07 初めての告白と、殿下の誓い
⭐︎ ⭐︎
バルコニー席から降りてくるとき、私はこれからの計画に緊張して笑みこそなかったが、バルコニーに上がる前よりもずっと晴れ晴れとした気持ちでいた。
国王陛下ってやっぱりすごいな。畏れ多いはずなのにずっとお話ししていたくなる。そうだ、聖杯のことも聞いてみれば良かった。陛下は聖杯様とお話ししたことがありますか?って。
陛下の言葉を思い出す。陛下は側室の話を持ち出しておきながら、『誰も叶えられない』とも言った。きっと陛下の心の底で、望みは王妃様のお子だと、すでに決まっているのだ。
祈りでどうにかなるものだろうか。いや、こればかりは神の領域で難しい。けれどいつでもお子を迎えられるよう両陛下が健やかであれと祈ることならできる。
そんなことを考えながら、階段下の護衛に陛下直筆のカードを渡す。
するともう1人護衛がやってきて私を誘導し、ホール裏から出た控えの間に連れて行ってくれた。扉の前にも二人護衛が立っており「王室向けの控え室でございます」と教えられた。
中は飾り気のない内装だったが、質の良い木材が使われている。応接セットの椅子に座って、あれこれ室内を眺めながら、テーブルの表面がつるつるだなあと思って見ていたとき、ノック音がして、私の返事も待たずに扉が開いた。
扉から姿を現したのは、白いコートを着こなした夜会正装のシリウス殿下だった。その美しさに呆けていると、挨拶も無しに無言でツカツカと近づいてくる。私もハッと気を取り直して、席を立ち殿下の方に歩み寄る。殿下は私の前で腰を落として、片手を差し伸べた。
「私と踊ってくださいませんか、ステラ様」
私はぶわっと顔が熱くなる。
「ここでですか、それとも広間で」
「両方で」
「あ、はい」
私が間の抜けた返事をするや否や、腰にそっと両手を回される。あれ、ダンスってこんなに密着してましたっけ。微かに遠くで鳴っている音楽に合わせて、シリウス殿下がゆっくりとステップを踏み始める。
「ステップだけ少し練習しましょうか」
「ハイ」
私の腰の後ろで手を繋ぐようにして、シリウス殿下が私をリードする。なるほど、ルクス様のときは手を取っていたけれど、練習のときはこうするのかな。ダンスは全然よくわからない。私はシリウス殿下の両腕の間にすっぽり収まりながら、自分の手の置き場がわからず、胸の前でファイティングポーズをとっていた。
「手はどちらに置けば良いのでしょうか」
「手のひらか、難しければ揃えた指先で、私のどこかに触れていてください」
私はちょっと考えて、ファイティングポーズをしていた拳を開いて、シリウス殿下の胸に両方の手のひらをぺたっとくっつけた。暖炉にあたっているような感じになる。シリウス殿下が暖炉だ。ねぇ、ほんとにこれ合っているの?
「ふ、ふはははは!」
聞いたこともない殿下の弾けた笑い声だった。
「間違えましたか」
「大丈夫です、合っています」
いや絶対これ間違ってますよね。
「私が嬉しいから合っています。顔を見せて」
身長差から私の視界は殿下の首のあたりだったのだけど、顎を上げて殿下の顔を仰ぎ見る。
琥珀の二つの目が本当に優しく私を見ている。
「会いたかった。ずっと会いたかったです」
私もです。言いたいのに声が出ない。どうした、自分で頑張るんじゃなかったの。殿下に見つめられて、私は喉がカラカラになってしまう。
「陛下に私と踊りたいと言ってくれたんですか」
「ハ、ハイ」
それだけでシリウス殿下は目を細める。
「貴方を探したのですが、お見かけしないので、私はてっきりルクスと庭園にでも行ったのかと」
「ルクス様と?なぜですか」
「なぜって……ずっと楽しそうだったし、破顔していたじゃないですか」
ああ、それはシリウス殿下の話をしていたときだ。それを言うのは恥ずかしい。だって好きだと言っているようなものだから。でもなんとなくここは拗らせてはいけない場面な気がした。
「シリウス殿下の秘密エピソードをいただいていました」
「私の知らない騎士団時代の話とか、それから」
説明している間、シリウス殿下は真顔だったが、少し頬が染まっていた。殿下が私の腰をさらに引き寄せる。上半身が手のひらひとつ分まで近づいた。膝が当たりそうになって、私は心身ともによろめく。
「歩幅を小さくしましょうか」
「ハイ」
こんなふうに寄り添うダンスを私は知らない。まるでただ抱きしめられているように錯覚して、頭がふわふわする。もう限界だと思った時に曲が終わった。シリウス殿下はスッと身体を離して、貴族の礼をする。私も礼を返す。
「とてもお上手でした。ところでステラ様、それは」
ふと殿下が視線を下げて、私の襟元を見る。ケープの返しから少しはみ出していたのは、ハンカチだった。踊っている間に出てきてしまったのだろう。
「ルクス様がくださったハンカチです」
「ルクスがハンカチを?」
「あの、お水をこぼしてしまったので、それで」
泣いていたとは言えず私は小さく嘘をついた。
「なるほど。でしたら、それは侯爵家に返しましょう。王宮侍女が丁寧に洗って届けますので」
シリウス殿下はよこせと言わんばかりに片手を出す。
『持っておくと、きっといいことがありますよ』ルクス様はそう言ったが、いいことどころか、シリウス殿下はちょっと怒っているように見える。
私がハンカチを渡すとシリウス殿下はそれをそのまま持っていき、扉を開ける。扉の外で何やらオーダーをしているようだった。しばらくすると侍女がやってきてハンカチを銀トレイで受け取り、代わりに殿下がトレイにあった箱を受け取った。
「私が勝手に用意していたのですが、贈り物をさせてもらえませんか」
殿下が白布と白リボンの貼られた箱を開けると、中にはネックレスがあった。留め具には紋章が入っていて、ガラスのかけらのような可愛いらしい石がいくつかペンダント部分に連なっている。
「あなたの祈りにとても似ていると思いました」
透明な石がツヤツヤと照って光っている。私の祈りってこんな感じなのかあ。
「受け取っていただけませんか」
「はい、ありがとうございます!嬉しいです」
殿下は白手袋を外し、私の首に指が触れないよう気をつけながら、ネックレスをつけてくれた。私は少しくらい触れてもいいのに、と思って自分のヨコシマな考えに青くなる。先ほどのダンスの余韻が残り過ぎているようだ。
「貴方の好みも知らず勝手をして申し訳ないです。ですがとてもイメージにぴったりだったので。お渡しするか迷っていたのですが、ルクスからハンカチを受け取ったなどと言うから」
先ほどからちょっとした言い訳ばかりをするシリウス殿下を見て、私は感心していた。
「ルクス様はすごいですね」
「ルクスが?どんなふうにすごいのですか?あの者がお好みですか」
「いえ、ちが」
「ルクスはいい奴ですが、浮き名が多いですよ?」
「……」
私はちょっと腹を立てた。シリウス殿下が先ほどからルクス様のことばかり気にかけるからだ。
私はたった今贈られたばかりのネックレスの石をそっと撫でた。勇気をもらえるような気がしたから。見た目は素朴で石ころのようなのに、つるっとしていて透明で、でも光が当たると底深く煌めいていた。これは私自身の印象でもあるのだろうか。
深呼吸をしてシリウス殿下を見る。
「シリウス殿下に、他の人を好いていると思われるのは悲しいです」
「あ……」
シリウス殿下の琥珀の目が見開いて、ゆらゆらと動いている。聡明な殿下は、私の言葉の意味を理解してくれただろう。でも誤解を残すのは嫌だったから、はっきりと口にした。
「私の好きな人はシリウス殿下です」
シリウス殿下は口元を片手で覆う。覆い隠せない部分が見る間に赤くなっていく。上頬も耳も首も。
生まれて初めて告白をした。初めて過ぎて、この後の展開がわからない。恋人になってください、というのだろうか。しかし私は曲がりなりにも聖職者で、相手は王族だ。急に現実が見えてきた。
想いを伝えてそれで終わりな気もした。この後、ホールで1曲ダンスをして、私はきっとその思い出を反芻して生きる。シリウス殿下は他国のお姫様か、この国の公爵令嬢あたりを正室に娶って、子を成すのだ。私のことは青い時代の良き1ページとして……
自分で恋の幕引きをしようとしていた私を引き摺り出すように、シリウス殿下が手をとった。
「私もステラ様をお慕いしています。夢のようです」
それを聞いて、私は涙が込み上がってくる。喜びと寂しさで。
「嬉しいです。今日のことは一生の思い出にします」
「そうですね、今日は1の日ですから、毎月1の日は二人でお祝いしましょう」
「え?」
シリウス殿下は驚く私に首を傾げる。
「記念日好きの男はお嫌でしょうか」
「いえ、あの、この先があると思わなくて」
「ありますよ」
シリウス殿下の琥珀の瞳がきらきらと輝いている。
「一生をかけて貴方をお守りいたします」
私は口を閉じたり開けたりして、言葉が出ない。
シリウス殿下は片膝をつき、私の手の甲に口付けをした。その後立ち上がって、今度は私の首にかかったネックレスの石にも口付けを落とす。金属を編み込んだようなネックレスのチェーンはそんなに長い物ではなくて、殿下の顔がすぐそばまで近づいたから、私はてっきり自分が口付けをされるのかと思った。私の期待を見抜かれたのか、殿下がふっと微笑んでいる。恥ずかしい。
殿下の顔が離れると少し冷静になった。そして気がついた。あ、これ、知っている。儀式で見たことがある。これは忠誠の誓いだ。もしかしていま私、婚約した?
「まずはルミナスをなんとかしなければですね。待たせて申し訳ないですが」
そこへ扉の合図があり、入室した護衛が伝える。
「陛下より賜っております。ホールへお越しください」
シリウス殿下は私に片腕を差し出す。それにおずおずと手を添える。私はシリウス殿下にエスコートされ、広間へ続く裏口を進んだ。
「あの、さっき、私って婚約しました?」
「そうですね。人前でもう一度しますが。それにこれは私からの誓いなので、貴方は選ぶことができます」
私は目がまんまるになった。
「破棄されないように精進します」
そう言って殿下はきらっきらの笑顔で私を見た。




