4-2 ドナドナ
「ああ……ああ……素晴らしい……」
身悶えているハンスは2人から無視されている。
最初はリーンもドン引きしていたが、アリアーデが戦っている最中ですらこの調子だったので慣れてしまった。
「それにしてもアリア様、強くなりすぎですぅ」
「本来の実力を我々に隠しておられましたね。私はこのまま姫様を追います。あとは手筈通りにお願いします」
リーンはラビットに駆け寄って肩の骨折と腕の腱の治療を始めた。
「大丈夫ですか、ラビット様……」
「私は間違っていたのでしょうか」
リーンは戸惑っていた。
アリアーデは、図らずもドワーフ地下帝国へ行くことを示唆した。
ゲームの中のアリアーデも、戦闘にこそならなかったがドワーフ地下帝国に行ってラビットの気持ちを整理する流れになっていた。
「ラビット様は長年耐えていらっしゃいました。ですが、ここで命を失くしても誰も喜びません。今のラビット様はもう昔のラビット様ではありません。アリア様を守る力があります」
「守る力……?」
本来ならドワーフからアリアーデを守る事で自覚する事であり、こんなところでリーンが言う事ではなかったが、レイがラビットを味方につけるべきと判断したのでこの話をする。
「もう誰もラビット様のせいでいなくなったりしません」
「……誰の入れ知恵ですか?」
「えっ」
「私は神の信徒です。私の望みは神に使役されることであり、神の言葉を、罵倒を、鞭をこの身に余す事なく受け取ること。貴方は私の過去など調べて私に何をさせようと言うのですか?」
リーンは倒れそうになった。
大好きな推しが、アリアーデの本当の意味での信者になってしまっていた。
ゲームの中ではこんなことなかったのに……。
あまりの衝撃に何も言えないでいると、ハンスが横からやってきた。
「これは傑作ですねぇ。今のラビット君ならば、殺してあげてもいいですよ?」
ハンスはレイ達の話を聞いた時点でラビットとの戦いは辞めてラビットを先に行かせていた。
ハンスにとってはアリアーデが強くなればなるほど嬲って楽しめるので、ここでアリアーデが死ななければそれで良かった。
「また貴方ですか……。私はもう死にません。神は私の本心を見抜いておられた。であれば、もう偽りはしません」
「それはそれは、おめでとうございます」
立ち上がって歩き出したラビットに、ハンスが拍手でラビットを送り出した。
リーンはその姿を見て慌てた。
「ハンスさん、行かせて良かったんですか?」
「……私の事を知っているからと言って、小娘が馴れ馴れしく私に話しかけてくることを許してはいませんよ?」
「ひっ。申し訳ありません……」
闇夜にハンスと2人きりにされたことの恐ろしさを、リーンはその一言で思い出した。
「そうですねぇ、謝罪の代わりに少し記憶を貰いましょうか」
「えっ……それは……ゆ、許してください!」
リーンは必死に土下座をしてハンスの気が変わるのを祈った。
「お礼にはまだ早いですよ」
いつもと変わらない笑顔で近づいてくるハンスに、リーンは絶望した。
♢
「串焼きの屋台がある!」
私は市民街の繁華街に戻って、色んな店を物色していた。
「アリアだー。どーしたの? こんな時間に」
「あ、ルヴィア。どうしたって……話すと長いけど、要約すると戦闘後で腹ペコって感じかな?」
甘いお菓子を買い込んでいたようで、ルヴィアの両手は塞がっていた。
「ふーん、じゃあこれ食べるー?」
そう言って渡してきたのはぐるぐるキャンディだった。
「ありがと。だけど今は甘い物と言うよりはご飯食べたいんだよね」
だけど、せっかくなので受け取って舐めてみる。
「これ、思ったより美味しいね」
あれ?
体の言うことが効かない。
「あははっ! アリアが引っかかった〜。もっと用心しないとさぁ」
「ふざけ……」
だめだ、喋れない。
邪悪な笑顔のルヴィアが近寄ってきて、手を握ってきた。
もしかして……このキャンディってルヴィアがすでに舐めてた物かもしれない。
間接キスでも支配の魔法にかかるってことは、ルヴィアの魔法も強くなってるってことか。
「ついてきて?」
体が勝手に動き出す。
魔法の制御もできないとかチートでは?
もー、視覚も嗅覚も効いてるから美味しそうな匂いはシャットアウトできないし、これが本当の飯テロってやつか……。
「今日はあの執事もアリアについてないし、何でも出来るね〜」
ウキウキなルヴィアにそのまま別荘まで連れて行かれてしまった。
今日は厄日かも……。
ルヴィアの自室は紫を基調としたインテリアが置かれていて、大人びた印象の部屋だった。
私はといえば、ベッドサイドに座らされていた。
「もう喋っていーよー」
「……」
ルヴィアの本性はクソガキだったのを忘れていた。
会う時はいつもドミニクとセットだったし。
「どうしたのー? もしかして緊張してる? 俺の部屋だから?」
ベッドに押し倒されて、ルヴィアから見下ろされる。
感触はルヴィアに支配されても有効になってるから、ベッドのシーツの肌触りが伝わってくる。
「……」
支配の魔法って、強いけどその分制御が難しいはず。
だから、ルヴィアは私の体の全てではなくて運動神経と魔法回路だけを使えなくした。
それに支配された人間のレベルが高ければ高いほど維持するのは容易ではない、と私は踏んでいる。
となると、魔法解除の近道は……。
「ねぇ、支配の魔法ってどれだけの支配を奪えるの?」
「え? アリアもう忘れたのー?」
「だって支配って言っても、お腹空いたのを止めるとか息を止めるとかいろいろ出来そうじゃない?」
「……アリア、それやってほしい?」
ルヴィアが訝しげにこっちを見てる。
「具体的には五感全てと自律神経……つまり呼吸消化排泄に至るまでの全てとあと心臓の動き。……あ、もしかしてルヴィア、出来ないの?」
「は、はぁ!? 出来るに決まってるしー!」
嘘だね。
さて、実験の時間。
私の全てを奪ったルヴィアは何秒耐えれるかな?
「じゃあ、やってみたら? もし出来たら私の事、好きにしていいよ」
バカにされたと感じたルヴィアは、私の服に手をかけて魔力を全開にした。
「後悔しても遅いから!」
一瞬にして私の意識は闇に落ちた。
♢
私の意識が浮上するまで何秒かかったのかはわからない。
ただ、私の上に気絶したルヴィアが覆い被さっていたから作戦は成功だと思う。
服もそのままだったし、何もされてない。
「はぁ、お腹空いた……」
ひとまずルヴィアを縛ってソファに転がしておく。
油断したなぁ。
何かお仕置きするべきかな?
「アリア!? 俺、どうなったの?」
飛び起きたルヴィアは芋虫みたいに床下に転がった。
「あ、起きた? 多分、頭の処理容量を超えたんだと思うよ」
「これ解いてよー!」
くねくね動いて面白い。
「どうしてこんなことしたの? 別に言ってくれればルヴィアの家に遊びに行ったのに」
「……だって、この方が楽しいでしょー?」
「はぁ、そういうのは求めてない……。しかも途中調子に乗ってたよね?」
「げっ、バレてた……。だって、俺のこと忘れてない? いっつもアリアは遊びの事しか考えてないよ」
うぐ……。
心にストレートパンチくらった。
ニート兼職業遊び人ことアリアーデが通ります〜。
「それについてはごめん。あれ? と言うかなんで私が謝る必要あるの……?」
別にルヴィアのこと忘れてもよくない?
彼氏でもないんだし、ましてや友達だし。
「えっ、アリアは俺のこと大事でしょー? もっと大切にしなきゃダメなんだよ?」
「そ、そうなの? うーん、友達付き合いって難しいな……」
前世ではリア友少なかったし、顔を見た事ない友達は多かったけど距離感がわかんないんだよね。
「はぁ、頼りないなぁ。わからなかったら俺に聞きにくる事。いーね?」
「まぁ、考えとく」
じゃ、帰りますか!
パンパンとお尻を払って、バルコニーの扉に手をかけた。
「ちょっとアリアー! これ解いてって!!」
……お腹空いたなぁ。
♢
「ふぅ、酷い目に遭った……」
私の館に帰ってきたものの、最悪なのは屋台がもう閉まってて何も食べてない事。
「姫様、お帰りが遅くて心配しておりました」
「レイ、ただいま。こんな時間だけど夜食作ってくれない? ご飯食べそびれちゃって」
「かしこまりました。何があったかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
レイだし、気になるよね。
全部説明するわけにもいかないしなぁ。
「うーん、かいつまんで説明すると、ならず者2人に絡まれて撃退したって感じかな?」
「1人ではなく2人ですか……やはり私もご一緒すべきでした」
人数は関係ないと思うけどね……。
「私に敵う人なんて市民街にいると思う? 心配しなくても、しばらくは行かないよ」
今度行くとしたら変装に変装を重ねて面影すら残さず行くね。
「左様でございますか。それでは夜食の準備をしてまいります」
「よろしく〜」
リーンとお茶会して以来、レイは大人しくなってあんまり私についてこなくなった。
あのレイが、だよ?
今日思ったのはやっぱり私、警戒心が薄すぎるってこと。
そりゃ平和な日本で育って、この世界でも特に危ない事とかなかったし、今となっては大抵の人に勝てるから警戒とか必要ないって思ってたけど、特に攻略対象者に対しては警戒すべきだね。
よし、となれば徹底的にいこう。




