08 誓いの石
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朝の祈りを終えて、私は礼拝堂横の茶室で休憩をしている。神官様が朝のパンを籠いっぱいに調達し、お茶も入れてくれた。
「いつもすみません」
「いえいえ、貴方のお世話にかこつけて聖杯様のお近くにいられますから」
神官様は慈悲深く微笑む。最近、神官様は聖杯への崇拝を隠さなくなってきている。
「それにしてもまた、ずいぶんすごい物をつけていますね」
神官様が私の首元を見た。シリウス殿下がくれたネックレスだ。すごい物、という言い方が引っかかったが、シリウス殿下の紋章が入っているせいかもしれない。
このネックレスをつけていたとき、令嬢3人組から「ルミナス様は贅を尽くした首飾りだったのに、くすくす」と絡まれたが気にしない。私はこれを気に入っている。
それにシリウス殿下は言っていた。ルミナス様の首飾りはシリウス殿下個人が贈ったものではなく、王家から、王家一同という形の贈答品なのだとか。
「シリウス殿下からいただいたのですか」
「はい。水晶なんですかね、これ」
「それカットなしのダイヤモンドです」
「えっっっ」
私はまじまじとネックレスにぶら下がる素朴な石たちを見た。
「こんな大きさのあります?」
「はい、削らなければ。みんな見栄っ張りなんで削っちゃうそうなんですけど」
神官様、また聖杯と会話してる。もうこれも日常風景になっている。
「そのタイプの装飾品は聖杯様がまだお若い頃にも流行ったのだとか。贅沢にも石同士をぶつけて、年月をかけて角を取っていくのです。けっこう丸まってきているので、相当な代物ですね」
聖杯のお若い頃って一体どのくらい前なんだろう。しゃらしゃらと、ときどき音を立てている石たちがそんな高級品だなんてだんだん怖くなってきた。
「最上の原石だなんて、殿下もずいぶん惚気ますねぇ」
「違うんです。この石は私ではなく、私の祈りのイメージだそうで」
「なるほど、やっぱり殿下は見えるんですね」
「あ……」
墓穴を掘った。言わないでくださいね、と私は神官様に頼み込む。
「もちろん言いませんが、以前にですね、ルミナス様以外の聖女を出せと要求があった時から、殿下は見えるうえに違いがわかるのだろうとは予想していました」
それを聞いて少しだけ罪悪感が薄まる。
「そういえばシリウス殿下の凱旋日ってだいたい貴方がお祈り担当でしたよね」
「そうでしたっけ」
「戦争なので急に帰ってきますし、ルミナス様はお出迎えのため朝から湯浴みやら何やらで忙しかったですから」
そう言われると、その日のフォローシフトじゃないときも、なんだかんだ私が礼拝堂行きだったような気がする。殿下の凱旋式には出席したとこがない。
「今思えばステラ様がちょっとかわいい感じなので遠ざけられてたんでしょうね」
「神官様!?」
「いえ、今のは私ではなく聖杯様の推理です」
私はゆっくりと神官様を見る。よく考えればこの神官様は女性の美醜には無頓着な方だ。私のこと『かわいい感じ』などと言うだろうか。
私はごくりと喉を鳴らして、聖杯、いや聖杯様に聞いてみる。
「聖杯様、聞いてください。私は聖職者なのですが、結婚をしても良いものでしょうか。しかも相手は王族の方で。お勤めのため聖殿に上がったのに、比翼の王宮で男にうつつを抜かして……のような世間の目がこわいです」
「そうですね、まず私は、ごふんごふん、聖杯様は、聖職者の結婚はダメだと神託したことは一度もないです、や、ないそうです」
「え、今のって聖杯様ですか」
「聖杯様、直接ステラ様に話しかけるのは無しでお願いします。うっかり現在の理を超える知識を与えかねませんので」
「めんどくさい」
「聖杯様!!」
神官様がひとりで話している、ように見える。もしこれが聖杯様でないのなら、今すぐ薬師を読んだほうが良いレベルである。
「ステラ様も直接呼びかけないでくださいね。貴方には今、それなりの聖力がありますので、私を媒介にできてしまいます」
「ハイ、すみません……」
「聖杯様も私のフリをしないでくださいね、それに全然真似できてないですし」
「ふん」
見た目は神官様の一人芝居なのだけれど、どうやら聖杯様は引っ込んだらしい。神官様は聖杯様に心酔しつつ、ふだんはこんな感じなんだと新鮮だった。
「ステラ様、先ほどの質問というかお悩み相談ですが、聖殿として婚姻はとくに問題ありません。聖女との両立は可能です。聖女は王都にいてもらわないといけない、というのはありますが、それは王族との婚姻も同じ条件でしょう」
「そう言われればそうですね」
「それから、聖女というと乙女のイメージはありますけど、わが国ではすでにルミナス様がそのイメージをぶち壊しているので、今さら何か言われることはないです」
ルミナス様のこと、はじめてすごいと思った。
「なんだかマリッジブルーという感じですね」
「マ、マリッジ……?」
「あんな熱烈にお披露目しておいて、隠す要素ありますか」
私はぼんと顔を赤く染めた。そして昨夜のことを思い返す。
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左右の近衛がドアを開き、シリウス殿下と私はホールへ入場する。会場を見回すがルミナス様の姿はない。国王陛下もだ。きっと引き留めてくださっているのだろう。私はほっとして、シリウス殿下の横を歩く。
シリウス殿下に私がエスコートされているのを見て、会場がざわめいた。それを打ち消すようにすぐ次の曲の前奏が始まる。
「もう一度、私と踊ってくださいませんか、ステラ様」
「はい、喜んで」
シリウス殿下は、今度は私の手をとった。ルクス様のときと同じ踊り方だ。じゃあさっきのあれはやっぱり練習用の踊り方だったのかな、などと考える。
ホールのざわめきは収まっていなかったが、だんだんそれも聞こえなくなった。こんなにたくさん人がいるのに、私には殿下しか見えていない。
ずっと琥珀の目と見つめ合っている。
「さっきのダンスは練習用だったんですね」
「あちらのほうが好きですか」
「は、はい」
私はよくもあんな大胆なことを言ったものだと思うけれど、無知は強かった。
「では半分だけ」
殿下は片手は私の手をそっと握って、もう片方の手は私の腰に添えた。殿下との距離が一歩近づく。
私はまた手持ち無沙汰になった片方の手のひらを殿下の胸のそっと添えた。殿下は今度は笑わなかった。
あっという間に1曲が終わってしまった。
けれど、曲が終わっても殿下は手を解かなかった。皆が固唾を飲んで殿下の挙動を注視しているのがわかる。自分も見られていただろう。でもそれも気にならなかった。
「ここでもう一度、誓っても?」
「はい」
殿下は片膝をつき、私の手の甲に口付けをした。それから、膝を戻して私の首元に手を伸ばし、ネックレスを持ち上げて口付けた。
「生涯、お守りいたします」
そうして、ホールから地鳴りのような歓声が上がったのだった。




