12-4 孤独は私を強くする
彼女が欲しい。
船員達の愛を喰らい尽くしても、なお足りなかった。
彼女の記憶を見た時、どうしようもなく鮮烈で、焦がれた。
彼女が守っていた彼の孤独。
そして、手放せない愛の証明。
どうしようもなく――愛おしい。
深夜。
頭の中の声がうるさく眠れない。
その揺さぶりの仕方は、私そっくりですね。
迷惑な話です。
私に混ざろうなどと、思考する人間がいるとは。
ここまで私を腹立たせたのは、あなたが初めてですよ。
『それは光栄だ。私は君の中で生きることに決めた。私の船員達の能力は皆使えるものばかり。上手く使うといい』
……私が許すとでも思っているのですか?
あなたを私から切り離して、逃さないように檻に閉じ込める方法など、探せばいくらでもあるはずです。
『方法が見つかっていないことはわかっている。だからこそ、こうして私は君と会話することにしたのだから』
会話……ですか。
私の精神を汚染しておきながら、本当に会話が成立すると思っているのですか?
『会話とは。人を深く知る手段だ。君の精神は今まで見たどの人間よりも強靭で――脆い』
私の精神に美を見出すのは、気持ち悪いのでやめてください。
あなたのその空っぽの心で、一体何を満たそうとしているのでしょうか。
隙間だらけで溢れていくのを眺めるのがお似合いですよ。
――頭の中が、ようやく静かになった。
これは会話というより喧嘩だろう。
明日はリアの要望通り、魔法戦をする。
……私が負けるとは思えないのですが、彼女は私のどこをみて勝機を感じたのでしょうか。
♢
レガリウス城の中庭。
石畳の円形広場で、私たちは対峙した。
「ルールは転移と分身の禁止にしましょうか」
……分身は特に、意識を乗っ取られる可能性がある今は危険ですからね。
「うん。私が負けたら前世の……私の生活を見せてあげる」
リアは腕を組んで悩みながら、答えた。
「では、こちらはリアの記憶と、私の幼少期ですね」
リアは白い杖を構えていた。
懐かしい光景だった。
レイが合図をすると、リアは私の方に走り出した。
リアは目の前に空間の穴を開けて飛び込んだ。
上からやってくる。
空間の穴が私の真上に繋がっているのがわかった。
彼女を迎えるための、植物魔法の罠を張る。
……やってこない。
目の前にある空間の穴は、確かに私の上に繋がっているはず。
そもそも、入っていない?
上空の穴に雷魔法を打ち込むも、目の前の穴から出てくるだけで、リアがいない。
――どこへ。
「ハンスの負け」
いつのまにか、リアが私の背中に杖を突きつけていた。
「……二重に穴を開けてもう片方の出口は反転、ですか」
「うん、これなら魔眼でも見えないし、魔力感知も通用しないでしょ?」
皮肉ですね。私を意識しなければ……最初からリアは私を越えることができたなんて。
「ええ。私の負けです」
「ふふん! レイ見てた!? 私勝ったよー!!」
両手をあげて飛び跳ねて喜んでいる。
「姫様、おめでとうございます……」
レイは……泣いている……?
どれだけ私に勝ちたかったんですか……。
「はぁ。記憶を返しますよ」
リアが嬉しそうに寄ってきた。
目を閉じて頭を差し出してくる。
『愛おしい――』
伸ばした手が自然とリアの頬に伸びそうになって止めた。
危ない……。
今、記憶と共に口付けしてしまえば……意味がない。
新しい愛の言葉と共に上書きして、彼女を満たすのだとしたら、それは私の意思ではない。
改めて手を頭に乗せて記憶を渡す。
私とリアがゲーム空間に入り、そして私が宣戦布告したところだ。
ついでに私の記憶も流してしまいますか。
リアの顔がだんだん赤くなってきたところに、私の記憶が入ったせいで、すぐに青ざめた。
「!?」
目を開けて、抗議するように私を揺さぶる。
「昔の私を騙してたの!?」
「人聞きの悪いことをおっしゃりますね。八割本当なら本当でいいでしょう」
あのゲーム空間でリアに見せた私の記憶は、リアが私と戦えるように脚色が施してある。
そもそも、人に見せる記憶は整えるべきでしょう。
「それは詐欺だよ! でも、この記憶を見てたら私は……ハンスに挑む気持ちになれなかったと思う……」
「そうでしょうね。あまり人に見せる記憶ではありませんから……」
他の記憶という選択もありましたが、リアが前世を賭ける以上、それ相応のものを出さなければ不誠実でしょう。
「というか、宣戦布告した後のこと教えてよ! 一番大事でしょ!?」
リアから目を逸らす。
「今日はこれで終わりにしましょう。ああ、学院の講義の記憶を戻しましょうか。あれがなければ冬季休暇後の講義についていけませんからね」
「……私の前世の記憶、気にならない? 今なら特別に勝負なしでトレードできるよ?」
交渉のつもりですか……。
『見たい』
うるさいですよ。
『君は孤独だからこそ強かった。今の君は、もう強くなどない』
『強くない君は一体何だ? 君はもう私だろう』
私の輪郭を崩すつもりですか……?
あの記憶を……リアに返せないのは、私が拒んでいるからではないとしたら?
私が幼少期のあの記憶を選んで渡した意思決定は、どこまで私の意思だったのか。
私は本当に……まだ私でいられているのですか……?
「ハンス、やっぱり何か私に隠して……」
「すみません。今は一人にしてください」
転移で書斎に飛ぶ。
……リアが私に手を伸ばして、私の転移についてきた。
「待って。困ってるなら教えて」
私がもし私でないなら、アルフォルトの思惑はリアに近づくことにある。
「私に近寄らないでください」
リアに詰め寄られ、私は窓際に追い詰められる。
今までの選択は、どこまで私の判断だったのか。
違うはずだ。
……先ほどの戦いも思考に介入を受けていたとしたら?
いいや、あれは彼女の実力だ。
そうであってほしい。
リアは泣きそうな顔になって、私を睨みつけた後、机の引き出しを次々と開けていく。
「何を……」
「私さ、よくレイの視界を見てるの。読唇術も少しだけど覚えてきたから」
引き出しの中に入っている魔昌石入りの袋を、リアは取り出した。
「やっぱり……わたしの記憶だ」
袋の中には虹色の魔昌石が入っていた。
あの記憶が詰まっている。
『止めないのか? 君は恐怖を感じている』
私はまたリアを壊してしまうかもしれない。
あんなにリアを傷付けたのに、今はもう傷付いてほしくないと思っている。
彼女の強さを信じているのに、私は彼女に踏み込めない。
……私は少しずつ弱くなっていく。
「ハンスの過去を見て、私は綺麗だと思った。ハンスの見る世界が、私は好き」
リアは私の目を見て、微笑んでいた。
もう、逃げ場はなかった。




