言葉をぶつけられたのにもかかわらず、男たちは平然としていた。それを見て、彼は自分の混乱を恥ずかしく思い始めた。それを打ち払うように、今度は少々ていねいな態度で尋ねた。「わたしの罪状は?」


「窃盗だ」一番左の男が言った。いままで無言であったため、彼は決して喋らぬ石が語りかけてきたように感じ、ぎょっとして飛びのき背後の本棚にぶつかって倒れ創傷を負った。

「せ、窃盗?」彼は痛む頭をさすった。さする手があと三本ほどほしいところだった。彼にとっての重大事とはそれだった。告げられた罪状など、まったく問題ではなかった。なぜなら――「知らないよそんなの」だそうである。


「うそつけ。さんざん文章を書いたではないか」と、真ん中の男。

「文章?」

「そうだ。あの無意味で、つまらなくて、ためにならない、あの文章だ」左の男が言った。

「あんた方のせりふのほうがつまらないぞ」彼はそう言ってから、言葉を訂正した。「いや、というか、この話そのものがだな」のんびりと立ち上がり、掃除のサボタージュの証明たるズボンのほこりをはらい、汚染された手を打ち合わせながら、三人をにらみつけた。


「さあさあ。もうちょっとユーモアをみがいてから来るんだったな。申し訳ないが、これ以上おまえらをのさばらせておくわけにはいかない。もう千文字以上も、まったくつまらなくて、無益で、無味乾燥の、おまえらとの会話に使ってしまったんだ。失せろ」


 斜塔の角度で静止していたイスを元にもどし、座り直すと、さて続きを書くかと机にむかった。そんな彼のこめかみに、じっさいに見たことはないし、触ったこともないけれど、いろんな作品で見て知っている、暴力的で、あまり好ましくなくて、たいてい窮地を演出するためにもちいられる、あの道具が突きつけられた。


「いいもの持ってるじゃないすか」〇.五ミリ先の銃口を意識しないようにしながら(ついでに背中や頭皮や腹部に流れ始めた冷汗も)、おだやかに。「前から一度、刑務所に行ってみたいと思ってたんですよね」


 彼はけっきょく、三年の時を刑務所で過ごした。そのあいだ、ずっとこの話の落ちがどうなるかを考えていたが、それは三年程度の時間で気づけるものではないと、二年十一か月目に気づいた。刑務所での暮らしは、想像していたものとはまるで違っていた。あのあと彼は、三人に壁の外へ連れ出され、不審な車に乗せられ、国道を二時間東へぶっ飛ばし、三回切符を切られ、運転手は常習犯であったため、そのまま別の場所へ連れて行かれ、他の二人は運転ができなかったため、徒歩で歩くはめになり、歩きはじめた三分後にトラックに轢かれ、目が覚めると鉄格子のなかだった。


 ここでは毎日、飴を作る作業をさせられた。看守は大きなツキノワグマで、彼は最初に見たとき恐怖を感じたものだが、それは半分間違いで、半分正しかった。というのも、このツキノワグマは作業を怠ける囚人にも決して怒鳴らず、ただ優しく肩を叩くのみで済ませてくれるが、ツキノワグマの優しさは少々人の身には重く、その囚人はずっと右肩を欠損したまま過ごさなくてはならなかったからだ。彼は身震いして、必死に飴を作り続けた。


 飴の作り方も、一般的なものではまったくなかった。囚人たちは朝早く、外に出される。そこには果てしなく広がる草原があり、その草はすべて青色だった。その草をざくざくと踏みながら歩いていると、たまに頭上から飴が降ってくる。これを集めることが、この刑務所の飴作りであった。


 最初は作り方がわからず、むやみに草原をうろついては途方に暮れていた。看守は何も教えてくれなかったのだ。ツキノワグマが言葉を話せるはずはないので、それも無理のないことだったが。しかし飴の集まりが悪いと、熱心に作業に従事していなかったと見なされ、強烈な優しさをぶちまかされる恐れがあった。どうしても、たくさんの飴を集めたかった。そこで彼は、天から飴が降ってくる条件を探し始めた。手がかりは雲の様子と、足元の草である。最初は、葉が三角の草を踏むことが条件なのかと思われた。しかし、踏んでも飴が振らない三角草もかなりあった。これでは適当に歩くのと変わらない。もっと別の条件があるはずだ。そう思い直した彼は、ふたつ目の発見をする。空を見ていると、いつもうろこ状になっている部分がある。そこはたいてい遠い場所にあるので、だれも草を踏みに行かない場所だった。気をひかれ、彼が踏みに行くと、いままでにないほどたくさんの飴が降ってきた。しかしあまりにも大量に降ってきたため、彼は生き埋めになり、間もなく窒息した。


 目が覚めると、彼はまた鉄格子のなかにいた。今度は別の刑務所だった。そこではパンを作らされた。作り方は飴とまったく同じだった。つまり草を踏むと、パンが落ちてくるのである。そこでの死因もまったく同じだった。


 目が覚めると、また別の刑務所だった。そこで作らされたのはジュースだった。作り方はパンと全く同じだった。つまり生地をこね、かまどで焼き上げるのだ。彼はそこで一番長く働いた。まじめな働きぶりを認められ、ある時、刑務所を一週間出ることを許された。監視には看守の娘がついた。看守はライオンであったが、娘は人間だった。彼が話しかけてもなにも言わず、眉ひとつ動かさなかった。刑務所の外に出るのは初めてだったが、あるのは寂れた街がひとつだけだったので、彼はがっかりした。どこの店もうらぶれ、蜘蛛の巣がかかっていた。空腹だったため、食料品を売ってそうな店に入ると、血相を変えた主人に追い返された。人からこんな扱いを受けたのは生まれてこのかたなかったため、少なからず傷ついた。他の店も同じだった。彼は早く刑務所に戻りたいとさえ思った。どこにも行く場所はなく、出口は夢のまた夢であるかのように思われた。街の中央にあるだれもいない公園の、腐ったような水をたたえた池のそばのくたびれたベンチに、彼は横になった。そのときはじめて、この場所に太陽がないことに気がついた。いつも日没間際のような明度を、この世界は保っていた。しかし日の光がないので、かけらほどの美しさもなかった。彼は涙した。おざなりの重力にしたがって、それは彼の頬をつたい、ベンチの干からびた座に落ちた。


 いまが昼なのか、夜なのかさえわからなかった。しかし、どうでもいいような気持ちにもなっていた。彼は地球で言うところの三日三晩、そのベンチから動かなかった。そして四日目、急に気がついた。「あっ」。「監視の娘がついていたっけ」。それに気づけた理由は、かたくなに閉ざした目を開いてみると、目の前に彼女の顔があったためである。その時の彼の視線は、彼女に初めて動揺をあたえた。頬が赤くなったのだ。彼女は急いで身を引き、彼の視野から姿を消したが、一瞬見た彼女の顔は、決して消えぬ像として彼の網膜に焼き付いた。思えば、ずいぶんかわいい子だった。どうしていままで気づかなかったんだろう。……あら? ここに来てから、何回もそんなことを考えた気がするな。ほら、また。何回気づいたんだろう。それだけ気づいたってことは、それだけ見過ごしていたってことなんだろうな。彼はそんなことを思う自分におどろいた。いままでにない感情だった。うまく表現してみようとしたが、自身の力量では不可能と知り、娘に尋ねてみた。すると彼女も知らないと答えた。わからないことがあると、人間はもやもやするものだ。そこでふたりは、街の図書館を訪ねることにした。もう誰も管理していないから、追い返されることもないと、彼女は言った。


 図書館は街のはずれにあり、そこに辿り着くずいぶん前から、ひとつの建物も見当たらなくなっていた。だから図書館が本当にそこにあるのか、彼は不安に思ったが、娘の足取りは相当な自信に満ちていたため、それを疑っているかのような自身の感情を恥じた。そして彼女の自信は正しかった。荒れた丘を越えると、唐突に四角い建物があらわれた。「ここが図書館よ」ずっと丘を上っていたのに、娘は息ひとつ切らしていなかった。彼はその声に、あえぎ声で応答するしかなかった。


 崩れかかった石のアーチを、おっかなびっくりくぐり抜け、半分くだかれ半分曲がったガラスの扉を押し開けた時、彼は息をのんだ。外観からは想像もつかないほど、多くの本がそこには収蔵されていた。書棚の巧みな配列により、蔵書の達人の収納により、実現したものに違いなかった。時間を忘れて、ふたりは本棚を探った。数え切れないページを開き、無数の棚に手を伸ばした。そしてとうとう、目指していたものを見つけた。それはとても尊いもので、ここに書くことすら畏れ多いものだった。しかし、ふたりは間違いなくそれを知ったのである。


 以上。

 病院のベッドで見る夢にしては、なかなか上出来なものと言えないか?



 

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