12-6 教えて差し上げます
リアをソファに座らせ、その両目を手で覆う。
「あの、その……」
もじもじと手を合わせて、リアは口を閉じたり開いたり、言葉を探していた。
「もう教えることはほとんどありませんが、最後にあなたの感情を聞いておきましょうか」
リアによって増幅された私の魔力は、もう学院が始まった頃の水準まで戻っている。
それが意味することは、一つしかない。
「ちょ、あの……今、言うから……記憶をゆっくり流さないで……!」
リアの呼吸が荒くなる。
お腹に手を当てて、指輪の気配を探る。
消化器官に引っかかってますね。
体内からの転移は少し気を遣いますが……今のうちに済ませましょうか。
「ハンス……」
「どうしましたか?」
「ごめんね。こんなに大事なこと忘れてて……あと、ほんとにゆっくり流さないで……! 恥ずかしいから!!」
リアの体温が上がっている。
今流しているのは、私の愛でリアを壊してしまってからの記憶だ。
「リア、申し訳ありません。私の精神汚染は、本来なら最初から私が処理すべき問題でした。あなたの記憶は、私が責任を持ってきちんと返しますから」
ああやって、リアに問われて正気に戻るようではいけませんね。
「あ、え!? 今話しかけられると……んん!?」
やはり没入感は大切でしょう。
聴覚、視覚、嗅覚……そして触覚。
あの時と同じように、リアの唇を噛む。
「いたっ! ち、違う! 今の私はあの頃の何も知らない私じゃないから! もう、ちゃんとハンスのこと好きってわかってるから!! た、助けてレイ!」
……なぜそこでレイなのですか。
「本当ですか? 正しく理解していますか……?」
耳元で囁くと、リアの顔が真っ赤になった。
「うん……そう、だよっ!」
リアは声を裏返らせながら返事をした。
リアの体内から転移させた指輪を手の中に握りしめる。
浄化魔法をかけて、リアの薬指に嵌めた。
目隠しをしていた手を取ると、リアはこちらを茫然と見て、まるで茹蛸……海洋生物の例えはもう嫌ですね。
「さぁ、残りの記憶もいきましょうか」
びくっとリアが起動した。
「ま、待って! 距離近い!」
ソファを這って逃げようとしている。
「おやおや、知りたいと仰っていたのはリアなのでは?」
ピタっと動きが止まった。
そして、その場で顔を埋めて丸くなった。
「そうだけどさぁ……! あれはあの時の私だからまだ耐えられたけど、今は無理だよ……!」
耳まで赤い。
「困りましたねぇ……。まだまだ大事な記憶は残っているというのに……」
「だ、だって! 入ってくる意味が違うんだもん! ハンスの気持ちがわかっちゃったから……」
そうですね。
何もかもが昔とは違う。
私たちは、お互いに変わってしまった。
「リア。記憶の返却を拒むのなら、攻撃してもいいですか?」
勢いよくリアの顔が上がった。
「もう忘れて! あれは何も知らなかった私が悪い!」
やっとリアと目が合った。
私の目を見たリアは、もう逸らさなかった。
「あ……そっか……」
――私を、記憶の中で一人にしないでください。
そう、声に出そうかと思った。
その思いは、リアが差し出す左手にかき消された。
リアの左手を取って、残りの記憶を渡す。
愛していると、そう伝えるべきなのかもしれない。
彼女が最後まで手放さなかったのは、私が与えた愛の証だったのだから。
リアは目を閉じて泣いていた。
頬に伝う涙をそっと拭う。
記憶はもう終盤だった。
アルフォルトに記憶を取られていく場面で、私は手を離した。
……私は、この記憶をリアに渡したくなかった。
リアが、私の記憶を抱えて逃げる姿だけは、私だけのものにしたかった。
返さなければならないことはわかっている。
これは彼女のものであるし、彼女にとっても大切なものだ。
それでも――。
私の罪悪感の証であり、彼女からの愛の証でもあるそれを……私の手で閉じ込めて、誰にも渡したくなかった。
これはきっと、私にとってのミモザなのだろう。
……幼稚で、見苦しく、どうしようもない感情ですね。
「……」
リアは何も言わなかった。
咎めることも、欲しがることもしなかった。
ただ、私の手を包むように握り返した。
「お帰りなさい、リア」
「ただいま、ハンス。……指輪、出して」
ずっと懐にしまってあった指輪を取り出す。
リアはそれを私から奪うと、私の左手を掴んだ。
「ちゃんと……してなきゃ、だめでしょ?」
リアは指輪を私の薬指に通していく。
彼女の可愛らしい指が、指輪を撫でた。
「そうですね」
気を抜くと、少し視界が揺れた。
そういえば、ここ最近ろくに休めていなかった。
「もしかして、眠たい?」
「まだ大丈夫ですよ。これからやるべきことも残っていますし……」
本当に仕事が多い。
今回の件の事後処理に、学院での新学期に向けた準備、レガリウス帝国再建に係るあれこれに……。
「ふーん。責任を持って私に記憶を返してくれるんでしょ? 最後の記憶は後でもいいけど、その代わり……冬季休暇の間は私の言うこと聞いてよね!」
「……仕方ありませんね。日に一つくらいなら聞いて差し上げますよ」
リアも少し学んできましたね。
もっとも、リアの記憶を借りているのは私なのですが。
「じゃあ、今日は私がご飯作るから、ハンスはゆっくり休むこと!」
立ち上がって得意げに宣言した。
……嫌な予感がする。




