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【短編集】日常のすき間に潜むもの  作者: めこねこ


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3/13

重すぎる容量

 みなさん、持っていますか。モバイルバッテリー。


 ええ、それです。便利ですよね。


 今や私たちは、スマートフォンの電池が切れることを、まるで自分の呼吸が止まることのように恐れています。だからこそ、それを「生かす」ための予備電源は、お守り以上に手放せない。選ぶ基準は、やはり「容量」でしょうか。ただ、容量が大きいほど、重くなる。


 でも、この世には、もっと重いものが存在しているようです。


 ところで、モバイルバッテリーの仕組みは、ご存じですか。銀色のアルミ膜に包まれた「セル」と呼ばれる充電池と、制御を司る電子基板。それだけが、モバイルバッテリーの全てでしょうか。


 もしかしたら、そうではないのかもしれません。


 これは、私の知り合いの女性――仮にBさんとしましょう――が体験した、ある「重すぎる」愛のお話です。


――――――


 Bさんは、ある地方都市の小さな広告代理店に勤める、二十代の女性です。


 彼女には、マッチングアプリで知り合い、二度ほど会った男性がいました。友達以上、恋人未満。今後の発展を期待している相手で、名前を佐藤といいます(仮名です)。


 佐藤さんはマメで優しく、少し心配性な性格。控えめすぎるほど、穏やかな男性でした。ただ一つ、奇妙な癖がありました。彼はいつも、Bさんのスマートフォンの充電残量を気にするのです。


 初めてデートをした日。カフェで向かい合って座っていたときも、ふとした瞬間に彼女の画面を覗き込み、「あ、もう六十パーセントだね。不安じゃない?」と、自分のモバイルバッテリーを差し出してきました。少し神経質なほどでしたが、彼は確かに、彼女の電池を気にかけていました。Bさんはその配慮を、どちらかというと好意的に受け止めていました。


 三度目のデートのことです。彼が少し照れくさそうに、小さな箱を差し出しました。


「これ、プレゼント。Bさんはよく外回りで歩くから、大容量のやつを選んで、少し改造してみたんだ。特注品というか、ちょっとマニアックな感じで、普通より重いかもしれないけど、その分、性能はかなりのものになったから。……僕だと思って、大切に使ってほしいな」


 スマートフォンが切れると不安だから、肌身離さず持っていてほしい――そう言いながら渡されたそれは、ブランド名もロゴもない、マットな黒一色のモバイルバッテリーでした。手に取ると、驚くほど重い。文鎮かと思うほどに。


「重いね」と笑うBさんに、彼は真顔で答えました。


「愛の重さだよ。それが満タンなら、君はどこへ行っても、僕から離れることはないから」


 少し重い言い回しだとは思いました。でも、お付き合いを視野に入れた男性からの言葉です。彼らしい不器用な優しさだと受け止め、Bさんは素直に受け取りました。


――――――


 その日から、Bさんのバッグには常に、その黒い塊が入るようになりました。


 使い始めてすぐ、Bさんはその性能に驚かされました。スマートフォンを二、三回満タンにしても、バッテリー自体の残量がほとんど減りません。一日中使っていても、四つのLEDランプのうち、一つか二つしか消えない。一晩中スマートフォンを繋ぎっぱなしにしても、翌朝には百パーセントになっているのに、バッテリー側は涼しい顔をしている。


 ただ、気になることがありました。


 充電している間、ずっと「熱」を感じるのです。バッグ越しに接する太ももに、じんわりと伝わってくる、体温程度の熱。低温やけどをするような熱さではない。でも、確かに、温かい。そしてその熱とともに、奇妙な匂いがバッグから漂ってくるのも気になりました。電子機器が焦げる匂いではなく、もっと有機的な、湿った埃と古い油が混ざりあったような、何とも言えない「動物的な匂い」。美容室のゴミ箱から漂ってくるような、と表現すれば、わかるでしょうか。


 (おかしいな……改造しているせい?)


 モバイルバッテリーからの発火事故は、ニュースでも度々見かけます。素人の改造なら、危険性がないとは言えません。不安を感じていると、ちょうど佐藤さんから「バッテリー、役に立ってる?」と気遣うメッセージが届きました。自分を想っての贈り物です。性能には不満がない。もう少し様子を見てみようと、彼女はその熱と匂いを我慢して、使い続けました。


――――――


 熱と匂いが気になり始めた頃、別の違和感にも気づきました。


 モバイルバッテリーに繋いでスマートフォンを机に置いていると、ふと気づくと、画面が点灯しているのです。着信でもなく、通知でもない。まるで自分の意思を持っているかのように、不意にフッと点灯する。


 そんな違和感が続いたある晩、さらに奇妙な現象を目にしました。


 夕食の途中でふとスマートフォンを見ると、通話履歴の画面が開いていました。おかしいと思いながら閉じ、お風呂に入って出てくると、今度は位置情報の設定画面が開いている。しばらくテレビを見て、さて寝ようとスマートフォンを手にすると、過去のメールまでスクロールされている。


 まるで、遠隔で彼女の行動を把握するために、端から端まで確認しているような状態でした。Bさんは気味が悪くなり、再起動してみました。以前も誤作動があり、その時は再起動で直ったからです。


 しかし翌朝、それが誤作動などではないと、わかることになります。


――――――


 翌朝、慌ただしく仕事に出て電車に乗り、いつものようにスマートフォンをチェックしていました。ニュース、LINE、メール――と一通り確認したとき、ふと、メールの下書き欄に「1」と表示されているのに気づきました。送れずに残っているメール? 心当たりがなく、開いてみました。


 送信先のアドレスは空欄。件名も、本文も入っていない。ただ、添付ファイルが一つだけ、付いていました。


 (なんだっけ?)


 拡張子は「.jpg」。写真のようです。なんの写真だろうと開いてみると、ノイズだらけの不鮮明な画像に、見覚えのある部屋が映っていました。そしてその中に、自分の姿が。


 風呂上がりのすっぴん。部屋着でリラックスした様子。撮られていることに、気づいていない。視線はテレビに向いている。それが、何かの陰から覗き込んで撮られたような、歪んだ構図で写し取られていました。


 薄ら寒さを感じながら、昨夜の自分だと気づいた瞬間、Bさんは思わずスマートフォンをつかみ直しました。その拍子に充電コードを引っ張る格好になり、バッグの中のモバイルバッテリーが、床に落ちました。


 ゴツン、と鈍く重い音が、車内に響きました。


 見ると、ケースの一部が破れ、パカッと口を開くように、中身が露出していました。


――――――


 Bさんは急いでそれを拾い上げ、直近の駅で降りて、中身を確認しました。


 マットな黒いケースの内側は、薄い赤色のプラスチックでした。元々のケースは、赤だったようです。中には銀色の膜に包まれた充電池がぎっしりと詰まっており、そこから伸びる配線が、緑の基板に繋がっている。一般的なモバイルバッテリーの構造です。


 ただ、一つだけ――異様なものに、目が釘付けになりました。


 無理に充電池を詰め込んでいるため、プラスチックの引っかかりが削り取られていました。そのままではカタカタとずれてしまうため、緩衝材として、何かが詰め込まれていた。黒い、糸状の物質。いいえ、糸ではありませんでした。


 大量の、髪の毛でした。


 それはケースの内側に、隙間なくびっしりと詰め込まれ、異様なほどに黒光りしていたといいます。


 ヒッと息を呑みながら、ようやく気づきました。あの匂いは、これだったのです。緩衝材として詰め込まれた髪の毛が、充電池の発する熱によって、ずっとあの臭気を放ち続けていた。そう理解した瞬間、吐き気が込み上げ、Bさんはその場に、崩れ落ちてしまいました。


 涙が滲む中、もう一つ、気づいてしまいました。外れたケースの裏面に、白い紙が貼り付けられていたのです。赤黒い文字で、びっしりと、言葉が書かれていました。


『好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。愛してる。愛してる。愛してる。愛してる。Bさん。Bさん。Bさん。Bさん。君の全てを充電したい。君のエネルギーになりたい。君の全てを見ていたい。』


――――――


 Bさんはそれを駅前の植え込みへ投げ捨て、次の電車で会社へ向かいました。


 ただならぬ様子に気づいた同僚が、声をかけてくれました。Bさんは佐藤さんのこと、昨晩のこと、今朝の電車でのことを、すべて打ち明けました。同僚はモバイルバッテリーに遠隔操作や盗撮の機能が仕込まれていたのではないかと指摘し、警察への相談を勧めました。


 冷静さを取り戻したBさんは、証拠として現物を回収しようと、仕事終わりに同僚と一緒に駅へ向かいました。しかし、植え込みに、それはもうありませんでした。


 証拠のないまま警察に相談しましたが、佐藤さんのプロフィールには住所も本名もなく、連絡先はフリーメールアドレス、LINEのアカウントは、すでに削除されていました。目に見える被害の証明も難しく、「何かあれば、証拠と一緒に」という言葉とともに、その日は帰されてしまいました。


 その後、佐藤さんからの連絡は、完全に途絶えました。


 ただ一度だけ。新しいスマートフォンと新しいメールアドレスに替えたBさんのもとに、見知らぬアドレスから、メールが届いたといいます。


『新しいのは、もっと容量を増やしておいたよ。楽しみにしといて。』


――――――


 それ以来、Bさんはモバイルバッテリーというものが怖くて、持てなくなったと言います。


 もし、自分の知らない間に、誰かの「想い」がスマートフォンに注がれていたとしたら。そして、あの熱が、誰かの体温だったとしたら。


 あれほど使っても減らなかったのは――充電池ではない、別の「何か」が、ずっと力を注ぎ続けていたから、なのかもしれません。


――――――


 今、あなたのバッグに入っている、モバイルバッテリー。


 市販品よりも、少しだけ「重い」気がしませんか。


 あるいは――変な匂いが、していませんか。

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