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3話 ヨナの失敗だらけの一日 その3

ᕦ(ò_óˇ)ᕤ

はじまり、はじまり

「ったく……」


店長の説教を受けた後、ヨナは店の裏口にある休憩スペースで昼休憩を取っていた。昼食は安売りのサンドイッチ、半額シール付き。素晴らしい、財布にも優しい。


「うまい」


もぐもぐと食べていると、同僚のベンが缶コーヒーを片手にやってきた。


「隣いいか?」


「どうぞ」


ベンは椅子に腰掛け、開口一番言った。


「また怒られてたな」


「今回は僕悪くないと思うんだけど」


「倉庫吹っ飛ばしといて?」


「うん……」


反論できなかった。ベンは缶コーヒーを飲みながら苦笑する。


「お前、本当に面白いな」


「面白くないよ」


「店長の胃には悪いけどな」


「それはそうかも」


二人は少し笑った。


しばらくしてベンがふと思い出したように言う。


「そういや、お前って十五だったよな?」


「うん」


「同い年の奴らは今頃学校か」


「だろうね」


ヨナはサンドイッチをかじる。特に気にした様子もない。ベンは少し首を傾げた。


「行きたいと思わないのか?」


「学校?」


「そう」


ヨナは少し考え、正直に答えた。


「行けるなら行ってみたかったかな」


「へぇ」


「でも働かないと家賃払えないし」


さらりと言う。ベンは何とも言えない顔になった。


「まあ……それもそうか」


「うん」


ヨナはサンドイッチの最後の一口を飲み込み、それから何気なく呟いた。


「学校ってどんな感じなんだろう」


「え?」


「楽しいの?」


ベンが目を瞬かせる。


「お前、学校行ったことないのか?」


「小さい頃だけ」


「そうか……」


少し気まずい空気が流れた。ヨナは気付いていない。ベンは何か話題を変えようとして、そして失敗した。


「親とかは?」


「いないよ」


さらり。本当にさらりだった。まるで今日の天気を答えるみたいに。ベンは固まる。


「あー……悪い」


「なんで?」


「え?」


「なんで謝るの?」


ヨナは本気で不思議そうだった。ベンは返事に困る。ヨナは昔からそうだった。辛いことを辛いと言わない、寂しいことを寂しいと言わない。ただ当たり前みたいに受け入れている。それが少しだけ気になった。


だがヨナ本人はそんなことより重要な問題を思い出していた。


「そういえば給料日って明日だっけ?」


「切り替え早いな」


「いや、お腹空いてるから」


「今食っただろ」


「あれ昼ご飯だし」


「昼ご飯だな」


「夕飯は別だよ」


ベンは呆れたように笑った。やっぱりこいつはいつも通りだった。




昼休憩が終わった後、ヨナは驚くほど真面目に働いていた。接客をする、失敗しない。掃除をする、失敗しない。商品の補充をする、失敗しない。


店員たちがざわつき始めた。


「おい」とベンが小声で言う。

「今日のヨナどうした?」


「さあ……」別の店員も首を傾げる。

「逆に怖いな」

「わかる」


遠くで店長も怪訝そうな顔をしていた。


「聞こえてますよ!」ヨナが抗議する。

「失礼だなぁ。僕だってやる時はやるんです」


「その台詞、今まで何回聞いたかな」とベンが笑う。店長も腕を組んだ。


「今日は何回怒られた?」

「一回です」

「倉庫爆発」


「……一回です」


店員たちが吹き出した。


閉店まであと一時間。


「ヨナ」


「はい?」

「在庫確認」

店長が棚を指差した。「上段のランプ数えとけ」

「了解です!」


在庫確認くらいなら問題ない。店長もそこまで馬鹿ではなかった。


ヨナは脚立を持ってきて棚の前に立つ。

「よいしょ」

一段、二段、三段と慎重に登る。珍しく順調だった。


「えーっと……」棚に並んだ魔導ランプを確認する。一個、二個、三個、四個。「よし」


その時だった。少し身を乗り出した拍子にバランスが崩れる。脚立がぐらりと揺れた。


「あ」


ヨナの手が棚に当たり、高級魔導ランプが傾く。落ちる。ゆっくりと、本当にゆっくりと、全員の視線を集めながら落ちていく。


「あ」とヨナが言い

「あ」と店長も言い

「あ」と近くの店員も言った。


次の瞬間、ベンが動いた。

「っと!」床を蹴り、飛び込み、両手を伸ばす。

そして――パシッ。魔導ランプを受け止めた。


店内が静まり返る。


「……」「……」「……」


数秒後、「おおおおお!!」と拍手が起こった。

「すげぇ!」「ナイスキャッチ!」「やるじゃんベン!」


ベンはランプを抱えたまま大きく息を吐く。「危なかった……」


ヨナは目を輝かせた。「ベンすごい!」

「お前がすごくないんだよ」即答だった。店員たちがまた笑う。


店長も珍しく感心したように頷いた。「よくやった」


「ありがとうございます」


「ベンはな」


「ですよね」


ベンは慣れていた。


一方その頃、ヨナは安心していた。良かった、何も壊れなかった。今日はここで終わりだ――そう思った。


だから気付かなかった。自分がまだ脚立の上にいることに。


「あ」


足を踏み外した。ガタンッ!


「うわぁっ!?」派手な音を立てて床へ落ちる。店内が再び静まり返った。


「……」「……」「……」


ヨナは仰向けのまま天井を見上げていた。痛い。すごく痛い。


数秒後、店長が額を押さえた。

「ヨォォォォナァァァァ!!」


「今回は何も壊してないですよ!?」


「そういう問題じゃねぇ!!」


店内に笑い声が響く。


結局、ヨナは最後までヨナだった。


閉店の鐘が鳴った。今日の仕事は終わりだ。


「お疲れ様でした!」

ヨナは元気よく頭を下げる。店員たちもそれぞれ帰り支度を始めていた。


「お疲れ」ベンが軽く手を上げる。

店長は帳簿を閉じながら言った。

「明日は倉庫爆発させるなよ」


「一日に二回も爆発させませんよ」

「一回は認めるんだな」とベンが突っ込む。


「そこは認めます」


「認めるのか」と店長がため息をついた。


ヨナは笑いながら店を出る。

「それじゃまた明日!」

「遅刻するなよ!」

「善処します!」

「する気ねぇな」


背後から笑い声が聞こえた。



夕暮れのロンドンを歩く。空は赤く染まり始めていた。仕事帰りの大人たち、学校帰りの学生たち、家族連れ、恋人同士。街は賑やかだった。


ヨナはそんな人たちを横目に見ながら歩く。特に何か思うわけではない。ただ眺める。それだけだ。


ふと財布を取り出す。中には小銭が少し。紙幣はない。

「うーん……」

給料日まではあと少し。贅沢はできない。

「パンかなぁ」

しばらく悩む。

「いや、パンだな」

結論は早かった。



帰り道の小さな商店。ヨナはいつものパンを手に取る。店主のおばさんが顔を上げた。


「あらヨナ君」

「こんばんは」

「またパン?」

「パンは裏切らないので」

「もっと良いもの食べなさい」

「給料日が来たら考えます」


おばさんは呆れたように笑った。ヨナも笑う。そしてパンを買い、店を後にした。



アパートへ帰る。古い階段を上り、鍵を開けて部屋に入る。静かだった。朝と変わらない。誰もいない。それが当たり前だった。


ヨナは鞄を床に置き、そのままベッドへ倒れ込む。

「疲れた……」

天井を見上げる。薄い染みが三つ。犬みたいな形、ジャガイモみたいな形、よくわからない形。朝と同じ景色だった。


今日一日を思い返す。寝坊した。遅刻した。倉庫を爆発させた。脚立から落ちた。

「今日も失敗ばっかりだったな……」

少し考え、そして苦笑した。

「……まあ、いつも通りか」


ヨナは寝返りを打つ。

窓の外ではロンドンの街灯が灯り始めていた。明日も仕事だ。きっとまた何か失敗する。そんな予感しかしない。それでも、少し眠れば何とかなるだろう。

ヨナはそういう人間だった。


ヨナ・サーストン。

十五歳。

特技なし。

家族なし。

金なし。

そして失敗ばかり。


だけど、この時の僕はまだ知らなかった。

もうすぐ僕の人生が、とんでもなく面倒な方向へ転がり始めることを。

そして、その原因となる精霊が、僕なんかより何倍も面倒な奴だったことを。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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