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6話 読めなかった本

(( _ _ ))..zzzZZ

はじまり、はじまり

アパートの階段を上り、自室の扉を開ける。


「ただいまー」返事はない。


静まり返った部屋に、自分の声だけが小さく響いた。

いつものことだ。


ヨナは苦笑しながら鍵を掛け、右手に持っていたパンを机の上へ置く。

続いて、露店で買った古びた魔導書も隣へ置いた。


「さて」

靴を脱ぎ、椅子に腰を下ろす。


机の上には焼きたてのパンと、年季の入った魔導書。

何とも不思議な組み合わせだった。


「いただきます」パンを一口かじる。

外は香ばしく、中はふんわりと柔らかい。


「うん、おいしい」

やっぱり、この店のパンは裏切らない。


肉は食べられなかったことは、残念だったが不思議と後悔はなかった。

ヨナはパンをかじりながら、隣に置かれた魔導書へ目を向ける。


題名は読めない。


何が書かれているのかもわからない。

それでも、あの本だけは置いて帰る気になれなかった。

あの場で手を離そうとした瞬間、胸の奥がざわついたのを思い出す。

理屈ではなく、何かを逃してはいけないという感覚。


危険かもしれない。

面倒ごとに巻き込まれるかもしれない。


そんな考えが一瞬頭をよぎった。


それでも、気が付けば指先は本をしっかりと掴んでいた。

まるで、本の方が自分を離したくないと言っているような、不思議な感覚だった。


「変なの」ヨナは小さく笑う。


パンを食べ終え、紙袋を丸めてゴミ箱へ放る。


ぽすっ。


綺麗に入った。

「おっ」思わず笑みがこぼれる。

今日は朝から何をやっても上手くいく。


そんな一日だった。

ヨナは満足そうに頷くと、机の上の魔導書へそっと手を伸ばした。


「……さて」


「君は、一体何の本なんだろう」


ヨナは魔導書を両手で持ち上げた。

思っていたよりも重い。

古びた見た目のわりに、ずっしりとした重みが手のひらへ伝わってくる。


「何年前の本なんだろう」


表紙を撫でる。

革はひび割れ、ところどころ擦り切れている。

長い年月を経てきたことだけは伝わってきた。


「題名も読めないし……」


表紙には文字らしきものが刻まれている。

だが、ヨナが知るどの言語とも違っていた。


魔術文字でもない。

英語でもない。

記号のようにも見える。


「外国の本かな」


首を傾げながら、ゆっくりと表紙を開く。


パラリ。古い紙の匂いがふわりと漂った。


「おぉ……」


ページは黄ばんでいるものの、不思議と傷みは少ない。

インクもほとんど褪せていなかった。


だが――「読めない」


そこに並んでいたのは、表紙と同じ見たこともない文字だった。


一文字も読めない。


何が書いてあるのか、まるで見当もつかない。


「やっぱり外国の本かぁ」少しだけ肩を落とす。

せっかく買ったのに読めないのでは意味がない。


「失敗したかな……」そう呟き、本を閉じようとした。


その時だった。

ページの文字が、ゆらりと揺れた気がした。


「……え?」


ヨナは思わず目をこする。

見間違いだろうか。

もう一度ページを見る。

文字は何事もなかったかのように並んでいる。


「疲れてるのかな」

苦笑しながら、もう一度ページへ視線を落とした。


その瞬間。


読めなかったはずの文字が、ゆっくりと形を変え始めた。


「……え?」


ヨナは目を疑った。

黒いインクで綴られていた文字が、水面の波紋のように揺らぎ、少しずつ見慣れた文字へと姿を変えていく。


「うそ……」思わず本を顔へ近付ける。

見間違いではない。

さっきまで意味の分からない記号だったはずの文字が、確かに読める。


「なんで……?」理由は分からない。

けれど、不思議と怖くはなかった。

むしろ、続きを読みたいという気持ちの方が強かった。


ヨナはゆっくりと最初の一文へ目を落とす。


ーーーーー


これは、ある魔術師と一体の精霊が出会い、旅をした記録である。


ーーーーー


「物語……?」

もっと難しい魔術書のようなものを想像していた。

だが、書かれていたのは術式でもない。


一人の魔術師の日常だった。


『私が彼と出会ったのは、十六歳の春だった。』


『召喚に失敗したと思った次の瞬間、目の前に現れたのは、手のひらほどの小さな火の精霊だった。』


思わず笑みがこぼれる。「かわいいな」


ページをめくる。

そこには精霊との何気ない日常が綴られていた。


一緒に食事をしたこと。

喧嘩をしたこと。

迷子になったこと。

旅先で人を助けたこと。


まるで童話を読んでいるようだった。

その中には、自然とこの世界のことも書かれている。


精霊は霊層界から召喚されること。

人間は魔術を使い、精霊は魔法を操ること。

召喚された精霊は契約者と共に旅をし、ときには家族のような存在になること。


その魔術師が経験した思い出として綴られていた。


「面白い……」

ヨナは時間も忘れ、夢中でページをめくり始めた。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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