第三十六話 本気の温度差
第一幕 侮蔑と誤解
「あなた達は、何者ですか。目的は?」
アストラが、油断なく問いかける。
「別に、大した目的はねえよ。ちょっと、面白そうだったから、覗きに来ただけだ」
レギオンが、気だるげにそう答えると、緩慢な動作で拳を構えた。
「――行くぜ。まあ、程々にな」
「!」
放たれた一撃は、確かな威力を伴っていた。だが、その動きには、まるで本気が感じられない、気の抜けたような緩さがあった。
「くっ……!」
アストラが、防御しながらも、その温度差に眉をひそめる。
(この人……。力は、確かにある。でも――)
「あなたは、私達を、舐めているんですか」
アストラの声に、これまでにない鋭さが滲んだ。
「あ? 別に、そんなつもりは――」
「本気で挑む気概もないまま、この世界に来たと言うんですか。それは……」
アストラの瞳に、静かな怒りが宿る。
「これまで、命を賭けて戦ってきた仲間達に対する、侮辱です」
「お、おい、そんな大層な話じゃ……」
レギオンが、たじろぎながらも、言葉に詰まる。
場の空気が、一気に張り詰めていった。
第二幕 ナビビの介入
「あー、待って下さいアストラさん」
ナビビが、のんびりとした調子で割って入った。
「係長、確かにやる気なさそうに見えますけど、決して舐めてるわけじゃないんですよ。ただ――」
「ただ?」
「単純に、疲れてるだけです。ブラック企業なんで、うちの職場」
「え……」
アストラの怒りの勢いが、一気に削がれる。
「な、なんだ、その理由……」
「あの、係長。この際なので、ちゃんと本気を見せた方がいいと思いますよ。誤解されたままだと、可哀想ですし」
「うるせえな……。まあ、確かに、こんな誤解されたまま終わるのも、癪だな」
レギオンが、ため息をつきながら、ようやく気合を入れ直す。
「よし、じゃあ、ちゃんと相手をしてやる」
「本当はめちゃくちゃ強いんですよー、うちの係長」
ナビビが、にこやかにそう補足した。
「な、なんだか、拍子抜けしちゃいますね……」
クルーンが、思わず苦笑いを浮かべる。
張り詰めていた空気は、あっという間に、いつも通りの賑やかなものへと戻っていった。
第三幕 下っ端社員登場、キャンの啖呵
「――お、俺も、腕試しさせてもらうぜ!」
裂け目の奥から、勢いよく飛び出してきたのは、出世意欲に満ちた様子の下っ端社員だった。
「頼まれてもいないのに真っ先に前線に出てくるとは、感心だな。よし、俺が相手だ!」
その様子を見にきていたキャンが、いち早く名乗りを上げる。
「お前ら、こっちの世界の連中は舐めてかかると痛い目見るぜ!」
キャンは、意気揚々と拳を構えた。
その一方、少し離れた所では、別の社員が、こっそりと時計を確認していた。
「……あ、定時だ」
ぼそりと呟くと、社員は無言のまま、猛烈な速さでその場を離脱していく。
「お、おい、逃げるのか!?」
キャンが、呆気に取られながらも、なぜか勝ち誇ったように笑った。
「ふっ……俺にビビったか」
「いや、絶対違うと思いますけど……」
クルーンが、冷静に突っ込みを入れる。
「まあ、細かい事は気にすんな! いくぞ、お前ら!」
キャンは、気にした様子もなく、目の前の出世意欲満々の社員へと向き直った。
第四幕 本格戦闘、開始
「よーし、それじゃ、改めて――かかってこい」
レギオンが、真剣な表情で拳を握り直す。
その姿からは、先程までの気だるさが嘘のように消え、確かな戦意が漂っていた。
「これが、あなたの本気、という事ですね」
アストラも、静かに構えを取り直す。
「舐めた真似して、悪かったな」
「いえ。誤解が解けたのなら、それでいいです」
二人の間に、ようやく対等な緊張感が生まれた。
賑やかな笑いの合間を縫って、異次元からの来訪者達との、本当の戦いが始まろうとしていた。
(つづく)




