表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/144

13-7 分水嶺

「また、泣いているのですか」


「泣いてないよ」


 ハンスは私の隣に腰掛けた。


「変わりませんね。気が付かない方がいいですか?」


「今は男だからね」


 泣いている女性を放っておくのは紳士のすることじゃない、だっけ。

 あの時は、私が女だったから慰めてくれたのかな。


「外身が変わろうが、中身は同じでしょう」


 そう……なのかな?

 

「ねぇ、ハンスの目には私がどう映ってる?」


「あなたと私は鏡写しのようなものですよ。……強いて言うならば、等身大のリアは私より少し大きいですかね」


 何それ。

 私も……ハンスは私より大きいかな。


「ふふ、ちょっと痩せようかな?」


「あなたが……どれほど身勝手で、欲深くて、はしたなくとも、私の中での大きさは変わりませんよ」


「そっか……」


 地味にひどい。


「後悔していますか?」


「してない。……今までずっと一人で立ててた。立てなくなったのは、ハンスのせいじゃなくて、私が弱いからだよ」


「でしたら、みっともなく縋ってみてはいかがですか?」


 ちらっとハンスを見たら、ニヤニヤしている。


「そんなことしたら困るくせに……」


「私のものを集めているのは、そういうことでしょう?」


 痛いところばかり突いてくる。

 ちゃんと手元に残しておかないと、なくなるかもしれないから。

 人に愛されることを、素直に受け止められない。

 だから、愛されてる証を手放せなかった。

 ――自分を、騙しきれなかった。


「防御力がないから、装備を集めないと死んじゃうのっ」


「でしたら、一度死んでみましょうか」


 ハンスが私の手を取って、押し倒してきた。

 体に体重をかけられて、身動きが取れない。


「い、今私男だよ!?」


「それが関係ありますか?」


 ない、のかもしれない。

 ハンスから目を逸らしてしまう。


「弱い私だと、ハンスに届かないよ……」


「リア。私の弱さを見ておきながら、あなたのものは見せないおつもりですか?」

 

 怖い。

 一度弱くなれば、もう元の自分に戻れないかもしれない。

 もう、隣に立てないかもしれない。

 全て投げ出して、彼に委ねてしまえば……。


「そう……だよ。見せないの。ずるくても、例えもう全部知られてても、私は隠してるから……」


 なぜかハンスは嬉しそうに、口角が上がっていく。


「もう、いいですよね。さっさと男体化を解いて、あなたの口から本心を引き摺り出しましょう」


 !?

 に、逃げないと!!


 パチンと指を鳴らして転移する。

 ……転移できない!?


「ここではこんなことも、できるのですよ」


 位相空間って魔法が干渉されやすいの!?

 

 ハンスが顔を近づけてきた。

 キスされる!?

 私はぎゅっと目を閉じた。


 ……いつまで経っても何もされない。

 片目を開けた。


「ああ、期待してしまいましたか? 残念ですねぇ。ですが、ここは反応しているようですよ?」


 体を起こしたハンスが私の脚の上に座って、つんつんと、下半身をつついてくる。


「は!?」


 その瞬間、男体化が解けた。

 なっ、こんな方法が!?


「そんなことより、私はずっと怒っていたのですよ。なぜだかわかりますか?」


 そ、そんなこと!?

 なんで怒ってるの……。


「……私が他の人と楽しそうにしてたから?」


「三割ほど正解ですね。残りはわかりますか?」


 私が勝手に男体化したから?

 それとも頼ってないから?

 あとは……素直じゃないから?


「……」


「はぁ。……私はリアの遊びについて、否定しませんよ」


「え、でも枕投げしてくれなかった……」


「しないことが否定だと、そう思っていますか?」


 ……じゃあ、どれだけ馬鹿な遊びしてても、ハンスは平気だってわけ?


「幻滅しない?」


「どんな遊びをするつもりですか……。命の危険がない限りは、受け入れていますよ」


「でも部屋汚いって言った!」


「それは事実でしょう。今世ではレイに感謝するべきですね」


「幼児退行してるって言った!」


「それはそうでしょう。あなたの精神年齢を考えれば妥当です」


 うわぁ辛口だ!!

 怒ってる!!


「でもでも、一緒に遊んでくれないもん!」


「……遊んでほしいのですか?」


 あ、やばい。

 ハンスは目を細めて微笑んでいる。


「べ、別に!」


「おやおや、もう少し上手に虚勢を張れないものですかねぇ」


 張れないよ!

 ことハンスの前じゃ、なにもかも上手くいかない!


「なんで……」


 昔はもっと上手く強がれたのに。


「お互い、弱くなりましたね。欲しいものを欲しいと言えないのは、強さではなく弱さだと思いませんか?」

 

 ハンスの冷たい瞳の中に、熱があるのがわかった。

 前とは違う、私を見る彼の熱を帯びた瞳。


 欲しい。

 そう、お互い思ってる。

 でもハンスは口にしてくれない。


「私は……言えるよ」


 あの時だってちゃんと言えた。

 弱くなるハンスを、私はちゃんと――引き留めたはず。

 キスをして、私は強いままでいるって、そう心に決めて。


「あなたは言えない」


 見透かした目で、ハンスはそう言った。


「違う……私はちゃんとハンスが欲しいって言える……」

 

 だめだ、言ったら止まらなくなる。


「寂しいから、一人じゃ嫌だから。本当は国とかどうでもよくて……」


 違う、違うよ。

 どうでもよくない。


「二人で一緒にいられたら、それでいい」


 こんなの本心じゃない。

 やめてよ。私を、見ないで。


「どれだけ一人で……立っているふりをしていたのですか」


 涙で滲んだ視界の中、ハンスの表情はよく見えなくて。

 ハンスの手が、私の両目を覆う。


「……やめてもいいですか?」


 苦しそうに、ハンスはそう囁いた。

 なんのことかわからなかった。


「あなたの、憧れである私を……やめたいのですが」


 ずきんと、胸が痛んだ。

 ……ハンスだって見られたくないから、私の目を隠すんでしょ?

 私はハンスの手を掴んで、目元から引き離す。


 ハンスの顔をよく見るために、涙を拭って文句の一つでも言おうと起き上がろうとしたら、腕を引かれて抱きしめられた。


「お願いですから油断しないでください。いつでも私は……あなたを壊せてしまう」


 ふわっとハンスの匂いがした。

 言葉で、態度で、ハンスの生き方で、ちゃんと壊してくれるんだろう。

 私の憧れたハンスも、私の強さに依存した生き方も、全部……。


 ああ、だからこそ……私は言うのか。

 私が私を壊すために。


「だったら、私から逃げないでよ……。心を奪ってよ……目を逸らせないくらい」


 背伸びしていた私は、もう鏡の前に立って、ちゃんと自分の姿を見ている。

 鏡越しに、ハンスを見ている。

 そして、ハンスも……。

 

「……今のあなたがおっしゃるその言葉が何を意味するか、わかって……」


 私を抱きしめるハンスの手に力が入った。


「――言葉で勝負しよっか」


 私の弱さを引き出したくせに、その熱を奥にしまうのなら、それはもう喧嘩だよ。


「欲しいのなら、欲しいって言わないと、だめだよね?」


 ハンスが転移しようと出した手を、私は握る。


「へぇ、負ける戦いには挑まないんだ」


「当たり前でしょう。私から理性を引いたら何が残ると思って……」


「揺らしすぎだよ。私も怒るんだから」


 私がどれだけ抑えてたと思ってるの?

 弱さを抑えないと立てなくなるから、お行儀良く抑えてたのに。


「私が壊れきらなかったことに少しホッとしてるでしょ。油断しないでよ」


 ハンスは私がこのままだといつか壊れるから、学院にいるうちに壊しにかかったんだ。

 あー、頭冴えてきた。

 私が自分の弱さを自覚して、何を選ぶのか。

 ハンスはそれを見るつもりだったんだ。


「……弱さを武器にするおつもりですか」


「そうだよ。それでハンスの理性を剥がして後悔させるから」


 ハンスは立ち上がって、逃げようとした。


「外、行こっか。出る方法わかってるんだよね?」


 仲良くおててを繋いで外に出よう。

 ハンスの手を、跡が残るくらい強く握る。

 第二ラウンドだよ。

Q:喧嘩ですか?

A:はい、そうです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ