12-5 ちょうどここに雌の個体が
リアが魔昌石を使うか迷っている。
「リア。私の言葉を信じないでください。私はその記憶を恐れていると同時に……あなたの決意が美しいと……感じてしまう」
美しい……? 駄目だ。
どこからが私の感情で、どこからが異物か判断できない。
彼女の愛は本物で、たしかに私の心を貫いていた。
どうしようもなく彼女を欲してしまう感情が、ずっと心の奥に燻っている。
「私の中にはあなたの記憶を奪った元凶がいます。もう私ではこの思考がどちらのものか判断できません……」
「この袋の中に、ハンスの記憶もある。……記憶を消すつもりだったでしょ」
少し私を責めた言い方だった。
「これが最善なの?」
それが最善の選択……?
いや、そうではない。
……ああ、なんてことだ。
私は自分の記憶を消した後、誰に私の記憶を戻してもらうつもりだったのですか。
そこまでリアにさせるなど、ありえない。
私はずっと、私の手でリアに記憶を返したかった。
リアは、私に傷つけられる可能性から目を逸らさない。
むしろ、リアが私に望んでいるのは、それでも私が立ち続けることだ。
だからこそ私は、リアに選んでもらえる私でい続けると、そう決めていた。
「それを使う必要はありません。先に元凶を断ちます」
侵食源を経てば、私なら必ず対処法を思い付くはずです。
アルフォルト。聞いていますか?
私の自他境界を歪め、自己同一性を揺らした責任は――取っていただきます。
『君の中は最高だった。美しいものは、さらに美しく。次は彼女のところへ行こうか』
いつまで観客席にいるおつもりですか。
あなたはこれから陸を歩き、そして枯れていくのですよ。
分身を作り、それを子供ぐらいの大きさのクラゲに変える。
そして、クラゲの分身にアルフォルトの記憶を移した。
精神攻撃を行えるほどの魔力は、分身に入れていない。
さらにアルフォルトの思考を私から切り離すためには――。
「リア。擬似魂を貸してください」
「あ、なるほど?」
リアが契約魔具から擬似魂を取り出して、私に預けた。
クラゲの中に擬似魂を入れる。
ただの器では意味がない。擬似魂で自立性を与え、侵食源を私から断たなければ、思考は安定しない。
「私に体を与えて、どうする? まだ君の中には私の分体がいるだろう」
アルフォルトが魔力を声に換えて喋りかけてきた。
精神汚染された部分のことですか。
……ようやく、何がおかしかったのか見えてきました。
「それなら、問題ありません。もう特定できていますから、駆除するだけです」
記憶や思考を切り分けて処理することは、私の得意分野だったのに、ここまで侵食されていたとは。
「私は……どうなる?」
ようやく、気づきましたか。
「リア、講義の続きをしましょう。分身に子供ができるのか、の答えです」
きょとんとしたリアに、私の講義の記憶を流す。
リアは顔を赤らめながら、目を見開いて私を見た。
「なっ、今それする!?」
「クラゲの特性は分裂です」
パチンと指を鳴らす。
「おや、ちょうどここに雌の個体がいますねぇ」
一回り小さなクラゲを、アルフォルトの隣に置く。
「何を……」
「安心してください。あなたに必要なのは交わりではなく、分裂です。彼女に醜態を晒したくないのなら、あとはわかりますね?」
リアが手で目を覆っている。
……指の隙間から見てますね。
「ハンス……先生、質問していいですか?」
「ええ」
「本当に子供が生まれるの?」
まぁ、本来なら生まれないのですが……。
少なくともクラゲの場合、分裂に伴って魂の発生が起きる例は確認されています。
「擬似魂で世界を騙せるか、が焦点ですね。私の予想では七割方成功すると思っています」
まぁ、成功するまで分裂させればいいだけですが。
ふるふるとクラゲが揺れている。
――分裂した。
「あ、魂があるよ! すごいね!」
分裂したクラゲには、新しい魂が生まれていた。
擬似魂を抜いて、私に流れてきた記憶をすぐに消去する。
分身クラゲも、もう必要ないので消してしまう。
「こちらはお返ししますね」
擬似魂を返すと、リアは顔を顰めた。
「なんか……汚い……」
……浄化魔法をかけましょうか。
「これでは、私の力が使えない……!」
新しい魂由来の魔力で音声を発しているアルフォルトは、実に哀れだった。
「魂が違いますからね。ああ、あなたの本体は先ほど処分しましたよ。魂が元の記憶を取り戻すことはありませんから、無害なクラゲがどこかで生まれたはずです」
あの呪いは魂に刻まれていた。
また私たちの脅威になるとしたら、自我を形成できるかが焦点ですが……クラゲが持つ自我など大した脅威ではないでしょう。
「ハンス……嬉しそうだね」
「いい実験サンプルが手に入りました。陸を歩かせたかったのですが、死なれても困るので水に入れましょうか」
パチンと指を鳴らして、簡易の水槽を用意する。
ひとまずクラゲをその中へ放り込んだ。
「……君は彼女を傷付け続けるだろう」
「見苦しい負け惜しみですね。傷付けることを恐れていては、前に進めないでしょう」
ふるふるとクラゲは震えている。
まさか……喜んでいるのですか……?
「やはり燃やした方が……」
「……クラゲさん、後でハンスのこと教えてよ。ちょっと気になってきた」
突然の裏切りに思わずリアを見た。
リアは好奇心に満ちた顔でクラゲを見ている。
クラゲは嬉しそうに揺れている。
「君が望むなら」
「却下です。平気で嘘をつく人格の持ち主の情報は、信頼に値しません」
ついでに雌のクラゲも入れる。
アルフォルトは嫌そうに水槽の壁にへばりついている。
リアはニヤリとこちらを見ていた。
ああ、そうですか。
自身が私にとってどのような価値があるのか、ようやく理解できましたか。
それにしても、私に対してその揺らし方はいささか雑だと思いますが。
「そんなに知りたいのなら、結構。容赦なく教えて差し上げますよ」
「あ……ミスった……」
あはは、と笑うリアに、こちらも笑顔を返す。
リアの手を取って、私室に転移した。
〜アルフォルトと見る芸術〜
まず罪悪感を増長させることで、判断を鈍らせ、アリアーデを守る方向へ舵を切らせる。
他者を内側に入れ、孤独の殻を破らせて中身を鑑賞する。美しい!
なんと、自身で持ち直した?ブラボー!君は最高だ!




