エピローグ
王都よりはるか西に位置するその町には、丘の上にそびえ立つ立派な赤土の城塞があった。その城の頂きにある望楼からは、四方にどこまでも広がる荒野が見渡せる。西には隣国、そして東にはかつて過ごした王都。広い大地を今にも沈みかけた夕日が赤く染める光景を、新しき城の主は静かに見下ろしていた。
「あのお方、以前は近衛連隊の隊長殿でいらしたそうだな」
「問題を起こしてこんな辺境地に送られたらしい。いったい何をしでかしたんだろうな」
あちらこちらから、そんな声が聞こえてきた。新しい領主を迎えてもう約1年の月日が流れていた。しかし、未だ騎士たちも使用人たちも手放しで歓迎をしてはいない。思った以上の風当たりのきつさを感じながらも、しかし、ロザリー・ディノワールは凛とした表情を崩さなかった。こんな陰口は慣れたものだ。ましてや女領主など、物珍しさに誰だって指を差したくなるものだ。
そんな気持ちでいたロザリーの堂々とした振舞いを、前領主の側近であった騎士、ライナスは感心したように見つめていた。前領主が病死した後、長らく不在であった領主の代わりにずっとこの土地を治めてきた壮年の男だ。ロザリーよりも倍以上の人生を経験してきたその目は、彼女の本質をすぐに見抜いていた。
「ライナス。昨今の隣国の様子はどうだ?」
「そのことでございますが、ロザリー様。先月国王が崩御され、皇太子と数名の王子の間で争いが起きたそうです」
「争い…。王の座を巡ってか」
「ええ。その後、皇太子を退けて即位されたのが第三皇子。優秀ではございますが、国土を広めることに最も意欲的な王子のようです」
「ならば、この国の脅威となることもあり得るのだな」
眉を寄せたロザリーに、ライナスは静かに頷いた。就任して1年足らずで、このような事態に直面するとは思わなかったロザリーだが、ライナスには思う節があった。もしかしたら彼女がここへ送られた背景には、そのような隣国の動きをすでに察した事情があったのかもしれないと。
「ロザリー様、そのことに関係する文書が宰相殿から届いております」
イリオスの顔を思い浮かべたロザリーに、ライナスはその書状を手渡しながら言った。
「この城塞は国防の要。隣国の侵攻があった時には第一の砦となる城でございます。それゆえ、今より強い兵力の育成が急がれるとのこと」
「そうか…。急ぎ騎士たちの育成にとりかかろう」
「御意。それからもう一つ、宰相殿からのお達しがございます」
「何だ?」
「騎士たちの育成にあたり、新たな騎士団長をこちらへ送り込まれると」
「新たな騎士団長…?」
「ええ。すでにこちらに呼んでおります。どうぞ、こちらへ」
そう言って手を指し示すライナスに、ロザリーは小首を傾げる。彼女の視線の先に、現れたのは黒衣を纏った一人の男。大地に落ちようとする大きな日を背に受けて顔こそ見えないが、上背のあるそのシルエットの立ち姿の美しさに思わず息を飲んだ。目を細めるロザリーの元へ、ゆっくりと歩み寄る影。どうしてだろうか。なぜかその足音を聞いているだけで、胸がざわついた。
「立派な城ですね。まさにこの国の防衛の要となるに相応しい、素晴らしい城塞だ」
ふいに発せられた、低い声。その響きを耳にした瞬間、ロザリーは心が震えた。近付いてきたその男は、顔を伏せたままその場に片膝を折る。そして、忠誠を表すその姿勢を保持したまま、男はゆっくりと顔を上げた。
「そして、この城に相応しい領主様のご就任、心よりお祝い申し上げます」
伸びてきたその手が半ば強引に、ロザリーの手を取った。そしてその白い甲に、そっと口付ける。永遠の忠誠を約束する、誓いのキスを。
王都よりはるか西の、広大な赤土の大地がどこまでも広がる辺境地。華やかさや豊かさからかけ離れたこの場所で、新たな主従関係の物語が始まろうとしていた。




