風林火山の続き
内藤修理は法貴山城を出て山中に籠り忍びを使って周囲を探らせている。情報では信平が八上城にいるはずだがどうもおかしい。信平とは逆方向から進んできた内藤は信平の動きが掴めていないのだ。
忍びの報告が届いた。さらに前方で戦になっていると言う。そこには結城の旗印があった。
「ほう、出てきたか。さすがお屋形様の孫だ」
それを聞いた寄居基則という部下が慌てて言います。寄居は上野と武蔵の国境を守る国衆です。
「殿、信平様が劣勢ではありませんか?すぐに駆けつけねば」
「寄居よ、こういう時に焦ってはいかん。ここには今五百の兵しかいない。それにここから信平様がいるところまではまだ距離がある。到底間に合わん。お屋形様は風林火山の旗を気に入っておられたが、その意味はわかるか?」
「はい。疾きこと風の如く、静かなること林の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如しです」
寄居は武田についてからは内藤の懐刀と呼ばれるようになった智慧者です。流石にこれはわかります。
「わしもそう思っておった。ところがあの勘助めがな、それには先があると言うんだ。その先と言うのは、」
難知如陰: 知り難きこと陰かげの如く、
動如雷霆: 動くこと雷霆の如し、
掠郷分衆: 郷を掠めて衆を分かち、
廓地分利: 地を廓めて利を分かち、
懸權而動: 権を懸けて而して動く。
内藤は自慢げに説明した。寄居はそれと今の状況がどう繋がるのかが見えていない。
「腑抜けた顔をしおって。戦術とはこの九つのうちどれかを選ぶのだ。今の局面に一番あったものをな」
そしてその信平は窮地に陥っていた。黒田官兵衛が信平を捕らえようと向かってきているのだ。策を講じてここまで善戦してきたが局面が落ち着けば数で負ける。井伊直政がしんがりを勤め必死に信平を逃がそうともがいている。それを助けようとして山中に潜んでいた出城からの脱出兵が側面から仕掛けたが官兵衛は既にそれに備えていた。何度も同じ策が通用する相手では無かった。奇襲が奇襲で無くなればただの無理攻めになる。そして井伊直政は力尽きようとしている。直政は時間を稼ぎたかった。信平を八上城まで逃さねばならないのです。ここで自分が何かしなければ。幸村、俺はどうしたらいい?頭に幸村のバカにしたような笑い顔が浮かんだ。このやろう、このこんちくしょうめ!そして最後の力を振り絞って大声を上げた。
「ええい、やあやあやあ聞け!聞くが良い。わーーーーーれこそ結城信平様一の家臣、井伊直政である。そう簡単に俺を討ち取れると思うなよ!わっはっは」
朱槍をドンと地にぶつけて仁王立ちをした。それを見て敵はなんだこいつ、と思いながら官兵衛の指示が敵の将を捕えることだったので直政を殺さずに取り囲んだ。結城信平といえば将軍の弟だ。そんな大物がここに居たというのも驚きだが、その大物の一の家臣を捕らえられると兵達は喜んだ顔をしている。それを見て直政はしめたと思った。そのままそこに座り込んで胡座をかいた。俺を殺す気が無くなったのが感覚で伝わったのだ。どうやって時間を稼ぐか、それこそが直政の今やるべき事だったがうまくいったようだ。そしてそのまま縛られて連れていかれた。それを見た波多野は慌てて兵の壁を作った。追手を防ぐためだ。直政が作った間を利用したのです。そして少しの間の後、官兵衛の兵達は結城信平を捕らえようと追いかけようとしたが波多野が作った壁に防がれる。ただ、時間の問題だった。兵力の差は如何ともし難いのだ。ただそれは成功した。目的だった時間を十分に稼ぐことができた。
信平、朽木、波多野はなんとか敵から逃げることができた。残った兵は二百。八上城への登り口まで来てホッとした時に思わぬ出来事が待っていた。
井伊直政は黒田官兵衛の前で座らされている。縄で縛られて猿轡もされている。槍は取り上げられ武器はないが直政の戦いぶりは凄まじかったので万が一に備えてがんじがらめだ。官兵衛は、
「井伊直政と言うのか?猿轡を外せ、話はさせてやろう」
話を聞くのに捕らえたはずだが?直政は不思議に思ったが閃いた。こういう奴はタチが悪い。そう、真田幸村みたいにだ。そういう奴と話すのは慣れている。そして猿轡が取れたので話し出す。
「井伊直政と申す。黒田官兵衛殿とお見受けいたす」
「わしを知っているのか?」
「知らん。知らんが某の主君がなかなかの武将だと褒めておった」
「ほう、そこもとの主君は結城信平で間違いないか?」
「いかにも」
「結城信平といえば武田勝頼公のお子であろう。あのような山城に籠っているとは武田では冷飯を食っているようだな?」
きたきた、俺を怒らせようって作戦と見た。
「いかにも」
「そうなのか?勝頼公は情に厚いと聞くが」
その通りだ。
「いかにも」
「ならばなぜ冷飯を?」
官兵衛も何かおかしいと感じたのか、質問をいかにもで答えられないようにした。直政は全部いかにもで答えようと思ったがそれができなくなってちょっと焦った。さて、どうするか。
「信平様は立派なお方です。立派ゆえに上様と年子で僅かに遅く生まれただけでこの待遇の差を敢えて受け入れておられる」
そういえば年子であった。官兵衛は信平に会いたい気持ちが増えたが、この男にも興味を持った。既に信平は取り逃したというし、山の上まで追いかけていては清正に合流ができない。
「井伊直政殿であったか。其方は結城家は長いのか?」
直政は質問の方向が変わったのを感じた。




