2話 ヨナの失敗だらけの一日 その2
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はじまり、はじまり
開店から一時間後。ウィルソン魔導雑貨店はそこそこ賑わっていた。ヨナはカウンターで接客をしている。今のところ大きな失敗はない。奇跡だった。自分でも驚いている。
「よし……今日はいけるかもしれない」
そう呟いた瞬間だった。
「あの、店員さん」
「はい!」
振り返った拍子に肘が棚へ当たる。ガタッ。
「……」
「……」
棚の上の商品がゆっくり傾く。落ちる。ヨナは反射的に飛び込んだ。なんとかキャッチ。
「ふぅ……」
安堵した次の瞬間、別の商品が落ちた。ガシャン。
「……」
店内が静かになる。遠くで店長が額を押さえていた。
「ヨナ」
「はい」
「開店一時間だぞ」
「最長記録です」
「威張るな」
店内から笑いが起こった。幸い割れたのは安価な魔導ライトだった。ヨナは急いで片付ける。
「ごめんなさい!」
「気にしなくていいのよ」
声を掛けてきたのは常連の老婦人だった。白髪交じりの優しそうな女性で、月に何度も店へ来る。
「でも本当に…ごめんなさい」
「あなたは相変わらずねぇ」
老婦人はくすりと笑う。
「失敗ばかりしているのに、誰よりも一生懸命だもの」
「それ褒めてます?」
「もちろん」
ヨナは少し照れ臭くなる。すると老婦人は商品棚を指差した。
「魔導ランプの替え石を探しているのだけど」
「あ、それならこちらです!」
今度こそ失敗しない。そう心に誓って案内する。途中で商品の山に足を引っ掛けた。転びかけたが、なんとか踏みとどまった。老婦人が吹き出した。
「ふふっ」
「笑わないでくださいよ……」
「ごめんなさい。でもあなたを見ていると元気になるの」
「それ褒めてます?」
「ええ、とても」
結局その日もヨナは失敗し続けた。だが不思議と、お客たちは怒らなかった。むしろ笑っていた。そして店長だけが頭を抱えていた。
昼前、客足が少し落ち着いた頃だった。
「ヨナ」
店長が倉庫の方を親指で指した。
「はい?」
「裏の荷物整理しとけ」
「了解です!」
ヨナは元気よく返事をした。失敗続きの今日だが、まだ挽回のチャンスはある。接客は駄目だった。商品整理も駄目だった。だが倉庫整理ならどうだろう。少なくとも客の目はない。
「今度こそ完璧にやってみせる」
そう意気込んで倉庫へ向かった。
しかし十分後。
「多いなぁ……」
ヨナは現実を思い知らされていた。積み上げられた木箱の山。中には魔導ランプの替え石や触媒、薬草などがぎっしり詰まっている。
「店長、これ絶対一人でやる量じゃないよね……」
木箱を持ち上げてみる。重い。置く。腰をさする。
「うん。無理」
諦めるのは早かった。だがその時、ヨナの頭に名案が浮かぶ。
「魔術使えばいいんじゃないか?」
現代社会である。わからないことは調べればいい。ヨナはスマホを取り出した。検索欄に入力する。
【重い荷物 運ぶ 魔術】
検索結果が並ぶ。初心者向け生活魔術。引っ越しで役立つ便利魔術。魔術師おすすめランキング。
「便利な時代だなぁ」
その中で目に留まったのが、【移動術式】という記事だった。対象を指定した場所へ移動させる初級魔術。難易度は星一つ。初心者向け。失敗率も低い。
「これだ!」
ヨナは説明を読む。対象を認識する。移動先をイメージする。魔力を流す。以上。
「簡単じゃん」
念のためもう一度読む。さらにもう一度読む。よし、完璧だ。
「今度こそ店長を見返してやる」
ヨナは木箱へ手を向けた。
「移動術式」
足元に魔法陣が浮かび上がる。成功した、そう思った。
次の瞬間だった。
ドゴォォォォン!!
「え?」
木箱が吹き飛んだ。一つではない、全部だ。積み上げられていた箱が弾けるように宙へ舞う。棚が揺れる。荷物が飛ぶ。薬草が舞う。紙束が吹き荒れる。何かが割れる音まで聞こえた。
「うわあああぁぁぁ!?」
倉庫は一瞬で大惨事になった。
数秒後、轟音を聞きつけた従業員たちが駆け込んできた。
「何事だ!?」「爆発!?」「強盗か!?」
最後に店長が現れる。そして煙の向こうを見て固まった。そこには頭に木箱を被ったヨナが立っていた。
「……」「……」
沈黙。ヨナは恐る恐る木箱を外した。
「こんにちは」
「こんにちはじゃねぇ」
店長の声が低かった。とても低かった。
「何した」
「検索しました」
「聞いてねぇ」
「移動術式です」
「なんで倉庫が爆発してる」
「そこまでは検索結果に書いてませんでした」
店長は両手で顔を覆った。その時だった。一人の年配店員が眉をひそめる。
「いや……待て」
皆が振り返る。
「移動術式って、こんな吹き飛び方する魔術だったか?」
「え?」
別の店員も首を傾げる。
「いや、ならないだろ普通。荷物を運ぶだけの魔術だぞ? 倉庫半壊してるじゃねぇか。初めて見たぞこんなの」
ヨナだけがきょとんとしていた。
「そうなんですか?」
「そうなんですかじゃねぇ!」
店長が叫ぶ。そして崩れた棚を指差した。
「問題はそこじゃない!」
店長の顔が引きつる。
「なんで荷物運ぶ魔術で倉庫が爆発するんだ!!」
「僕にもわかりません!」
「俺にもわからん!!」
店長の悲鳴が倉庫中に響き渡る。誰にもわからなかった。当の本人であるヨナにさえわからなかった。ただ一つ確かなのは、ヨナの名誉挽回作戦が盛大に失敗したということだけだった。
「……レビュー高評価だったのになぁ」
「レビューの問題じゃねぇ!」
こうしてヨナの名誉挽回作戦は、見事に失敗に終わったのだった。
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