間話 料理勝負
「ふふん!」
レガリウス城内をスキップして歩く。
気分は絶好調。
嬉しかったのだ。
……だって、あんなに私の記憶を大事そうに抱えて、返そうとしないなんて。
こんなにもまっすぐに想ってくれているのが、すごく嬉しかった。
厨房にいるレイの元に向かう。
パチンと指を鳴らして、服を着替えた。
「レイ! 私に料理の仕方教えて!」
レイはパン生地をオーブンに入れているところだった。
「……姫様が料理……ですか」
大丈夫かな?みたいな表情しないでよ!
そもそも、なんでみんな料理できるわけ?
レガリウス領男子の必修科目なの?
「だって、悔しいし……」
最低限のものは作れるようになりたい。
けど、上手く作れる自信ないし、やっぱり魔法で作ったほうが……。
「……姫様は、前の世界ではどのような暮らしをしていたのですか?」
「うーん、デリバリー……いや、レトルト……。お米は炊けるよ!?」
レイの表情が、さらに残念なものを見る目になっていく。
「あまり……こちらの生活とお変わりないのですね」
ち、違うと言いたい!
貴族みたいな生活はしてないけど、どう説明すれば……。
「でも一人暮らしだったし、ちゃんと自分で生活できてたもん……」
「全てお一人で……?」
意外そうに見てきた。
レイはきっと、一人で暮らしてたなら何で髪の毛ぐらい一人でセットできないんだ、って思ってる!!
「こ、これ以上知りたいなら、賭け金が必要だからね!」
生活力ないの恥ずかしすぎて、話したくないんだよ!
「それほど重大な情報なのですか……?」
な、なんか勘違いしてる?
「まぁでも、死にたくなるぐらいには重要か……」
恥ずか死ぬ……。
思った以上にゲームしかしてない人生だったし……。
「!? 姫様、勝負を挑んでもよろしいですか?」
「え?」
レイはどこに隠していたのか、トランプセットが入ったケースを机の上に置いた。
「……やだ」
こういうときのレイは強いからね。
負けるとわかってる戦いに挑むバカはいないよ。
「私の賭け金はこちらです」
レイが見せてきたのは、いくつかの録画水晶だった。
「何が入ってるの?」
「姫様が深域にいらした時の、捜索されているハンス様の映像です」
な、なんだって!?
ごくり。思わず唾を飲む。
……欲しい。すごく、欲しい。
「じ、じゃあ、私が魔法を使わずに料理して、ハンスが美味しいって言ったら私の勝ちね……?」
「……私の方が有利ではないですか?」
それは失礼だよ!
え、私への評価だいぶ低い……?
「料理さえ選べば……いけるよ……きっと」
それに、ハンスの味覚なら苦味を増せば勝てる……!
ふははは! ……ずるい?
いや、これは高度な情報戦だよ!
結局、前回のチャーハンはハンスの味覚のせいなのか、それとも私の料理スキルのせいで不味かったのか、いまいちわかってなかったんだよね。
今のハンスは私の味覚をある程度共有してる。
だとしたら、私が美味しいと感じるものに苦味を足せば、多分優勝するね。
だとしたら料理は――。
「カツ丼だ!」
「……どのような料理ですか?」
たしかに、今までこの世界で食べてないな……。
それっぽいのは見たことあるけど。
「えっと、お肉に衣をつけて油で揚げて、それを甘辛い味で少し煮て、卵でとじて、ご飯に乗せる料理」
「……正気ですか?」
レイが驚愕している。
……そんなに驚かなくてもいいじゃん。
「だって、勝てそうだし……」
「初心者の方が初手で揚げ物は危険では……」
「揚げるだけでしょ?」
簡単な気がするんだけど。
「……もう少し難度を下げてはいかがですか? せめて、火は使わない方が……」
「切るだけなのは違うでしょ!? ちゃんと火は使わないと!」
一瞬サンドイッチでいいんじゃ?
とは思ったけど、それじゃあ勝負にならないよ。
だって素材の味だもん。
レイは考えている。
というか、なんでレイの許可が必要なんだ。
私は早速、揚げ物用の鍋を探す。
棚を開けて、開けて……勝手がわからない。
「姫様、材料と調理道具は私が用意しますので、荒らさないでください」
「……ごめん」
私は、ちょこんと椅子に座って待つことにした。
うーん。
適材適所なのかなぁ。
もしかして、私が料理に手を出すのは間違ってる?
首を振って思考を打ち消す。
料理最弱王にはなりたくない!!
みんなできるのなら、私も置いてかれたくないよ。
「料理本見るのは反則かな?」
「……今回は私がお教えいたしますから、どうか危険な行為はお控えください」
私が料理すると危険なのか……。
「ありがと。……レイはそれでいいの?」
「勝負よりも姫様の安全が優先です」
優しさが、傷口に塗り込まれてむしろ痛い。
いや、この傷口はレイが開けたのでは?
レイの準備が終わったので、私は立ち上がった。
ずらっと机の上に並ぶ食材。
そして、まな板の前の肉に、私はたじろいだ。
「肉を」
「肉を?」
「叩きましょう」
!?
叩く!?
棒を渡されて呆然とした私に、微笑むレイは言った。
「苦手な分野にも手を出される姫様は、素晴らしいです」
♢
前途多難な料理が終わったのは、日が落ちた頃だった。
くたくたな体に鞭を打ってハンスのところへ向かう。
ハンスの私室に入ると……ソファで寝転がって眠っているハンスがいた。
その傍らで、一人でに動くペンが書類に文字を書いていた。
これは、休んでいる判定なのだろうか……。
「あのぉ〜、ご飯できたんですけど……」
審判員を起こさないことには勝負が始まらない。
近づいて、寝顔を眺める。
すごく無防備だ。
どれだけ頑張ってくれたんだろう。
私は、この人に何を返せるんだろう。
手を伸ばして、頭をなでなでする。
さらさらの髪が気持ちいい。
ハンスの口元が少し優しく上がっている。
……起きてるじゃん。
「負けたら、レイに前世のこと話さないといけないんだよね……」
「待ってください。なぜそのようなことに……?」
起きた。
眉間に皺を寄せて、こちらを見ている。
「とにかく、早くこっちきて!」
手を引いて、食堂まで連れて行く。
席に座らせて、平皿に盛りつけた、イタリアンっぽいカツ煮込みご飯を出す。
……カツ丼と言い張るには、少し無理があった。
「……もしかして、私は審判員として呼ばれていますか?」
理解が早くて助かる。
「ハンスが美味しいって言えば、私の勝ち!」
「なるほど。それで、リアが勝てば何を得るのですか?」
ぎくっ。
もしかして、あの録画水晶って盗撮の類いだったりする?
レイをちらっと見る。
「あの時の映像です」
まさかのハンス公認!?
「……なぜ私が不利益しか被らないのですか?」
ハンスは額に手を当てて、悩んでいる。
「じゃあ、ハンスも参加する?」
「そうですねぇ。では、お二人の賭け金は一旦私が預かりましょう。勝敗が決まり次第、こちらで分配いたします」
なるほど?
「これで公平になったの……?」
「ハンス様……」
レイは渋々録画水晶を渡している。
というか、私の記憶はどうやって配るんだ……。
「リア。こちらへ」
呼ばれたので、ハンスの隣に立つ。
「あなたの差し出すつもりだった過去を思い浮かべてください」
えーっと、まずは……。
腕を組んで、目を閉じて思い出す。
『お母さん、ほんと心配いらないから! 合鍵で配信してる時に勝手に入ってこないでよ?』
『でも……ご飯ちゃんと食べるのよ?』
これは引越しの時のだ。
これじゃなくて……。
『みんなの言ってたRTAチャレンジしようと思うんだけど、あれクリア想定時間二十時間なんだよね。え? トイレどうするって? そりゃあもちろん……』
あ、これはヤバイやつだ。
さすがにこれはダメ。
もっと仕事じゃなくて、日常といえば……。
『冷蔵庫チェック! エナドリよし! 賞味期限切れの卵……だと!? 一ヶ月前か……まだいける!』
部屋汚かったな……。
え、これ賭けるのやだな……。
「他にはないのですか? 例えばあなたの幼少期とか」
子供の頃の私……?
親はずっと仕事だった。
だから私の友達はゲームだった。
『お兄さん、私と対戦しよ! 勝てたら私のお菓子あげる!』
近所のお兄さん、ゲーセンのお兄さん、色んな人に声をかけまくった。
『え、お嬢ちゃんのお母さんは?』
『お仕事!』
暇そうなお兄さんのはずなのに、あまり関わってくれなかった。
男の人はいいな。多分私が女の子だから関わってくれないんだ。
家に帰ると、一人で作り置きのご飯を食べて……そしたら親が帰ってくる。
『お母さん、一緒にゲームしよ!』
『ごめんね、お母さんお洗濯とか洗い物とかしないと』
母は忙しいから、私は一人ゲームをしていた。
父は私が寝た頃に帰ってきていた。
……なんかこの話つまらないし、賭けにするには微妙じゃない?
「……もう十分ですよ」
目を開けると、ハンスが私の額に手を当てていた。
「……え、見たの!?」
今更だけど、ハンスの魔法、原理おかしくない?
……何か隠してそう。
「まあ……あのお部屋は見たくありませんでしたね」
泣いていい……?
「早く食べてよ!」
しゃがんで顔を腕の中に埋める。
ハンスが食器を使う音が聞こえてくる。
「……美味しいですね。レイが教えたのですか?」
「そうですが……。あの、ハンス様。苦くないのですか……?」
ピタっと音が止まった。
レイは私が薬草粉末を料理に振りかけているところを見ている。
そして顔を顰めながら、「嫌がらせですか?」って言ってた。
レイは私とハンスの薬草事件は見てなかったらしい。
……だとしたら、ハンスの名誉はまだ守れる!
というか、ハンスの味覚のことがバレたら無効試合になっちゃう!?
私は立ち上がって言い訳する。
「あのね、レイ。ハンスは苦いのが好きなの。苦党なの。だからこれが正解! そして私の勝利!」
じとっとした目でハンスは私を見てきた。
「……リア。苦味についてあなたがその認識なのは……嫌です」
ハンスが立ち上がって、私の頭に手を乗せた。
あ……これは最後の記憶だ。
私が……逃げて……。最後まで守ってたのは。
――苦味だった。
「……ごめん。私、苦いの嫌いじゃないし、ハンスなら喜ぶと思って料理に入れちゃった……」
やっぱりちゃんと料理の腕で勝負すればよかった。
「姫様は甘党でしょう……」
「さ、最近好きになったの!」
「コーヒーも飲めないでしょう……」
あれ?
ちょっと待って?
今のハンスって、私の味覚をある程度共有してるんだよね?
じゃあ、苦いの苦手なんじゃ……?
え、つまりハンスって今嘘ついて……。
「この勝負は異物混入ということで、今回は持ち越しましょうか」
「ハンス様……でしたら返してください……」
「おやおや、何のことですか?」
レイが奪われた録画水晶を悲しげに眺めていた。
アドベンチャーゲーム編ここでお終いです。
今回思ったよりシリアス寄りになってしまって申し訳ないです。もう少し推敲したかったんですが、何しろストック切れたので、作者の源泉垂れ流しです。(止まるとエタるので止まれません!)
完結しようと頑張っているのですが、次回からまたおかしな事になりそうなので、絶望しています。
この際悔いのないように突き抜けるので、見守っていただけると幸いです。




