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間話 ハンスの知識の城


 ――遡ること数日前。


 記憶を全て取り戻した私は、冬季休暇をレガリウス城で過ごしていた。

 この城はハンスが私物化している。

 けれど、ひと部屋ずつ見て回ってみると、おそらく時期が来れば本来の城としての機能を取り戻せるように、整えられている感じがした。

 ……いつか、この城にはたくさんの人が来るのだろう。


 夜、ベッドで横になった私は、分身を出してこっそりハンスの書斎へと入った。

 ここ最近の私の密かな日課だった。


 書斎に漂う本の香りは、まるでハンスそのものみたいで、とても落ち着く。

 本棚にはずらりと研究資料と論文が並んでいて、見たことあるものから知らないものまで、様々だった。


 すぅっと深呼吸して本棚に近づく。


「またか。君は本当に彼のことが――」


「黙ってて。この部屋には私の知らないハンスがいるの」


 水槽のクラゲが話しかけてきた。

 いつものことなので、無視をする。

 

 私は洋燈を床に置いた。

 本棚から一冊取って、その場に座って読み始める。


 この部屋は、ハンスの頭の中なのだ。

 文字を読むと、彼の考え、思想、哲学が見えてくる。

 勝手に読んではいけないとわかっていても、やめられなかった。


 他の誰にも見られたことがないこの知識達が、私に見つかっていく。

 それが……なんとなく彼の孤独に触れている気がして。

 

 読み終えてまた一冊取り出すと、メモ紙が滑り落ちてきた。


 授業計画書と書かれた紙だった。


 "初回講義の評価及び効果

 ・強い導入は有効。予想通り反発し、その後集中。

 ・嫉妬の自覚を確認。

 ・彼の魔具を実質的に封印成功。

 ・思考を言語化させる課題が有効。


 今後の方針

 ・感情の制御を主に取り扱う。

 ・魂と感情、自己同一性の講義を継続。


 ――彼女は知るべきだろう。私の気持ちを"


 最後の文字は走り書きだった。


 思わず笑ってしまった。

 学院の講義を私的利用するにもほどがある。


「はぁぁ」


 本当に……馬鹿みたい。

 夜な夜なこの部屋に来てしまう私も私だけどさぁ。


 ――どうしようもなく、好き。

 居ても立っても居られないぐらいに。



 ♢♢♢



 私の城に困った侵入者が来ている。

 今夜もまた来ましたか。


 本棚に手を伸ばして、少しズレていた本を元に戻す。


 黙って読むくらいなら、最初から聞けばいいものを。

 ……まあ、聞かれても許しませんが。


「本当に君たちは面白い」


「黙ってください。……誰であっても、知ることを拒むことはできません」


 知識は開かれているべきだ。

 そう思うと同時に、それが私の根源であることは否定できない。

 そこへリアが触れることの意味が、私にとって致命的なだけで。


「はぁ……」


 この部屋に鍵を掛けていない時点で、私の城はもう陥落しているのでしょうね。

 それでいいと思えるのは――もう私が孤独ではないということなのだから。

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