12-2 侵食と再編
分身が情報収集を終えた。
イベントを起こして、記憶を戻す。
……その前にやらなければいけないことは。
「このサンドイッチは、ハンス先生に食べられるために生まれてきました。食べないと、先生に攻撃を仕掛けます」
ソファの隣に座っているリアが、サンドイッチを渡してきた。
「食べますが……私に勝てると思っているのですか?」
渋々受け取る。
また戦いたいとでも言いたいのでしょうか……。
「え、うん。試してみる?」
今の彼女は何を武器に戦うのだろう。
少し興味が湧いてしまった。
「そうですね」
サンドイッチを口に入れて、彼女に手のひらを見せる。
手のひらに多重に展開した魔力層を見れば、ここに攻撃を当てたくなるのが彼女だろう。
「わかった」
私の手のひらに、彼女は手を合わせて指の間に指を絡ませた。
そして――
「!?」
体を密着させてきた。
サンドイッチが口から落ちる。
……思考が止まった。
今、何をされたのか理解するまでに数秒を要した。
少なくとも、これは私の知る攻撃ではない。
『君の感情は矛盾だらけだ』
……今だけは黙っていてください。
なぜ、この感情を他人に知られなければ――
「ちょっと待って。そんなつもりじゃなくて……」
彼女は手を離して、私の胸に手を当てた。
また少し、私の魂が濁っていた。
これはリアのせいではない。
頭に住む、悪辣な住人のせいだ。
「……その程度で動揺されるなら、触れなければいいのではありませんか?」
リアが目を見開いて、固まっている。
いつもなら、言い返してくるはずだった。
「……そうだよね、ごめん」
手を離して俯く彼女は、それでも何か言いたげで。
リアは私を使って、自身の感情を知ろうとしている……はずだった。
コンコン。
扉がノックされて、レイが入ってきた。
「果物はいかがですか?」
リアは顔を上げて嬉しそうにレイを見た。
…………そんなにレイがいいのですか?
「レイ、ありがとう。先生何も食べてくれなくて困ってたから」
リアはそう言うと、私の落としたサンドイッチを膝の上から回収して、自分の口に放り込んだ。
「姫様、あまりご無理はなさらず。ハンス様もお疲れのようですから」
レイはこちらを一瞥して、リアに視線を戻した。
……そうですね。
私の余裕は無いに等しい。
腕を組んで目を閉じる。
まず、リアの体内の指輪を回収しなければならない。
その際、魔眼で効果を見られないようにする配慮も必要。
そして、ある程度の感情の下地を作り、記憶を定着させる。
それだけのこと。
……本当に、それだけで済むのでしょうか。
思考能力が以前より衰えている。
何かがおかしいですね……。
「でも、食べないと元気出ないよ?」
しかしリアは、一体何を考えているのでしょうか。
なぜ、私の魂を気にして――。
……まさか、私の魂の色を元に戻そうとしているのですか?
……余計なことを。
これ以上あなたに救われるつもりはありませんよ。
目を開けて、レイを見る。
「レイ。ひとつください」
りんごを一片、デザートフォークで刺す。
リアがびっくりしつつも、どこか嬉しそうにこちらを見た。
本当に。
少し考えればわかることすら、わからなかったとは。
「さて。アリアーデ君の今後についてですが、まずは授業をしましょう」
りんごを口に入れて咀嚼する。
私への認識と感情を正しく記憶へと繋げ、今の彼女が私を選べるようにする。
最低限これが出来なければ、死んだ方がマシです。
「なんの授業をするの?」
「簡単な確認作業ですよ」
微笑むと、リアの顔が歪んだ。
「嫌な予感がする……! なんか、ぞわっとした!」
やはりいつも勘だけは鋭いですね。
人格の再構築とは。
経験と環境で変化する心をいかに把握するか。
魂を繋げることが一番の近道ですが、今の私の頭の中には厄介な住人がいる。
これ以上リアに接近させたくはない。
レイを見る。
もし、リアとレイの魂を繋げて、それを観察することで変化を把握するとしたら……。
「ハンス様……姫様のためになるのでしたら、私をお使いください」
……なぜ彼は、ここまで有能でありながら自信がないのでしょうかね。
私のせいであることは間違いありませんが、それでももう少し、自身の能力を客観的に評価するべきだと思うのですが。
「却下です。……考えに至ったことすら後悔しましたよ」
「ねぇ、何の話してるの?」
何もわかっていないリアが、きょとんとしている。
まったく、可愛いですね。
……口元を引き締めないと。
救いがあるとするならば、リアの思考が比較的単純であることかもしれません。
「あなたの今後の話ですよ。まずは場所を移しましょう」
……仕方ありません。
言葉による把握は、リアの場合あまり当てになりませんが……。
自力でやるしかないでしょう。
彼女の些細な仕草、感情の揺れ、反応の観察。
幸いにも彼女の記憶がこの手にある限り、一つずつ拾い直していける。
移動したのは、リアが記憶を失った際に特別に作ったゲーム部屋だ。
「あ! ハンス先生も私のゲームやるんだ!!」
明らかにリアは高揚している。
……ゲームに負けるとは、複雑ですね。
「これから私と対戦してください。あなたの一番得意なゲームで構いませんよ」
そう言うと、リアは満面の笑みでこちらを見てきた。
「もちろん、賭けるよね!?」
「ええ。私が負けたら、なんでも一つ言うことを聞いて差し上げます」
リアがニヤリとほくそ笑んでいる。
「じゃあ、私が負けたら将来の結婚相手を決める権利をあげる!」
「……お願いですから、それは安売りしないでください」
記憶があるから理解できてしまう。
彼女は、奪われて一番嫌なものを賭けて、それを熱源にして勝ちへの執着を高めている。
しかし……その権利はもう私のものなのですが。
「あなたが負けたら、今日の夕食は薬草ビーフシチューです。残さず食べてください」
「えっ何それ不味そう……」
……美味しいですよ。
「では、選んでください。アリアーデ君が最初に敗北するゲームを」
私がニヤリと口元を上げると、リアの心に火がついたのがわかった。
リアはこちらに指を突きつけて宣言する。
「はぁ!? 負けるわけないじゃん! 格ゲーで勝負だよ!」




