09 代償
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
シリウス殿下が皆の前で忠誠の誓いを立てたとき、ルミナス様は国王陛下とともにバルコニーにいた。それはそれは鬼の形相だったという。とはいえ国王陛下の手前、暴れることもなく、私と殿下が退場した後、静かにバルコニーを下がったそうだ。
「そこで要求されたのが陛下の側室の座です。陛下は了承しました」
えっ、陛下が?側室を持たないとおっしゃっていたのに。
私は目の前の国王陛下の真意を探ろうと不躾にも見つめてしまった。陛下の執務室に私とシリウス殿下が呼ばれていた。側近がひと通りを説明した後に、陛下が口を開く。
「もともと側室のことは考えていた。希望する者がいるなら娶ってもおかしな話ではない」
ルミナス様は望みを聞かれて、側室を所望したということ?
「ルミナスが求めているのは待遇であって、明らかにステラに対する対抗心だった。閨を共にするかはまた別の話だ」
陛下の側近が納得がいかないというふうに進言する。
「それでも、聖女ルミナスは奔放な女性です。彼女に他の者との子ができた時にはどうされるおつもりですか」
「外聞を考えると、私の非嫡として育てるしかないだろうな」
文官らしき男性がこめかみを押さえる。
「それに、政治的には実にバランスが良いのだ」
陛下は続ける。
「シリウスが婚約を結び、その相手が聖女の洗礼を受けると知ったら、シリウス派が黙っていないだろうな。私にはまだ子がいないし、聖女の加護を手にしたシリウスを国王にと推す声も高まるだろう。だが私とシリウス、それぞれに聖女の伴侶がいれば均衡を保てる」
「聖女の洗礼?ですか」
シリウス殿下が聞き返す。
「ステラが聖女の覚醒を得た」
シリウス殿下が私を見る。私は「らしいです」と小さな声で伝える。
「聖女ルミナスはそのことを知っているのでしょうか」
「知らない。気づいているかもしれないが、表面上は何も言ってこない」
「洗礼のことを知った聖女ルミナスは同格のステラを疎ましく思うでしょう。王妃の地位を得たら、ステラが酷い目に遭うのは目に見えています」
あ、いま殿下が私のことをステラと言った。国王陛下の前だからかな。ステラ、だって。こそばゆい気持ちに、心がふわふわする。
この緊迫した雰囲気の中で、私はそんなしょうもないことを考えていた。緊張のあまり思考が鈍っている。しかしそんなだからこそ、考えに至ることもある。私はふと思いついたことを尋ねた。
「陛下、発言をしてもよろしいでしょうか」
「もちろん」
「聖女の洗礼はしなくても良いのですか」
国王陛下と文官は顔を見合わせる。
「名誉なことで普通はするが、する、しないで何か違いはあるのか?」
話を振られた文官が頭を巡らせながら答える。
「大神官様に……あ、いや大神官様じゃわからないですね、アルハウト神官長に確認します」
あ、言っちゃった、言っちゃったよ、この文官様。大神官様じゃわからないって。それに、アルハウト神官長って誰だ?と考えていると、しばらくしていつもの聖杯様好きな神官様が入室してきた。私は怪訝な顔をして声をかける。
「アルハウト神官長?」
「アルハウト神官長です」
けっこうエライ人だったんだ!しかも名前が貴族ぽい。
殿下は神官様に向かって問う。
「聖女の洗礼を行わないと、力が削がれるなどあるのか」
神官様は少し上目遣いをする。
もしかして今、聖杯様と交信しているんですか。
「洗礼式は基本、するようにとのことです。そこで聖女の本質を聖杯様が見定めるからです。聖女の洗礼をしないのなら、発現した力の消失もあると。ですがステラ様の場合、ふだんからコミュニケーションをとっているので、無くてもいいそうです」
コミュニケーション?とってました??
もしかして私が認識する以上に、もっとちょいちょい神官様との会話に同席してます?
アルハウト神官長が当たり前のように神託を述べ、国王陛下は疑問もなく、それにうんうんと頷いている。シリウス殿もとくにリアクションがない。周囲の様子を見るに、聖杯様がお話をすることは王家の中では周知の事実のようだった。
しかし、これって神官長が自分の思い通りに国を動かすこともできてしまわないか?
後でそのことを聞いたら、意図的に嘘の神託をした者はふつうに聖杯様によって召されます、とのことだった。召される、つまりは死。はじめて聖杯様の聖遺物らしき無情さを垣間見る。
私は話を元に戻した。
「どちらでも良いのなら、洗礼式を無しにするのはいかがでしょうか。もしかしたらルミナス様は、それで側室から手を引いてくれるかもしれません。確証はないですが」
「正式に聖女となれば公爵位相当の待遇を得られるが」
「ありがとうございます。ですが、無くても大丈夫です」
私がルミナス様と並び、公爵位と等しい扱いを受けるならと、それ以上の王妃を望んだ、それが理由なら、これで解決するかもしれないのだ。
シリウス殿下が眉を寄せて私を咎める。
「地位も名誉も得られるというのに、貴方にはその権利があるのに、なぜ受け取らないのです?」
「それを言ったらシリウス殿下も、玉座を狙えるのにしないではないですか」
シリウス殿下は言葉に詰まった。
「ちょうどいい居場所というものがあるのです。殿下と1曲踊れたとき私はとても幸せでした。また次も私が相手になりたい、殿下のファーストダンスを他の誰かに譲りたくないと思いました。もしまた継承戦が起きて、殿下と踊れなくなったらそのほうが私は嫌です。地位や名誉ではなく」
ふとルクス様が言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。私は真似て言ってみる。
「私のご褒美は殿下なんです」
そう言ってシリウス殿下の琥珀の目を見る。殿下の目が燃えるように揺れている。
ふっと抱き寄せられて、頭の後ろを優しく押されたかと思うと、殿下の顔が目の前に近づいて、殿下の唇が私の唇に重なった。その感触は柔らかくて温かくて、ずっと触れていたいと思ったけれど、ゴホンゴホンと咳払いがして、殿下が私から唇を離した。
部屋にいる全員が私と殿下を凝視している。私は我に返って、頭が沸騰して茹で上がった。ちらと横を見たら、シリウス殿下は意外と冷静で、口をへの字に結んでいた。たぶん、中断させられたことにムスッとしている。
しんと静まり返っている空間で「いいものを見せてもらった」と神官様がぼそと言った。絶対いまの聖杯様ですよね!?
「聖杯様が喜んでおられるから見逃すが、ここは国王執務室だぞ」
やれやれと言った感じに国王陛下が頬杖をついた。
「それとシリウス、女性には口付けていいか先に聞くんだ」
呆れて私たちを見る陛下に、私はぺこりと頭を下げる。しかしこういうご指導はいたたまれないというか、口付けを見られていたことよりも10倍恥ずかしい。
シリウス殿下は遅咲きの反抗期かという態度で陛下に渋々頭を下げたが、再び顔を上げたとき、
「「あ」」
と声を上げた。それは神官様の声と被っていた。
私には見えなかったが、後の二人の証言によると、私の首にぶら下がっている石のようなキラキラしたした浮遊物が部屋の中いっぱいに舞っていたのだという。




