間話 ハンスの過去
春。
朝露の滴る新芽が、鮮烈な緑を主張してくる。
その中に漂う、濃厚な生の匂いが――嫌いだった。
世界は色で満ちていて、蝶や羽虫が花の蜜を求め飛び交う。
嫌になるほど、そこに生きていた。
私は、手を伸ばした。
白いミモザを手折って、部屋に持ち帰り、花瓶に刺した。
この部屋には、ありふれた家具と、本しかなかった。
その中で映える白は、まるで誘拐でもされてきたかのように、場違いだった。
借り物の部屋、借り物の名前、本物になれない私。
ここには、退屈な停滞しかなかった。
「ハンス、仕事だ」
ノックもなく、飼い主は扉を開けて言い放つ。
「はい」
私の仕事は、接待の同席、会話の記録、裏取引の仲介。
幼い子供として大人を油断させる駒でしかなかった。
今日の仕事は、いつもと違った。
「脱げ」
「……?」
何を言われたのかわからなかった。
いつものように、優秀な飼い犬として、知識と見識を売ればそれで済むはずだと、どこかで思っていた。
「この部屋で行われることは、俺も関与しない。あとはお前の腕次第だ」
「……」
――この日、私は知ってしまった。
知識も、言葉も、礼儀すらも、この体を所有する理由にはならないことを。
人から受ける好意や、熱は、春の匂いと似ている。
手折って、管理してやらねば、どこまでも傲慢にその手を伸ばすのだろう。
この仕事をしていて本当に良かった。
誰が消えるべき人間か、誰を利用して、誰を唆せばいいのか、すぐにわかった。
あとは、言葉しかいらない。
全てが終わった後、私はあの部屋に戻った。
自分の物になった部屋、自分の物にした名前。そこに、本物を知らない私が残った。
どこにもいない。
本物だと思えるものは、どこにもいない。
魂は皆どこか濁っていて、純粋なものは壊れやすい。
それなのに、春はまたやってくる。
これが私の――始まりだった。
ハンスはアリアーデよりも感受性が高く繊細です。
孤独は彼を守る殻であり、身につけた処世術でもある。
ちなみにハンスの得意(好き)な魔法は植物魔法です。
基本的な戦術は、罠と待ち、そしてカウンターが得意です。




