動かざること山の如し
島津の兵五千が山間の支城へ向かっている。奪い返された支城は十箇所、そこに対して兵を分散させた。一箇所づつ攻めるのが確実だが背後を突かれるだろう。今の状態で本隊への攻撃をさせるわけにはいかない。側面からの奇襲で結構兵を失ってしまった。やっと気にしなくていいと思ったら伏兵に支城を奪われる、敵は何者なのか。見事な戦上手である。地の利は向こうにありそうだし厄介はまず封じ込めるに限る。実際は上野から来ている兵で地の利はないのだが島津はそれを知らない。敵の動きから考えても余所者だとは考えられなかった。
島津義久本人は支城では無く後方の敵に向かっている。封じ込めるのは部下でもできるだろう。物見によると敵は味方がいた広場では無く街道を縦長になりこちらに向かって進んできているという。味方を殲滅してすぐに動いたという事だ。そして島津が到着する前に後陣が戦になった。先頭で暴れる女武者がすこぶる強いという噂が聞こえて来た。
「急げ!援軍が来たと大声で伝えよ!」
島津は伝令を走らせた。敵味方関係なく広めるようにだ。味方の士気を上げるのと敵に知らせるのが目的だ。これで敵が下がってくれれば犠牲を少なくできる。ところが敵は怯むどころか攻め手を強くした。女武者が下がり槍部隊が前に出てきたという。味方は応援が来ると聞いて活気づき槍に向かって突っ込んでいく。ところが、
「引け、突け、上げて、叩け!」
掛け声と共に兵が槍を振るい後方と入れ替わる。リズムに乗って槍を振るう兵達。そして清正の兵が倒れていく。槍は叩くのがいいと以前勝頼が言っていたのを生かした戦法だ。この狭い街道では兵は広がって攻撃はできない。そういう場所では有効な戦法だった。清正の兵達はこれでは不味いと一旦引いた。そのタイミングで秋山は自ら槍を振るい前に出た。敵の動きに合わせてこちらの戦法を変える、飛騨の山中で兵達はいつか訪れる戦に備えて訓練を積んできたのです。秋山の周りには護衛の兵も続きます。休んでいた女武者ことおつやも勢いに乗って敵へ突っ込んでいきます。少しすると島津の旗印が現れました。島津は秋山達を見ました。そして、
「あれは、何者だ?」
島津義久は秋山の旗を見たのですが見覚えがありません。九州の島津の知識にはない旗です。それもそのはず、秋山はここのところ戦働きをしていないのですから。関東勢ならまだしも飛騨からずっと出ていない秋山の事を知るわけがないのです。
「わかりません。ですが見事な駆け引き。味方がだいぶやられております」
敵の正体が未だわからない島津に対し、秋山の方は島津の旗印を見てニヤリと笑いました。敵の増援が来たというよりこっちが進んでいるのだから敵の本隊に近づいたのだと思いました。敵の大将の首くらい取らないと山県昌景に笑われてしまいます。そして合図を出しました。
その合図と共に秋山始め敵と乱戦になっていた兵が左右の山中に逃げます。さっきまで槍部隊がいたところに鉄砲隊が並んでいました。
「ダーン!」
一斉射撃です。射撃が終わると槍部隊が前に出ます。その間に鉄砲隊は弾をこめています。鉄砲を撃ち終わったところを狙われるのを防いだのです。ですが、島津兵は前に出てきませんでした。そして倒れた兵を除き清正の兵も島津へ合流して行きます。それを見た秋山は、
「乗ってこないとは」
そして槍部隊の後ろへ引き下がりました。間ができてしまいました。こうなると仕切り直しです。おつやも戻ってきました。
「殿、ご無事で」
「おつやも良い働きであった。もう下がっておれ」
「殿のお側に」
目は一人では死なせないと訴えているようです。秋山は元々生きて帰る気はありません。お屋形様、武田信玄はもうこの世には居ないのです。勝頼、信勝に従ってはいるものの秋山にとってのお屋形様は武田信玄ただ一人、その思いは山県昌景、内藤修理も同じです。山県昌景は病に臥せていて戦働きはできません。だからこそ秋山に手紙を左向けたのです。信玄亡き世に未練なし、ただ武田の為に戦って死にたい。その思いでここまできました。その思いはおつやにも配下の兵にも伝わっています。戦死者に対する勝頼、信勝の補償は手厚いので何も心配なく逝けるのです。
秋山と島津が硬直状態になっています。島津は状況を清正に知らせるべく伝令を走らせました。島津は別に無理して戦わなくてもいいのです。奇襲でなければ負けないのですから。
「敵の数は五千、正体不明だが手強い。そう伝えよ」
秋山は勢いで進むつもりが止められてしまいました。だが焦りません。疾きこと風の如くとは進行速度だけではないのです。風の向きが変われば引くのも止まるのも疾いのです。
「こうなると山だな。ここで動かないとどうなる?」
「殿、動かざる事山の如し。敵をここに止めてどうなるのです?」
「出方を見ようではないか。敵も、それにあいつもだ」
あいつ?




