13-7 分水嶺
「また、泣いているのですか」
「泣いてないよ」
ハンスは私の隣に腰掛けた。
「変わりませんね。気が付かない方がいいですか?」
「今は男だからね」
泣いている女性を放っておくのは紳士のすることじゃない、だっけ。
あの時は、私が女だったから慰めてくれたのかな。
「外身が変わろうが、中身は同じでしょう」
そう……なのかな?
「ねぇ、ハンスの目には私がどう映ってる?」
「あなたと私は鏡写しのようなものですよ。……強いて言うならば、等身大のリアは私より少し大きいですかね」
何それ。
私も……ハンスは私より大きいかな。
「ふふ、ちょっと痩せようかな?」
「あなたが……どれほど身勝手で、欲深くて、はしたなくとも、私の中での大きさは変わりませんよ」
「そっか……」
地味にひどい。
「後悔していますか?」
「してない。……今までずっと一人で立ててた。立てなくなったのは、ハンスのせいじゃなくて、私が弱いからだよ」
「でしたら、みっともなく縋ってみてはいかがですか?」
ちらっとハンスを見たら、ニヤニヤしている。
「そんなことしたら困るくせに……」
「私のものを集めているのは、そういうことでしょう?」
痛いところばかり突いてくる。
ちゃんと手元に残しておかないと、なくなるかもしれないから。
人に愛されることを、素直に受け止められない。
だから、愛されてる証を手放せなかった。
――自分を、騙しきれなかった。
「防御力がないから、装備を集めないと死んじゃうのっ」
「でしたら、一度死んでみましょうか」
ハンスが私の手を取って、押し倒してきた。
体に体重をかけられて、身動きが取れない。
「い、今私男だよ!?」
「それが関係ありますか?」
ない、のかもしれない。
ハンスから目を逸らしてしまう。
「弱い私だと、ハンスに届かないよ……」
「リア。私の弱さを見ておきながら、あなたのものは見せないおつもりですか?」
怖い。
一度弱くなれば、もう元の自分に戻れないかもしれない。
もう、隣に立てないかもしれない。
全て投げ出して、彼に委ねてしまえば……。
「そう……だよ。見せないの。ずるくても、例えもう全部知られてても、私は隠してるから……」
なぜかハンスは嬉しそうに、口角が上がっていく。
「もう、いいですよね。さっさと男体化を解いて、あなたの口から本心を引き摺り出しましょう」
!?
に、逃げないと!!
パチンと指を鳴らして転移する。
……転移できない!?
「ここではこんなことも、できるのですよ」
位相空間って魔法が干渉されやすいの!?
ハンスが顔を近づけてきた。
キスされる!?
私はぎゅっと目を閉じた。
……いつまで経っても何もされない。
片目を開けた。
「ああ、期待してしまいましたか? 残念ですねぇ。ですが、ここは反応しているようですよ?」
体を起こしたハンスが私の脚の上に座って、つんつんと、下半身をつついてくる。
「は!?」
その瞬間、男体化が解けた。
なっ、こんな方法が!?
「そんなことより、私はずっと怒っていたのですよ。なぜだかわかりますか?」
そ、そんなこと!?
なんで怒ってるの……。
「……私が他の人と楽しそうにしてたから?」
「三割ほど正解ですね。残りはわかりますか?」
私が勝手に男体化したから?
それとも頼ってないから?
あとは……素直じゃないから?
「……」
「はぁ。……私はリアの遊びについて、否定しませんよ」
「え、でも枕投げしてくれなかった……」
「しないことが否定だと、そう思っていますか?」
……じゃあ、どれだけ馬鹿な遊びしてても、ハンスは平気だってわけ?
「幻滅しない?」
「どんな遊びをするつもりですか……。命の危険がない限りは、受け入れていますよ」
「でも部屋汚いって言った!」
「それは事実でしょう。今世ではレイに感謝するべきですね」
「幼児退行してるって言った!」
「それはそうでしょう。あなたの精神年齢を考えれば妥当です」
うわぁ辛口だ!!
怒ってる!!
「でもでも、一緒に遊んでくれないもん!」
「……遊んでほしいのですか?」
あ、やばい。
ハンスは目を細めて微笑んでいる。
「べ、別に!」
「おやおや、もう少し上手に虚勢を張れないものですかねぇ」
張れないよ!
ことハンスの前じゃ、なにもかも上手くいかない!
「なんで……」
昔はもっと上手く強がれたのに。
「お互い、弱くなりましたね。欲しいものを欲しいと言えないのは、強さではなく弱さだと思いませんか?」
ハンスの冷たい瞳の中に、熱があるのがわかった。
前とは違う、私を見る彼の熱を帯びた瞳。
欲しい。
そう、お互い思ってる。
でもハンスは口にしてくれない。
「私は……言えるよ」
あの時だってちゃんと言えた。
弱くなるハンスを、私はちゃんと――引き留めたはず。
キスをして、私は強いままでいるって、そう心に決めて。
「あなたは言えない」
見透かした目で、ハンスはそう言った。
「違う……私はちゃんとハンスが欲しいって言える……」
だめだ、言ったら止まらなくなる。
「寂しいから、一人じゃ嫌だから。本当は国とかどうでもよくて……」
違う、違うよ。
どうでもよくない。
「二人で一緒にいられたら、それでいい」
こんなの本心じゃない。
やめてよ。私を、見ないで。
「どれだけ一人で……立っているふりをしていたのですか」
涙で滲んだ視界の中、ハンスの表情はよく見えなくて。
ハンスの手が、私の両目を覆う。
「……やめてもいいですか?」
苦しそうに、ハンスはそう囁いた。
なんのことかわからなかった。
「あなたの、憧れである私を……やめたいのですが」
ずきんと、胸が痛んだ。
……ハンスだって見られたくないから、私の目を隠すんでしょ?
私はハンスの手を掴んで、目元から引き離す。
ハンスの顔をよく見るために、涙を拭って文句の一つでも言おうと起き上がろうとしたら、腕を引かれて抱きしめられた。
「お願いですから油断しないでください。いつでも私は……あなたを壊せてしまう」
ふわっとハンスの匂いがした。
言葉で、態度で、ハンスの生き方で、ちゃんと壊してくれるんだろう。
私の憧れたハンスも、私の強さに依存した生き方も、全部……。
ああ、だからこそ……私は言うのか。
私が私を壊すために。
「だったら、私から逃げないでよ……。心を奪ってよ……目を逸らせないくらい」
背伸びしていた私は、もう鏡の前に立って、ちゃんと自分の姿を見ている。
鏡越しに、ハンスを見ている。
そして、ハンスも……。
「……今のあなたがおっしゃるその言葉が何を意味するか、わかって……」
私を抱きしめるハンスの手に力が入った。
「――言葉で勝負しよっか」
私の弱さを引き出したくせに、その熱を奥にしまうのなら、それはもう喧嘩だよ。
「欲しいのなら、欲しいって言わないと、だめだよね?」
ハンスが転移しようと出した手を、私は握る。
「へぇ、負ける戦いには挑まないんだ」
「当たり前でしょう。私から理性を引いたら何が残ると思って……」
「揺らしすぎだよ。私も怒るんだから」
私がどれだけ抑えてたと思ってるの?
弱さを抑えないと立てなくなるから、お行儀良く抑えてたのに。
「私が壊れきらなかったことに少しホッとしてるでしょ。油断しないでよ」
ハンスは私がこのままだといつか壊れるから、学院にいるうちに壊しにかかったんだ。
あー、頭冴えてきた。
私が自分の弱さを自覚して、何を選ぶのか。
ハンスはそれを見るつもりだったんだ。
「……弱さを武器にするおつもりですか」
「そうだよ。それでハンスの理性を剥がして後悔させるから」
ハンスは立ち上がって、逃げようとした。
「外、行こっか。出る方法わかってるんだよね?」
仲良くおててを繋いで外に出よう。
ハンスの手を、跡が残るくらい強く握る。
第二ラウンドだよ。
Q:喧嘩ですか?
A:はい、そうです。




