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8話 偶然から始まる、勇気

(-.-;)y-~~~

はじまり、はじまり

ヨナの頭の中には、さっきまで読んでいた物語が浮かんでいた。


小さな火の精霊。

泣き虫な水の精霊。

自由気ままな風の精霊。

無口な岩の精霊。

花の姿をした小さな精霊。


みんな姿も性格も違っていた。


喧嘩もした。

笑い合いもした。

時には泣いて、最後には笑って別れていった。

それでも、どの物語にも共通していたことがある。


「出会えてよかった。」


その想いだけは、どの魔術師も、どの精霊も同じだった。「いいな……」


自然と口から言葉が漏れる。

精霊と旅をする毎日。

隣で笑い合える相棒。

家へ帰れば「おかえり」と迎えてくれる誰か。

失敗すれば笑って励ましてくれる誰か。


そんな存在は、ヨナにはいなかった。


静かな部屋。

一人で食べる食事。

一人で迎える朝。


それが当たり前だった。


だからこそ、本の中の魔術師たちが少しだけ羨ましかった。「僕にも……」

そこまで口にして、照れくさそうに笑う。

「……こんな出会いがあったら、楽しそうだな」

その小さな願いは、誰にも届くことなく静かな部屋へ消えていった。


ヨナはもう一度、魔導書の最後のページへ視線を落とした。


そこに描かれていたのは、精巧な術式。

幾重にも重なる線と文字は、まるで生きているかのような美しさだった。


術式の周囲には、小さな文字がびっしりと書き込まれている。「えっと……」

指先で一文字ずつ追いながら、ゆっくりと読み進める。


そこには、召喚術の手順が丁寧に記されていた。

必要なのは、術式を描くこと。

そして、術者の魔力を術式へ流すこと。


「意外と簡単なんだ」

もっと大掛かりな儀式を想像していたヨナは、少し拍子抜けする。

何十人もの魔術師が必要だったり、貴重な触媒を集めたり。

そんなものだと思っていた。


けれど、この本には何も書かれていない。

「これなら、僕にも……」

言いかけて、首を横に振る。


「いやいや、だからできるわけないって」

自分で言って、自分で笑う。


その時だった。


ページの隅に、今まで気付かなかった小さな文字が浮かび上がる。


ーーーーー


召喚は始まりに過ぎない。


真の契約は、互いが心を通わせた時に結ばれる。


ーーーーー


「心を通わせた時……?」ヨナは首を傾げる。

召喚しただけでは終わりではない。

けれど、その先については何も書かれていなかった。


「まあ……」ヨナは苦笑する。


「会えもしない相手のことを考えても仕方ないか」


そう呟いて本を閉じようとした、その時。

最後の一文が目に入る。


ーーーーー


出会いとは、いつだって偶然から始まる。


その一歩を踏み出す勇気さえあれば。


ーーーーー


「……」ヨナはしばらくその言葉を見つめていた。


そして、小さく笑う。「やるだけ、やってみようかな」

その一言は、誰かに聞かせるためではない。

自分自身の背中を押すための、小さな決意だった。


ヨナはゆっくりと立ち上がる。

「…よし、やってみよう」

そう呟いた瞬間、不思議と迷いは消えていた。

決心が鈍らないうちに始めよう。


部屋を見回し、自然と床へ視線が向く。

「術式を描くなら……ここかな」


机の上では狭すぎる。

ベッドの上は論外だ。

ヨナは部屋の中央へ歩き、床に散らばっていた荷物を片付け始めた。



「よし」

何もなかった床が、ようやく広く見えた。


ヨナは魔導書を開き、召喚術式と床を何度も見比べる。「これを、そのまま描けばいいんだよね」


問題は道具だった。

机の引き出しを開け、小箱を漁り、棚の奥まで探す。

「どこにやったっけ…」


しばらくして、短くなった白い石筆を見つけた。

「こんなところにあったんだ」

手のひらほどしか残っていない。

それでも、術式を描くには十分そうだった。


ヨナは床へしゃがみ込み、本を見ながら慎重に石筆を走らせる。


一本。

また一本。

線を引いては本を見る。

文字を書いては、もう一度見比べる。


「うわっ……細かい」思っていた以上に複雑だった。


円の大きさ。

文字の向き。

一本一本の線。


少しでも違えば失敗しそうな気がして、自然と肩に力が入る。「ここ、少し曲がったかな……」


気になって描き直そうとする。

けれど、一度引いた線は簡単には消えない。

「……まあ、これくらいなら大丈夫、だよね」

誰に言い訳するでもなく、小さく笑う。


それからさらに数十分。


最後の一本を描き終えると、ヨナはその場へ座り込んだ。


「……できた」


本と見比べる。

多少歪んでいる気もする。

「…たぶん、大丈夫」

ヨナはそう自分に言い聞かせ、小さく息を吐いた。


部屋の中央に描かれた召喚術式を見つめながら、ヨナは膝を抱えるように座った。


「いよいよか……」ここまで勢いで進めてきた。

けれど、完成した術式を前にすると急に現実味が湧いてくる。


本当にやるのか。

もし成功したら。

もし、とんでもないことが起きたら。

そんな考えが次々と頭をよぎる。


「……いや」


ヨナは苦笑した。「成功するわけないか」


ムーブひとつ、まともに成功させられなかった自分だ。


魔術師として生きてきたわけでもない。


魔導雑貨店で働く、ごく普通の少年。


そんな自分が、古びた魔導書に載っていた召喚術を成功させるなんて、考えてみればあり得ない。


「せいぜい、一瞬光って終わりだよね」

そう言って笑う。

けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。

心のどこかで、本当に何かが起きることを期待している自分がいる。


ヨナは魔導書を開き、最後の一文へ視線を落とす。


ーーーーー


出会いとは、いつだって偶然から始まる。


その一歩を踏み出す勇気さえあれば。


ーーーーー


「……」


本当に、やるのか。

成功する保証なんてない。

むしろ失敗する方が普通だ。それでも。

「ここまで準備しておいて、試さない方が後悔するよね」


ヨナは術式の前へ座り直す。

一度だけ大きく深呼吸をした。


「よし」


その小さな一言は、誰に向けたものでもない。

自分自身の背中を押すための言葉だった。


召喚術の手順をもう一度確認した。

「術式に手を添え、魔力を流す……」

静かに読み上げる。


難しいことは書かれていない。

問題は、その”魔力を流す”という感覚だった。


「魔力を流すって言われても……」

ヨナは自分の両手を見つめる。


思い出すのは、魔導雑貨店の倉庫でムーブを使おうとした時のこと。

あの時は焦ってしまい、魔力をうまく扱えなかった。


「確か……体の奥を意識して」


目を閉じる。

ゆっくりと息を吸い、静かに吐く。

そして、体の奥にある小さな熱を探すように意識を集中させた。


「これ……かな」

ぼんやりとした温かさを感じる。

その感覚を逃がさないよう、両手へ集める。


「今度は焦らない」

ヨナはそっと術式へ両手を添えた。


「……いきます」

意識した熱を、水を流すように少しずつ術式へ送り込む。


最初は何も起きない。


部屋は静まり返ったままだ。「やっぱり…」


その瞬間だった。

術式の一角が、かすかに光る。


「えっ?」ヨナは目を見開く。


淡い光はすぐに消えてしまった。

「今……光った?」


見間違いかもしれない。

そう思いながら、もう一度だけ魔力を流してみる。

さっきより、ほんの少しだけ慎重に。

すると今度は、術式全体へ淡い光がゆっくりと広がっていった。


「うわっ……!」思わず両手を離す。


だが。


消えなかった…光が消えなかった。

「え……?」


術式が、まるで呼吸をするように脈打ち始める。

その中心へ、ヨナの魔力が吸い込まれていく。


「ちょ、ちょっと待って!」

慌てて手を引く。

術式から距離を取る。

それでも魔力は止まらない。

目には見えない何かが、自分の中から引き出されていく。


「なんで……!?」

ヨナの鼓動が一気に速くなった。


術式の輝きは、さらに強くなる。

床へ刻まれた一本一本の線が淡く光を帯び、文字の隙間を光が駆け巡っていく。


部屋の空気が震えた。


カタカタ……

窓ガラスが音を立てる。


「え…」ヨナは息を呑む。


魔導書が、ひとりでにページをめくり始めた。


パラ……


パラパラ……


風はない。

窓も閉まっている。


それなのに、本だけが何かに導かれるようにページをめくっていく。

やがて最後のページで止まった。


そこに記された言葉が、淡く光を放つ。


ーーーーー


出会いとは、いつだって偶然から始まる。


その一歩を踏み出す勇気さえあれば。


ーーーーー


その瞬間。


術式の中心が、ゆらりと波打った。


「……っ!」


床に描いたはずの術式。

その中心だけが、水面のように揺れている。

静かな波紋が、一つ。

また一つと広がっていく。

部屋の空気が重くなる。

息が詰まるような圧迫感。


ヨナは思わず一歩後ずさった。


「これって……」


波紋の奥。

暗く揺れる水面の向こうで、

何かがこちらへ引き寄せられている気がした。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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